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地域に眠る「本物」を見出す『シーラカンス食堂』。

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地域に眠る「本物」を見出す『シーラカンス食堂』。

兵庫県小野市には伝統的な2つの地場産業がある。そろばんと、刃物だ。『シーラカンス食堂』の小林新也さんはそのブランディングを手がけたことで、本当の地場産業や本来の職人の姿を実現したいと考えるようになった。その姿とは?

そろばん産業に携わり、 地場産業の課題を知る。

デザイン事務所『シーラカンス食堂』代表の小林新也さんが、生まれ育った兵庫県小野市の地場産業に関心を向けたのは、大学時代に島根県や香川県で地域活動をしていたとき、ふと、「小野はどうなんだろう?」と頭をよぎったことがきっかけだ。「母親の知り合いのおじさんが社長を務める『ダイイチ』というそろばん問屋に興味が湧き、訪ねました」と話す。

小林さんは、そこで小野のそろばん産業の課題を知ることになる。「課題は産業形態。最盛期は年間約360万丁の需要があり、分業制で大量生産をしていました。そろばんの珠削り、竹の芯での籤づくり、組み立てなど分業のほうが効率がよかったのでしょう。ただ、生産量が約14万丁になった今、その形態は合っていません。珠削り職人が辞めたら共倒れですから」。

中空の脊髄を使って海中を浮き沈みしながら、数億年も生き長らえてきたシーラカンスがシンボルマーク。

そこで小林さんは、『ダイイチ』でも珠をつくれるよう機械を準備しつつ、珠を使った壁掛け時計「そろクロ」や知育玩具「サイコロそろばん」などをデザインし、商品化。また、「約14万丁は計算機ではなく、そろばん塾などの教育道具としての需要だと認識を変えることも課題でした」と言う小林さんは、「そろばんビレッジ」という11色のカラフルな珠でオリジナルそろばんがつくれる製作体験所を設けた。子どもから大人まで多くの来所者で賑わってきている。「そろばんに携わったことで地場産業の課題が見えてきました。単に新しい商品をデザインすればいいのではなく、リアルな課題を見据え、ターゲットを定め、営業方針を決めたうえで商品やサービスをデザインすることが大事だと痛感しました」と小林さんは話す。

「播州刃物」という、 地域ブランドで海外展開。

次に手がけたのは刃物産業だ。小林さんのそろばん業界への貢献を知った『小野金物卸商業協同組合』副理事長から、「新しい鋏をデザインしてほしい」と依頼が舞い込んだ。小野の刃物について知識を持たなかった小林さんは、鍛冶職人の仕事場を見学。そこで衝撃を受けた。「ものづくりのレベルは群を抜いて高く、かつ、職人さんは驚くほど高齢で、後継者問題も深刻でした。正直、新しい鋏を一つデザインしたところで問題は何も解決できないと思いました」。

調べれば、同じ播州で産出されていた「千種鋼」は最も古い鋼として日本の刃物づくりを支えてきたことや、播州の刃物産業は250年以上の歴史があり、日本一とも評される高い製造技術を持つこともわかった。そのため、全国から刃物の注文が途絶えることはなく、「景気はよかったようです。鍛冶職人の家では子どもを都会の大学に通わせる余裕は十分にありました」と小林さんは話す。「ところが40年ほど前、日本の縫製工場が軒並み海外へ移転し、糸切り鋏や裁ち鋏の需要が激減。さらに、海外から安価な鋏が輸入され、価格競争に陥っていきます。組合は下請け業者である職人に厳しい金額で発注するので収入は増えず、『これでは継がせられない。家に帰ってこなくていい』と子どもに都会で就職するよう勧めました。その結果、後継者不足が問題になっているのです」。

また、大阪府堺市や新潟県燕市・三条市などの刃物産地に比べ、小野はブランド力が弱いことも報酬を上げられない原因だと解釈した小林さんは、地域ブランドの立ち上げを組合に提案。小野の刃物を「播州刃物」と名づけ、桐箱に入れ、播州織で包み、値段も数倍に設定して販売することに。それだけの価値がある刃物だからだ。

「『刃物よりパッケージのほうが高いやん』と副理事長や組合員に鼻で笑われました」と振り返る。「副理事長たちは鋼を鍛え、芯まで焼入れし、何回研いでも一生使える鋏づくりにこだわってきた世代。そのこだわりを知る金物屋は販売した後もお客さんの鋏を研ぎ、大事に扱いました。ただ、小売店がホームセンターに移り、安価な海外製品との価格競争に陥っていくと、コストカットにばかり注力し、販売後の鋏も研がず、パッケージもペラペラ。そんな時代を生き抜いてこられた方ですから、僕の提案を笑うのも当然です」。

小林さんは美しく包装された「播州刃物」を海外市場に持ち込み、その作戦は見事に成功。従来の数倍の値段で取引できるようになった。「こんな高い値段で売れるの?」と副理事長たちは目を丸くした。職人からの要望に応え、報酬を上げることもできたそうだ。

メンバーの宇城潔さんとともに、「地場産業×デザイン」に取り組んでいる。

島根の里山で探し求める、 本来の職人の姿。

小野の刃物産業にとって若手職人の育成は急務と感じた小林さんが、2018年から運営している後継者育成工場『MUJUN WORKSHOP』。事務所の1階にあり、2人の若手職人が刃物づくりを学んでいる。

「播州刃物」の成功とともに、刃物職人になりたいという若者から連絡が入るようになった。「例えば、握り鋏職人の水池長弥さん。一から完成品に仕上げるまでの技術を持つのは、日本でもおそらく水池さんだけ。最後の技術を継承しなければという僕らの説得を聞いてくださり、寺崎研志さんという熊本から来た弟子を6年間、育てられました」。寺崎さんは今、市内で工場を持ち、活躍している。また、「90歳を超す井上昭児さんは日本一の花鋏職人。高齢だから弟子は取れないとおっしゃるので、僕らが若手職人を育成する過程で花鋏づくりを教えていただくという方法を提案したら、『それならいいよ』と快諾してくださいました」。今、小林さんが運営する刃物工場『MUJUN WORKSHOP』で修業する2人の若手職人が井上さんから習っている。

さらに、小林さんは、「本当の地場産業とは?」「本来の職人とは?」と深く考えるようになり、その答えを島根県・温泉津町の里山に見出そうと二拠点居住を始めた。「刃物づくりは継承されつつありますが、小野には燃料や材料がありません。それが地元で調達できてこそ本当の地場産業では?」と、温泉津では工場を地元の間伐材で建て、その端材を燃料にし、川や海で採取した砂鉄で刃物づくりを行うつもりだ。「昔、鍛冶屋は百姓を営み、木、藁、泥、そして砂鉄といった材料を自給しながら刃物をつくっていました。温泉津で購入した里山の再生を始めて2年が経ちますが、四季折々の自然と向き合うなかで、さまざまな知恵や技術が身につき、人はこうやって職人になっていくんだなと実感しています。自然を活かしながら、自然に生かされて暮らす。それこそが本来の職人の姿だと思います」と小林さんは語った。

注文どおりの製品を安定的につくるのが大量生産時代の職人なら、小林さんが目指すのは、自然を相手に自らデザインできる職人。そんなクリエイティブな職人を、温泉津町でも育てようと考えている。

右から、メンバーの宇城さん、東京から来た若手職人の山口小春さん、隣の加古川市出身の宮之原康詞さん、代表の小林さん。

photographs by Hiroshi Takaoka 
text by Kentaro Matsui

記事は雑誌ソトコト2022年5月号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。あらかじめご了承ください。

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