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第20回日本レコード大賞で金賞ノミネート曲、亡き大橋純子「たそがれマイ・ラブ」は明治の文豪、森鷗外の小説『舞姫』から生まれた

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第20回日本レコード大賞で金賞ノミネート曲、亡き大橋純子「たそがれマイ・ラブ」は明治の文豪、森鷗外の小説『舞姫』から生まれた

 今年も多くの著名人が鬼籍に入られた。音楽界では「イエロー・マジック・オーケストラ」の高橋幸宏、坂本龍一、10月に入ってはシンガーソングライターの谷村新司、もんたよしのりと相次いだ。あとを追うように、もんたよしのりの訃報にコメントを寄せたばかりの大橋純子だったが、11月11日のニュースで帰らぬ人になったことを知った。(2日前の11月9日逝去)。昭和の音楽史に名を馳せた人たちの訃報は、輝いた星が消えていくようでなんとも寂しい限りだ。大橋の冥福を祈りながら、彼女が歌った「たそがれマイ・ラブ」がたまらなく聴きたくなった。

「たそがれマイ・ラブ」は、1978年8月5日にリリースされた10枚目のシングルである。作詞・阿久悠、作曲&編曲・筒美京平、昭和歌謡の黄金コンビによるものだ。もともとは、同年8月に放送されたTBS長編大作ドラマ「獅子のごとく」の主題歌として作られたものだった。ちょうど夏休みが終わるころで、両親と一緒に観た覚えがある。

  明治の文豪で軍医でもあった森鷗外のドイツ留学中の踊り子エリスとの恋愛や陸軍軍人で日露戦争の英雄、乃木希典との心の交流を描いたドラマだった。恋人のエリス役も含め約40人ものドイツ人俳優たちが出演。鷗外を演じた俳優・江守徹がドイツ人俳優と互角にやりあう会話力やスケールの大きさに圧倒された。やはり政府の命でベルリンに留学していた乃木希典を米倉斉加年が演じた。妻の静子に、「一緒に死んでくれないか……」という場面はしばらく忘れられなかった。感動冷めやらぬまま原作本『舞姫』を購入したが、短編ではあるが原文は読みづらく本棚に眠ってしまった。

 今改めてドラマの資料を見ると、当時のお金で制作費1億円、制作日数45日。東ドイツ政府の協力を得て、東西ドイツのロケを実現させた。脚本は佐々木守、今野勉による共同執筆で後にビデオ化もされた。江守徹、米倉斉加年をはじめ、丹波哲郎、緒形拳、泉谷しげる、十朱幸代、小山明子、岸本加世子、竹下景子らに加え、ナレーションは北村和夫という錚々たる出演陣だった。

 TBSは77年8月にテレビ史上初の3時間ドラマとして、明治の英傑、山本権兵衛の半生を軸にした「海は甦える」、78年3月には、伊藤博文とその妻・梅子を主人公にした「風が燃えた」、そして本作の「獅子のごとく」と放映、しかも日立グループの1社スポンサーだった。グループの名前が一覧に流れ、「この木なんの樹、気になる、気になる……」というCMソングは耳になじんでいった。ちなみに、作詞は伊藤アキラ、作曲は小林亜星だ。今では一社スポンサーではできないドラマだろう。

 さて本題にもどると、鷗外が初めて手掛けた自伝的小説『舞姫』のモデルというべきエリスの心情が推し量れるのが阿久悠が作詞した「たそがれマイ・ラブ」だ。

 今回は、井上靖の現代語訳『舞姫』を読みながらその世界に入った。
 ドイツに留学し、脇目もふらずに勉学に励んでいた鷗外が、父の葬儀代がないと路上で泣いていたエリスを助けたことから交際が始まった。エリートの鷗外は次代を担うことを期待されている人物。あの時代、二人が一緒になることはまず無理だろう。障害があればあるほど燃え上がるのが恋だろうが、鷗外が帰国するとエリスは狂乱に陥る。鷗外は上官や母親の薦めに従い結婚してしまう。男の狡さを責める人もいるだろうが、鷗外も十分に苦しんで傷ついていたのだろう。

 エリスは鷗外を追って日本に来たが、鷗外の縁者に説得され帰国するしかない。エリスにしてみれば恨み辛みも言いたくなるだろうが、阿久悠の詩は、エリスの悲しみや苦しみを美しい表現で的確に描いている。1番では夏、2番では冬という対照的な季節の風景を描き、2部構成で愛の破局を描いてしまう。その風景はエリスのいるベルリンだと思うと感慨深い。原題は、「ベルリン・マイ・ラブ」として書かれたそうだが、「たそがれマイ・ラブ」と改題されリリースされた。
 この悲恋物語を、今でも忘れられない一曲として、口ずさんでしまうのは、筒美京平による作曲&編曲の手腕も見逃せない。何か起こりそうな予感のするイントロも印象的だが、「大人の恋」の世界をサラリと甘く切ないメロディに仕立て、聴く者の心に響かせる。さらに、大橋純子の歌唱に聴き惚れているといつの間にか自分も悲劇のヒロインになっているのだ。エリスの心情でありながら、恋する女性の喜びと不安な気持ちは、どこの国でも、どの時代でも通じるものである。

 大橋は、小柄で華奢だったが歌声は力強く伸びる高音は日本人離れした歌唱力だった。北海道の夕張市出身で、短大生の頃から北海道大学の軽音楽クラブバンドに所属し、注目を集めていた。そして74年6月にデビュー。77年「大橋純子と美乃家セントラルステイション」として「シンプル・ラブ」をヒットさせ、78年「たそがれマイ・ラブ」は自身最大のヒット曲になった。その後、82年、来生えつこ作詞、来生たかお作曲の「シルエット・ロマンス」では、第24回日本レコード大賞の最優秀歌唱賞を受賞している。「ザ・ベストテン」などの歌番組で、小柄な大橋は隣の出演者たちを見上げ、大きな目を輝かせながら笑顔で会話をしていた姿が思い出される。
 翌週の16日には、葬儀・告別式が行われ、松崎しげる、渡辺真知子、松本明子ら多くの仲間たちの悲嘆にくれる姿をみると、大橋の人柄が偲ばれる。ここ何年かはもう一度ステージに立つことを目指し、つらい闘病生活を送っていた。いまは空の上で思いっきり歌っていると思いたい。

 気になるのは、エリスのその後だ。ドイツ在住のノンフィクション作家、六草いちかの著書『それからのエリス─いま明らかになる鷗外「舞姫」の面影』によると、最初の妻・登志子と1年で離縁した鷗外は12年近く独身で、エリスとは長い間文通を続けていたようだ。エリスはベルリンに帰ったあとも独身を貫き、鷗外が再婚してから3年後に実業家と結婚し80余年の生涯を閉じた。二人は納得してそれぞれの人生を全うしたのだ。

 エリスと大橋純子。二人の女性の人生に思いを馳せた「たそがれマイ・ラブ」だった。

文=黒澤百々子 イラスト=山﨑杉夫

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