KAAT×SPAC キッズ・プログラム2025『わたしたちをつなぐたび』『鏡の中の鏡』~芸術監督対談 長塚圭史×宮城 聰
今年はKAAT(神奈川芸術劇場)の夏の風物詩である「キッズ・プログラム」を、静岡のSPAC(静岡県舞台芸術センター)と連携で創作・上演。二館の芸術監督(KAAT:長塚圭史、SPAC:宮城 聰)に、企画に託す想いとさらなる展望について熱く語ってもらった。
■公立劇場が担う「使命」を考える
――夏季の「キッズ・プログラム」や大人と子どもが共に楽しめる作品づくりに熱心な神奈川県のKAAT神奈川芸術劇場と、静岡県内での中高校生鑑賞事業をはじめ、子どもたちがプロの俳優・スタッフのもと創作・上演するSPACシアタースクールやコンテンポラリーダンスのカンパニー「スパカンファン−プラス」などの活動が充実した静岡県のSPAC-静岡県舞台芸術センター。そんな二館協働で、子どもたちのためのプログラムを上演します。きっかけは、どんなものだったのでしょうか。
長塚 僕がKAATの芸術監督に就任した後、宮城さんから「公立の劇場、その在り方について一緒に話をしませんか」というお誘いをいただいたのが始まりです。宮城さんはSPACを20年近く率いてこられ、国内外の公立文化施設とも幅広く繋がっていらっしゃる。最初から子どもたちを対象にしたプログラムをやりましょうと話し始めたわけではないんです。
宮城 そうですね。
長塚 それぞれの地域性や地域での条件などが異なる中で、いかに各館の活動方針や創作の魅力を伝えるか。そしてそれらを観客に還元するため、必要なことは何かなど、少しずつディスカッションを重ねていったんです。
宮城 公立劇場と、民間企業が運営する劇場の〝本当の違い〟は何なのかが、昨今どんどんわからなくなっていると僕は考えていて。その大きな理由の一つが、〝創造発信型〟をめざす公立劇場においても、創作の体制が東京など大都市圏、中規模商業演劇のシステムに頼らざるを得ない現状にあると感じています。こういう言い方をすると、差し障りがあるかもしれないけれど。
長塚 いやあ冷や冷やさせられます(笑)。同意する部分も多いのですが。
宮城 「どうやったら公立劇場独自のプログラムを発信していけるんだろう」と考えたときに、たとえばフランスやイタリアなどでは、公立劇場のネットワークがある。どこか一館が創った作品をそのネットワークに流せば、自館では週末3回の公演でも、ネットワーク館を全部回ると1年半のツアーになる、というようなことができるんです。それなら商業資本に頼らなくても、創造型の公立劇場として活動ができるのですが、日本にはそのネットワーク自体がまだないので、「ネットワークづくりから始めるのはどうだろう」ということを最初にお話しさせていただきました。
――公立と言っても、所在する市町村の大きさで規模感も変わり、予算や活動の範疇も変わってくる。どのようなネットワークを作るかから吟味することが多いように思います。ですが、話し合いが行われたことこそ重要な一歩に思えました。
長塚 非常に刺激的でした。劇団活動以外では僕自身、商業演劇と呼ばれるジャンルでの仕事が多かったので、都心からアクセスの良いKAATの場合、都市部の公民両方の劇場と、創作上、どんな住みわけをすべきかは、就任が決まってから考え続けている問題でもありました。つくった演劇作品を「一度上演したらそれでおしまい」というふうにすべきではない、そして長く上演するためのシステムを探らなければ、とも考えていたので、宮城さんからのお声がけは渡りに船でした。
その話の中で、「子どもたちに向けた創作ならば予算規模もそれほど膨らまず、関心の高いアーティストも多いので始めやすいのでは」と提案させていただいたんです。
宮城 「キッズ向け」は良いアイデアだと思いました。僕も東京で活動したあと静岡に来て、他の地域の公立劇場の様子も眺めてみましたが、東京以外のほうが一層「テレビに出てたアノ人が出てるならチケット買おう」という発想になりがちなんです。結果、各地域の劇場のほうが保守的なプログラムになることも少なくない。これは一日二日で変えられるものではありません。でも、キッズ向けならば出演者の有名無名に関係なく、純粋に「面白そう、子どもが喜びそう」という関心を持っていただけるはず。とてもいいなと思いました。
■今夏の連携がネットワークの始まり
――SPACでは、振付家・ダンサーのメルラン・ニヤカム氏と子どもたちを中心としたダンス・パフォーマンスのカンパニー「スパカンファン-プラス」(2010年始動。19年からは中高生に加えて55歳以上のメンバーも参加している)での創作・上演を15年以上続けていらっしゃいます。地域の子どもたちとの創作に関して、既に成功実績があるのでは?
宮城 確かに、スパカンファンに参加した子どもたちの中から、プロを目指す子が出てくるなどの成果はあるのですが、「チケットを買って子どもと親が舞台芸術を観る」という習慣を、根づかせるまでには至っていません。各地の劇場、ホールによっては、プログラムに関係なく、その習慣化には成功している館もあるのが興味深いところです。
「青い鳥」などで知られ、優れた養蜂家でもあったメーテルリンクの著書「蜜蜂の生活」を原作に、フランス人演出家セリーヌ・シェフェールが手掛けた『みつばち共和国』という作品を2020年につくったんですが、宮崎県の都城市総合文化ホールが呼んで下さって。一般的に知名度の高い要素は何もないのに、ホールの方は「夏休みの子ども向け作品は確実な集客が見込めるんです」と。SPACとしても「キッズ向け作品で親子の集客を確かなものにする」ということは重要だと思っているんです。KAATもキッズ・プログラムは定着していますよね。僕が拝見したときも、非常に多くの家族連れが劇場にいらしていましたから。そこは、学ばせて欲しいなと思っています。
長塚 キッズ・プログラムの集客が安定していることは非常に有難く、また創作過程でも、子どもたちを意識することで新しい可能性を切り拓けるところがアーティストたちにとってもプラスになる。
公立劇場が地域のお客様に何を還元し、何を存在意義とするべきか。良質なキッズ向け作品を両館から生み出すことができれば、親子を含む幅広い世代のお客様に楽しさと充実感を一緒にお届けできる。その様子を、今回は参加できなかった各地の公立文化施設の方々にも目撃していただけたら、ネットワークへの参加を検討していただく機会になり、子どもたちに作品を届ける機会も増やすことができると僕は思っているんです。今はまだない、そんな制作部分も含む、複数館での創作的な土壌の共有が少しずつでも進められたら理想的ですよね。
■劇場で「見る」自由を取り戻す
――観客だけでなく、各地の公共劇場に対しての働きかけの第一歩なんですね。
長塚 ええ、「こういうことでいいんだ!」と、まずは思っていただきたい。
宮城 そうそう、「それはKAATとSPACだからできることですよね?」と、まだ思われている方が多いはず。実際観ることで、作品の規模感やフットワークの良さに納得いただけるはずですから。
――そんな志から生まれる第一弾の二作。「宝探し」をテーマに、KAATはイリーナ・ブリヌルの絵本「わたしたちをつなぐたび」を、SPACはミヒャエル・エンデの「鏡のなかの鏡-迷宮-」をそれぞれ舞台にします。エンデの原作は哲学的な深淵に迫る30の短編で編まれた小説で、「~つなぐたび」も人間のアイデンティティやルーツを掘り下げる深い内容でした。原作の選定と『~つなぐたび』の上演台本・演出を手掛ける大池容子さん、『鏡~』構成・演出の寺内亜矢子さんのお二人について伺えますか?
長塚 僕らはキッズ・プログラムが二館それぞれで連続上演することを踏まえ、スタッフたちと候補を出し合って選びました。主人公の女の子は、行く先のわからない旅をして、思いもよらぬところへたどり着き、ある「出会い」を果たす。しかも、この旅物語は繰り返し反芻しても色褪せない魅力があると、初めて読んだ僕自身が感じたんです。テーマの「宝探し」ともぴったりですし、きっと親と子の両方が驚いて、帰り道に色々話せるんじゃないかな、と。
大池さんは、いろいろと挑戦しつつ創作に臨み、海外へも活躍の場を広げていらっしゃる方。彼女が原作の絵本をどう立ち上げていくか、魅力的な俳優さんたちも含め、大いに期待を膨らませています。
ちなみに主人公を演じる藤戸野絵さんは、『作者を探す六人の登場人物』『常陸坊海尊』など既にKAATの僕の演出作品に3本出演しているんですが、まだ中学生で。
――ピランデッロと秋元松代の戯曲を既に経験していらっしゃるとは……。
長塚 小学3年生くらいで『セールスマンの死』を観て、「どうしてももう一度観たい!」とリピートしてくれたツワモノです(笑)。僕は『鏡の中の鏡』を一体どうするのか、といまだに思っていますが(笑)、宮城さんはどこまでご存じなんですか?
宮城 僕は自作以外でも、SPAC作品の戯曲、演出、出演者を選ぶことを自分の仕事としてきました。でもそのような、劇場と劇団の創作全般を考えることを、次の世代に分けていかなければと思っていたところで。寺内さんはその一人で、今回に関してはどの作品を選び、どの劇団員とつくるかまでを自身で決めてもらいました。
――エンデの「鏡~」を原作にという寺内さんの選択を、宮城さんはどう感じられたのでしょう。
宮城 ……なかなか、難しいところを選んだな、と(長塚笑)。ただ、前回演出を任せた『リチャード二世』で寺内さんはきちんと成果を出してくれた。とはいえ僕がプロデューサーとして戯曲も俳優も選んだうえでの成功なので、彼女としては内容の決まった定食を上手くつくったような感覚だった気がするんです。その点今回は、材料も調理法も全て彼女が自身で選んだ創作。敢えて、計算のしようのないものを選んだ感じもあるので、どこへ向かうか僕自身も楽しみに待つしかありません。
長塚 また、「鏡~」は鑑賞おススメの年齢が「4歳~」になっているんですよね……。
宮城 KAATのキッズ・プログラムは、小学校高学年以上のお子さんもたくさん来場されていることに感心したんですが、静岡では小学校高学年から中学生くらいはもう、あまり家族で劇場に来てはくれないんです。親と一緒に行動したくないのかな(笑)。だからキッズ向け作品の場合は、小学校低学年の観客をまず核とするので年齢設定は低めが前提。KAATは「小学校低学年~」にしているから、その違いが、面白く影響し合えばいいですよね。
長塚 週末土日は二作品が一日で観られるようになっていますからね。それぞれの年齢の兄弟姉妹が、一緒に楽しめる可能性は広がります。
――SPACの俳優陣は海外のアーティストと創作する経験も豊富なので、フィジカルな表現や強い身体性で臨む創作に強い印象があります。
宮城 確かに。寺内さんもそこを前提に作品を選び、言葉や意味だけに縛られない、ビジュアルや身体表現を活用した創作を考えていると思います。僕自身、なるべく低年齢から「身体を見る」経験をしてほしいと強く思っているんです。世の中では、他者をじろじろ見ることがタブーになりつつあるけれど、人間を知るためには欠かせないことですから。
長塚 おっしゃる通りだと思います。SPAC作品だけでなく、SHIZUOKAせかい演劇祭のプログラムにも「身体を見る」ことを意識させる作品が多くありますよね。他者との関係性、距離を測ることも相手を「見る」ことからしか始まりませんし。
宮城 「見る」ことを選べない時代じゃないですか、「正解はこちらです」という一見親切なようで、実は想像や思考を奪う映像や環境が巷にあふれている。劇場で舞台芸術に向き合うことで、「見る」「想像する」自由を取り戻してもらえるならこんな良いことはないでしょう。それにキッズ向け作品は、俳優たちにとっても非常に良い経験になるので。
長塚 子どもたちは正直ですからね、時に残酷なほどに(笑)。二作が並ぶことで、これまで以上に多彩な反応を子どもたちからもらえるはず。客席でそれを受け取ることが、今から楽しみでなりません。
宮城 同感です。
取材・文:尾上そら