【政界インタビュー/神奈川4区】中道改革連合・副代表 早稲田ゆきの現在地——新党副代表の責任と、信頼回復への道筋
「直接選ばれなかった」前提から、何を積み直すのか
鎌倉駅から横須賀線に乗る頃には土砂降りの雨でしたが、溜池山王駅を出て、首相官邸沿いの竹が生い茂る坂道を上る頃には、青空が広がっていました。昼時ということもあり、議員会館地下の食堂から漂ってくるのか、かつおだしの匂いが国会議事堂前の空気に混じっていました。
2026年2月8日に投開票が行われた第51回衆議院議員総選挙で、『湘南人』は湘南エリアの5選挙区を横断的に追いました。その中にあって、神奈川4区は、今回の総選挙を振り返るうえで象徴的な選挙区の一つでした。
鎌倉市・逗子市・葉山町・横浜市栄区を抱える神奈川4区。前回に続き、県内でもっとも高い投票率を記録したこの地域で、これまで自民党が勝ち切れなかった構図が動きました。初の女性総理のもと、女性候補同士の実質的な一騎打ちとなった選挙でもありました。
その一方に立ったのが、中道改革連合 早稲田ゆき(わせだ ゆき)氏です。
鎌倉市議、神奈川県議を務め、神奈川4区から国政に進んだ早稲田氏。選挙後は党の副代表に就任しました。
衆院野党第一党の副代表は、自身の選挙区で起きた変化をどう受け止めているのか。
選挙結果の受け止め、新党副代表としての責任、防災・減災、平和外交、そして「小さな声」を国会に届ける政治のこれから。衆議院第二議員会館の事務所で話を聞きました。
神奈川4区で何が起きたのか
Q1 今回の神奈川4区は、単なる勝敗以上に、地域の空気や有権者の判断が動いた選挙だったように思います。投票率も前回を上回りました。地域の民意や争点、有権者の反応の中で、前回までと比べてもっとも大きく変わったものは何だったのでしょうか。
非常に厳しい選挙だったと思います。
理由はいくつかあります。まず、突然の解散総選挙でした。これから予算を決めるという大事な時に選挙になったことは、多くの方にとっても想定外だったと思います。
もう一つは、私たちが「中道」という新しい枠組みで戦ったことです。さらに、初の女性総理ということで、与党側に期待感が高まっている中での選挙でもありました。
肌感覚としては、決して反応が悪かったとは思っていません。ただ、結果として浮動票が動いたとすれば、高市総理に対する期待感が大きかったのではないかと感じています。
それに加えて、私たちの「中道」という新しい枠組みが十分に理解されていなかったことも大きかったと思います。
これまで立憲民主党でやってきた人たちと、公明党でやってきた人たちが一緒になった。背景も政治文化も違う人たちが、新しい名前の党で戦うことに対して、理解できない、受け入れにくいという声も多くいただきました。
そこは、大きな敗因の一つだったと受け止めています。
政策の中身というよりも、高市政権への期待感や、新党の分かりにくさが大きかったということでしょうか。
そう感じています。
高市総理の「日本列島を、強く豊かに。」といった言葉に対して、今までと違うことをしてくれるのではないかという期待があったのだと思います。
それに対して、「中道とはどういう党なのか」が十分に伝わっていなかった。そこは本当に、有権者の皆さんのおっしゃる通りだと思います。
女性候補同士の一騎打ちをどう見たか
Q2 今回の神奈川4区は、実質的に女性候補同士の一騎打ちでもありました。加えて、いまは日本で初めて女性が総理を務めている局面でもあります。こうした変化によって、女性政治家に求められる役割や、女性政治家自身の立ち位置の取り方に、何か変化が生まれていると感じますか。
女性総理への期待感は、非常に高いと思います。
ただ、私自身に何か違いがあるかと言われれば、女性議員ということで何かが変わったとはあまり思っていません。
相手候補も女性だったので、結果として女性同士の一騎打ちという形にはなりました。ただ、私はこれまでも地元で訴えてきたこと、国会で取り組んできたことを変わらず続けてきました。
生活に根ざした政治、そして「届かない小さな声を国会に届ける」ということです。それは、ずっと変わらない私のスタンスです。それが女性であるからなのか、私自身の信条なのか。両方だと思いますが、その姿勢を全面的に打ち出して選挙を戦いました。
大逆風の中でも8万2939票という大きな票をいただいたことは、私の力不足はありましたが、一定の評価をいただいた部分もあったのではないかと思っています。
国会を見ても、女性議員はまだ本当に少ないです。衆議院の議場をバーッと見渡せば、女性はポツポツとしかいない。1割程度です。
日本のジェンダーギャップ指数を見ても、特に政治と経済の分野は低い。その中で、女性がもっと増えてほしいという声は、今も多く聞きますし、女性政治家への期待はまだ続いていると感じます。
比例復活の受け止めと、その結果が課した責任
今回の取材では、議員会館でのインタビューに加え、2026年4月12日(日)に開催された「第68回鎌倉まつり」の行列巡行での様子も撮影しました。
お囃子やお神輿のほか、甲冑行列、よさこいの地域団体などが、下馬から鶴岡八幡宮境内までを練り歩くなか、早稲田氏は沿道に集まった市民や、周辺で並行して開かれていたイベントの参加者らと交流していました。
Q3 約1万票差で小選挙区では届かず、比例での復活当選となりました。さらに今回は、自民党が想定以上の大勝をおさめた結果、比例名簿の登載者が足りず、野党に議席配分が流れる異例の構図も生まれました。
少し踏み込んだ聞き方になるかもしれませんが、早稲田さんなら正面から答えてくださると思い、あえて伺います。こうした構図での比例復活という結果を率直にどう受け止めていますか。また、そのことはご自身にどのような責任を課していると感じていますか。
この大逆風の中で、比例復活という形であっても議席をいただけたことには、感謝以外ありません。その上で、小選挙区で勝てなかったことは、私の力が足りなかったということ以外にありません。
有権者への訴えが足りなかったのか、政策の打ち出し方が十分ではなかったのか。反省点はいろいろあると思います。そこは、しっかり今後に生かしたいと思っています。
「直接選ばれなかった」という前提に立って、今後どうしていくのか。そこは、自分自身の政治の質を問い直していきたいと思っています。
負けたとはいえ、多くの票をいただいたことも事実です。その信頼をさらに積み増していくために、どこに届いていなかったのかをもう一度見直し、政策も戦略も考え直していきたいと思います。
一方で、小選挙区制では、民意が偏って議席に反映されることがあります。今回、自民党の小選挙区での得票率は49%でしたが、議席では86%を占めています。棄権をした方も含めた全有権者で見れば29%です。
小選挙区は民意を集約する制度ではありますが、結果が偏る場面もあります。だからこそ、小選挙区と比例代表を組み合わせた制度になっています。大政党が大与党になったとしても、そこだけの意見ではない、多様な意見を国会に届けるためには、比例代表も必要です。
もちろん、比例復活には運も含め、さまざまな要素があります。それでも、大事な一議席をいただいた以上、皆さんの声なき声を届けられる一議席として、これまで以上に頑張りたいと思っています。
新党副代表としての責任と、立て直しの優先順位
小選挙区で届かなかったことを、早稲田氏は「自分の力不足」と語りました。
しかし、話はそこで終わりません。選挙後、早稲田氏は中道改革連合の副代表に就任しました。
神奈川4区で受け止めた結果を、新党の立て直しにどうつなげていくのか。話題は、衆院野党第一党の責任へと移っていきます。
Q4 新党について、改めて伺います。神奈川4区での経験を経た今、副代表として何にもっとも責任を感じていますか。また、党に対しては厳しい視線も向けられていると認識しています。立て直しに向けて、最優先で見直すべきものは何だと考えていますか。
図らずも副代表にならせていただいたことで、責任の重さを感じています。新しい党として立つことの難しさも感じています。
旧民主党、立憲の流れを持つ人たちと、与党を担ってきた公明党の流れを持つ人たちが合流したわけです。考え方も、政治文化も違います。その中で、国民の皆さんに十分理解されなかった。それが厳しい結果につながったことも、反省しなければなりません。
今後、地方選に向けても、全国から軋轢や葛藤の声が聞こえてきています。それは当然のことだと思います。これだけ異なる背景を持つ人たちが一緒になる以上、最初からきれいにまとまるはずはありません。
大事なのは、その違いを曖昧にせず、きちんと向き合うことです。単なる調整役ではなく、意見の違うところはきちんと出し切る。その上で、最終的にどこで一致できるのかを整理することに力を尽くしたいと思っています。
この党として何をやるのかを明確にしなければ、国民の皆さんから信頼を得ることはできません。
立憲、公明、それぞれの国会議員、地方議員の意見をどう集約し、一致点を見つけるのか。それをなるべく早い時期に明確にしていくことが、中道改革連合として、新党としての責任を果たすことだと思います。
個人として神奈川4区で頑張る、国政で頑張るというだけでなく、党そのものを立て直す責任も背負うことになりました。副代表に就いたことで、責任の感じ方は変わりましたか。
副代表は初めての役です。もちろん、これまでもそれぞれの立場で頑張ってきましたが、今回は負けたこと、そして惜敗した仲間たちがいることに対して、私自身も申し訳ない気持ちがあります。
私もこの役を受けるかどうか、正直迷いました。ただ、49人という少ない数だからこそ、一人ひとりが責任を担っていくべきだと思い、お引き受けしました。
責任を果たしていきたいと思います。
神奈川4区の防災・減災をどう考えるか
2026年2月、早稲田氏も暮らす鎌倉で松尾市長にインタビューした際、10年以上議論が続く市役所移転の課題について伺いました。このとき、移転検討の最たる目的の一つが防災であることを改めて確認しました。
湘南エリアの各首長にインタビューしてきた中でも、多くの首長が重点施策として防災を挙げました。寒川の木村町長は、東日本大震災が町長選出馬のきっかけだったとまで語っています。
Q5 神奈川4区は海に面し、大規模災害への備えが生活に直結する地域です。早稲田さんは過去に災害対策特別委員会の理事を務められましたが、神奈川4区に必要な防災・減災の課題をどう考えておられますか。
防災は本当に重要です。神奈川4区という以前に、日本全国が災害リスクを抱えています。地震もありますし、豪雨や土砂災害もあります。
その上で、神奈川4区は海岸線を抱えています。津波のリスクは沿岸部にとって外せない課題です。
ただ、鎌倉・逗子・葉山などは都市計画上の高さ規制もあり、高い建物を建てにくい地域です。津波避難ビルも多くありません。
そうなると、どう逃げていただくか。高齢社会の中で避難のあり方をどう考えるかは、非常に難しい課題になります。
私は以前から、津波避難階段を整備すべきだと言ってきました。高台や山に上がるための階段を、地域ごとに実際に整備していく必要があります。ビルを建てられない地域では、そうした避難の仕組みを作ることが大事です。
一方で、神奈川4区の中でも、鎌倉・逗子・葉山は津波リスクを抱えますが、栄区は海岸を持ちません。内陸部では土砂災害など、また別の備えが問われます。
制度を作るだけではなく、実際に避難できる仕組みをどう作るかが重要です。
「防災庁(※)ができることで何が変わるの」とよく聞かれるのですが、国の組織としては、縦割りを排除し、一元化することに意味があります。ただ、実際に動くのは地元自治体であり、地域の一人ひとりです。だからこそ、避難計画をさらに深掘りして考えていく必要があります。いざ災害が起きたという場合、自治体の職員もまた被災者です。ですから、避難所運営、ダンボールベッドの搬入、キッチンカーの活用など、民間も巻き込みながら、国がもっと主導して動かせる部分を広げていくべきだと思います。
※政府が2026年11月1日の発足をめざしている、内閣直下の災害対応組織。大規模災害時の司令塔機能や、地方拠点の整備が想定されている。
「外には平和、内には福祉」——小さな声をどう届けるか
Q6 先ほども「小さな声」という話がありましたが、早稲田さんはこれまで、子ども、福祉、「声の小さい」側に関わる課題に一貫して取り組んでこられました。そうした歩みも踏まえて、今回の選挙での経験を神奈川4区にどのように返していきたいと考えていますか。また、有権者との信頼をどのように取り戻していきたいと考えていますか。
難しい問いですが、私は選挙でも訴えた通り、「小さな声」を届けることを大事にしてきました。そして、「外には平和、内には福祉、社会保障」ということを前に進めたいと思っています。
いま世界中で平和が揺らいでいます。米国とイランの緊張もあり、その影響は世界中に広がっています。平和をどのように構築していくのか。平和外交をどう深めていくのか。それが重要です。
米国だけではなく、アジア諸国やヨーロッパとも連携を深める必要があります。米国追随だけの外交であってはならないと思っています。
国内の課題では、福祉、医療、介護、子ども、ジェンダーの課題に引き続き取り組んでいきます。
厚生労働委員会を中心に活動してきましたが、加えて現在は「地域活性化・こども政策・デジタル社会形成に関する特別委員会」、通称「衆議院地こデジ特委」に所属しています。
福祉は高齢者や障害者だけのものではありません。赤ちゃんから若い人まで、すべての人に関わるものです。健康保険法の改正、高額療養費の問題にも取り組んできました。声が届きにくい方たちの声を届けることが、私の原点です。
また、障害のあるお子さんを育てるご家庭への特別児童扶養手当についても、所得制限のあり方を見直すべきだと思っています。いまの制度では、所得制限によって、支援が「ゼロか100か」になってしまう厳しさがあります。児童手当では所得制限が撤廃されています。障害児を育てる家庭でも、子どもがどのような家庭に生まれ育っても、必要な支援を受けられるようにしていきたいです。
選択的夫婦別姓など、ジェンダーの課題にも引き続き取り組みます。高市総理は後ろ向きですが、そこも頑張っていきたいと思います。
国際情勢について、もう一段深く伺います。総選挙の公示日前夜に行われた公開討論会の場で、今時点のアメリカへの信頼度を数値化するという質問がありました。自民党の候補が80%、参政党の候補が50%と答えたのに対し、早稲田さんは20%以下と断言されたことが、強く記憶に残っています。その背景には、どういう考えがあるのでしょうか。
それはやはり、トランプさんだからです。私はありえないと思っています。イランを攻撃したのも、核開発の問題はあるにしても、あれは国際法違反です。
もちろん、日米同盟が基軸であることは大事ですが、アジアやヨーロッパとの連携も強化していくべきです。トランプ大統領の毎日変わる発言や行動に、世界が翻弄されているわけですから、とても信頼できるという状況ではないと思います。
米国のイランへの先制攻撃について、高市総理はまだ明確な評価を示されていませんが、日本は日米同盟があるからこそ、言うべきことは言うべきです。特にイランについては、日本は深い友好の歴史があるわけですから。
高市総理は先日私が国会で質問した時に「イランと電話外交をした」と言われていましたけど、もっと早く、イランにも米国にも、両方に対して即時停戦のための橋渡しをする。それができるのが日本のスタンスだと思うんです。有識者の間で言われている中東情勢の複雑さはあるんでしょうけど、日本にはイランとの友好の歴史があるんだから。3.11の時もたいへんご尽力いただいたわけだし(※)。
※国際赤十字・赤新月運動の一員であるイラン赤新月社が宮城県に缶詰5万個を提供したほか、在日イラン人やイラン大使館関係者による炊き出し、チャリティイベント、追悼行事などが日本各地で行われた。
世界が自国主義に陥っているように感じます。移民の問題や、国内で言えば中間層の生活が苦しくなっていることも、自国主義に走る一因だと思います。
しかし、人間が一人では生きていけないように、一国だけで生きていくこともできません。鎖国ができる時代ではありません。
だからこそ、世界の平和という観点から考えられる政党として、私たちはきちんと主張していくべきだと思います。
高市政権が選挙で大きく勝ったとしても、それがすべて白紙委任されたということではありません。憲法改正もそうですし、防衛はもちろん重要ですが、ただ、抑止力を高めれば、それは外から見れば脅威にも映ります。
しかも中国に対して、日本がどれだけ防衛力を高めても、それだけで対抗できるものではありません。だからこそ、英知を結集し、世界を巻き込んで、平和外交をどう広めていくかが大事だと考えています。大国に対してどう平和外交を進めるか、これは一国ではできません。先ほどもお話ししたように、アジアやヨーロッパと連携して進めていくべきだと考えています。
「あなたの声を届ける政治家」でいるために
Q7 最後に伺います。今日お話しいただいた課題に向き合っていく中で、これから国民の目に、どのような政治家として映っていきたいと考えていますか。
あまり考えたことはありませんが、一つには「あなたの声を届ける政治家」でいたいと思っています。国政は、地方政治と違って遠く感じられます。選挙に行っても変わらないのではないかと思う方も多いと思います。だからこそ、自分の声が届くのだと実感できる政治にしたい。私は、そのための政治家でいたいと思います。
高額療養費の問題もそうですが(※)、すべてを一度に実現できるわけではありません。それでも、一つ一つ積み重ねることで、政治によって自分たちの苦しさや辛さが少しずつでも解消される。生活がしやすくなったと実感していただける。
そういう政治家でありたいと思います。
※2026年4月20日、中道改革連合・チームみらい・日本共産党の3党は、中間層の負担増による受診抑制を防ぐための高額療養費制度見直し法案を共同提出した。早稲田氏は筆頭提出者として、政令制定時の家計調査や意見聴取を政府に義務付け、制度設計の適正化を求める役割を担った。
取材を終えて
神奈川4区で起きた変化を聞くことは、早稲田氏個人の選挙を振り返ることにとどまりませんでした。話は自然と、中道改革連合という新しい党が何を受け止め、何を積み直すのかへ向かっていきました。
今回のインタビューで印象的だったのは、党の立て直しをめぐる次の言葉でした。
異なる政治文化を持つ人々が一緒になる以上、最初からきれいにまとまるはずはない。違いを曖昧にせず、出し切った上で一致点を見つける。
その言葉には、新党として立つことの難しさと同時に、衆院野党第一党の副代表として背負う責任の重さがにじんでいました。
自身の選挙区で突きつけられた結果を、早稲田氏はどう党の立て直しに返していくのか。
そして、「あなたの声を届ける政治家」として、地域との信頼をどう取り戻していくのか。
その道筋を、神奈川4区の足元から引き続き追いたいと思います。
早稲田ゆきプロフィール
氏名:早稲田 ゆき(わせだ ゆき)
生年月日:1958年12月6日
出身地:東京都渋谷区
居住地:神奈川県鎌倉市雪ノ下
座右の銘:至誠通天
趣味:スキー、読書、旅行
【略歴】
1981年 早稲田大学法学部卒業
1981年 日本輸出入銀行(現・国際協力銀行)入行
2003年 地元ミニコミ紙記者
2005年 鎌倉市議会議員初当選(2期)
2011年 神奈川県議会議員初当選(2期)
2017年 第48回衆議院総選挙にて神奈川第4区で初当選(以下3選は、立憲民主党公認)
2021年 第49回衆議院総選挙にて再選
2024年 第50回衆議院総選挙にて再選
2026年 第51回衆議院総選挙にて比例復活で4選(中道改革連合公認)
2026年 中道改革連合副代表に就任