ありがとう『さざなみホール』。小さな町の文化を支えた黒川紀章の名建築
【さざなみホール/滋賀県野洲市(旧中主町)】
「あの田んぼにそびえる壁はなに?」
見た瞬間、思わずそう呟いてしまいそうな、
田園風景に立つミステリアスな雰囲気の建造物。
じつはここ『さざなみホール』という
音楽ホールなんです!
独創的な建築物で日本の建築界に旋風を巻き起こした
建築家・黒川紀章氏の設計によるもの。
文化、教育、福祉。
音楽だけでなく様々な分野で地域の暮らしを
約30年間支え続けた、隠れた名建築でしたが
2024年12月…
その役目をひっそりと終えようとしています。
2024年末に閉館する『さざなみホール』とは?
1992年7月23日。
まだ野洲市になる前の中主(ちゅうず)町と
呼ばれた地域に『さざなみホール』は誕生しました。
設計は黒川紀章建築都市設計事務所によるもの。
建築家の黒川紀章といえば、
『中銀カプセルタワービル』や
『福井県立恐竜博物館』などを
手掛けたことで知られています!
ひときわ目立つメインの音楽ホールは、
角度によっては田んぼの中に立つ壁のようにも、
口を閉じた貝にもみえる不思議な外観。
独特の存在感を放つさざなみホールですが、
誕生から32年が経った今年2024年12月に
建物の老朽化などを理由に閉館が決まりした。
意外と今まで知られてこなかった
滋賀に残る黒川紀章の名建築……
いったいどのような建物なのかを取材すべく、
現地へと向かいました!
地元の自然を活かした独特な舞台
さざなみホールはメインホールを
三角屋根の棟がぐるりと取り囲む形で造られています。
職員さんの案内で正面のホワイエから通路を渡り、
早速メインホールの中へと入っていくと……
ん?
照明がついていないのに席が明るい?
なんと、舞台の裏がガラス張りになっています!
そう、さざなみホールの舞台は地元の風景を借景にした
全国的にも珍しい構造となっているのです。
外はちょうど田植えが終わった頃。
アオサギやツバメがえさを求めて飛び交う
田畑の向こうには長命寺山や八幡山の姿が見られました。
せっかくなので客席に座ってこの景色を眺めてみると
滋賀の風景が大きな1枚の絵画のよう。
客席はゆったりとしており、
出入り口からの移動もスロープ状になっているなど
バリアフリーを意識した造りとなっています。
黒川紀章の設計意図は不明ですが、
地域の風景を芸術作品にしたかのような演出に
しばし魅入ってしまいました。
地域の劇場だったさざなみホール
もちろんホールが演奏会などに使われる際は
天井から下ろされた反響板が舞台を取り囲みます。
収容人数は約500人ほどの規模ですが、
むしろそれがさざなみホールの長所。
広すぎないから音がよく反響し、
特にピアノの響きがいいと評判なのだとか!
地域の演奏会などを開くには使い勝手がいい広さで、
毎年近隣の学校の文化祭にも活用されていたほど。
さざなみホールはまさに”地域の劇場”だったんですね!
舞台の天井を見上げるとあらゆる機器がずらり。
開館当時のものである照明機器の位置調整は
長い竹棒を用いて角度をいじるアナログ方式なんだそうです。
そして照明の傍には立派などん帳の姿もありましたが……
「あのどん帳、故障してもう下りないんです」
え!劇場の幕が下りない?
町の合併、施設の老朽化、そして解体へ
「この場所は空調がまだ利いているんですよ」
ホワイエというロビーにあたる場所で
野洲市市民部の主査・山本和彦さんに
話を伺いました。
2023年に山本さんが赴任された頃、
既に建物のあちこちで老朽化による
不具合が見られる状態だったそうです。
「メインホールも空調が壊れていて、
昨年の冬は廊下にストーブを置きながら
演奏会を行いました」
そしてホールの周りに広がるこの空間も
開館当初は水が薄らと張られていました。
特殊な装置を使って波を起こす演出がありましたが、
今ではもう姿形も見られません。
私も子どもの頃に訪れた際に
その演出を見たことがあったのですが、
施設の名前の通り一面に”さざなみ”が広がる
美しい光景だったのを憶えています。
中主町が野洲町と合併し野洲市となった後、
市は維持費などの関係から市内の文化施設を
野洲駅前の『野洲文化ホール』に集約することを決定しました。
そして老朽化が進み駅からも遠い
さざなみホールは2024年末に閉館し、
建物は2025年度中に解体される予定です。
30年以上地域の暮らしを支え続けた複合施設
最後に再び山本さんの案内でホールをぐるりと一周することに。
するとなにやら扉に「保健センター事務室」という謎の表記が……
元々さざなみホールは劇場だけでなく
『豊積の里総合センター』という
旧中主町の複合施設として建てられました。
保健センターでは地域の医療を担い、
地元の子どもたちを対象にした
歯科検診や予防接種などが行われていました。
そして現在は多目的ホールとなっている
この部屋も元々は図書館があった場所!
現在は野洲図書館中主分館として
別の場所に移転していますが、
図書館時代の名残が棚などから窺えます。
施設内には今もお茶の稽古に使われる和室もあるなど、
さざなみホールが様々な分野で地域に貢献してきた歴史を
建物のあちこちで窺い知ることができました。
事前予約で利用可能。黒川紀章の名建築に触れてみよう!
閉館が決まった今年もさざなみホールでは
ヴァイオリンやクラリネットなどを学べる
「さざなみ音楽教室」が開かれており、
12月には受講生による最後の演奏会も開催される予定です。
また多目的ホールなどは企業の研修でも利用されており、
公式HPでのお問い合わせフォームなどを通じて予約手続きをすれば、
野洲市在住者でなくても利用可能です。
丸と四角と三角を組み合わせた無骨な外観。
中を歩けば打ちっぱなしの壁。
古いけれどSFのような未来世界を感じさせるような
黒川紀章の隠れた名建築『さざなみホール』を
見られるのも今だけ。
2025年に解体された後、
跡地は『子ども広場』として
新たに整備される予定です。
役目を終えるその日が訪れるまで、
さざなみホールは町の暮らしを
今も静かに見守っています。
記事を書いた人結城弘/滋賀県出身。小説家・ライター。滋賀が舞台として登場する小説『二十世紀電氣目録』『モボモガ』を執筆。趣味は旅行、レトロ建築巡り、ご当地マグネット集め、地酒。noteにて旅ブログなどを更新中。各SNS⇒ X(旧Twitter)/ Instagram
『さざなみホール』の施設詳細
住所 滋賀県野洲市比留田3313-3 受付時間 9:00~17:00 休館日 月曜日、年末年始 電話番号 077-589-3111 公式サイト https://www.yasu-bs.jp/sazanami-hall/sazanami_index.php
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