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東大卒で外資系金融に17年勤めた田内学さんが、41歳で作家になった理由

はたわらワイド

読者が選ぶビジネス書グランプリ2024でグランプリを取得した『きみのお金は誰のため』(東洋経済新報社)の著者・田内学さん。ゴールドマン・サックス証券株式会社ではたらいたのち、作家にジョブチェンジした異例の経歴の持ち主です。

投資中心のお金教育に課題を感じ「お金を増やすのではなく、お金をどこに流してどんな社会をつくるか」を考えてベストセラーを出した田内さんに、これまでのキャリアとともに、会社での経験を生かして自己実現するはたらき方を伺いました。

ゴールドマン・サックスを41歳で辞めた理由

―ゴールドマン・サックスに入社した経緯は?

東大生時代に出場したプログラミングの大会がきっかけです。大学1年生で数学の思考力を使えるプログラミングに興味を持って大会に出たいと思ったんですが「プログラミングが得意な情報科学科の生徒じゃないと、出場者に選ばれないよ」と言われました。それが悔しくて負けず嫌い精神に火がつき、プログラミングを本気で勉強したんです。おかげで東大の予選大会で1位になって大会に出場でき、アジア大会でも6位になりました。しかしながら、世界大会には出場できなかったことが悔しく、いつか世界で戦いたいと思いました。

大学院を卒業するタイミングで、お世話になっている先輩から「数学が得意なら、外資系金融会社のトレーダーが向いていると思うよ。数学の知識を債券取引市場に生かして、世界で戦ってみたらどうだ」と言われて、ゴールドマン・サックスのトレーダーを紹介してもらいました。その方から出された数学の問題に次々に解答したら、「見込みがある」と面接の機会を設けてくれたんです(笑)入社面接でも数学の難問を口頭で出され、必死で解いて入社しました。

―ゴールドマン・サックスに入社してから、どんな仕事をしましたか?

計算しながら新しい金融商品を開発したり、取引したりするのがぼくの仕事でした。「20年後のドル円をいくらで売るのか」といった商品の価格を、担保に応じて決定するなど、複雑な計算をする必要がありました。朝8時から夜7時までモニター画面を睨み、それ以外の時間も金融市場にアンテナを張り続ける生活を24歳から41歳まで続けましたね。

―41歳で、なぜゴールドマン・サックスを辞めることにしたのでしょうか。

金融市場を見て、世の中で起きていることについて考えるうちに疑問が増えていったんです。たとえばニュースでギリシャの財政破綻が取り上げられたとき、テレビの中の経済学者が「借金が多い日本も、このままだと数年で破綻します」とコメントしていたんです。金融市場を見ているとギリシャと日本では状況が違うことは明白なのですが、どうも理解が違う。不思議に思ってその経済学者に連絡して直接話したんですが、間違いを認めようとしませんでしたね。そのときの議論で驚いたのが、その学者の方は、誰が働いているかということを考えていなかったことです。

お金に価値があるのは、それを受け取って働く人がいるからです。これは年金問題に関しても言えます。今の日本では、老後に向けて国をあげてお金を増やそうとしていますが、お金を受け取って働いてくれる人が減れば、社会を支えることはできません。それなのに、財源がないという理由で中途半端な少子化対策しかできないことに、強い違和感を覚えていました。

4年前に、仕事に疲れて数カ月休職していたときがありました。見かねた同期から「やりたいことはないの?」と聞かれて、「お金と経済に関する本を書けたらいいな」と伝えたところ、コルクの佐渡島さんを紹介してもらいました。

佐渡島さんは『ドラゴン桜』や『宇宙兄弟』などの漫画や、平野啓一郎さんの小説などを編集している人です。初対面のとき、話す時間が30分しかなかったので、お金に関する違和感をまとめて話したら「言葉が難しくてよく分からないけど、ちゃんと言語化できたらおもしろい本になると思います。田内さんの考えが正しければ、安倍首相にも届きますよ」と言われたのです。突拍子もない話でしたが、面白い挑戦だと思いました。本気で本を書くために退社しました。

1冊目が5万部、2冊目が15万部超えのベストセラーに

―大きな可能性を秘めたアドバイスですね。それからどのように本を執筆していきましたか?

佐渡島さんに「もっと具体的に物事を説明したほうがいいです。具体的に説明するのが得意なのは漫画家だから、ドラゴン桜の編集会議に参加したらどうですか?」と提案され、作家の三田先生との編集会議に毎回参加させてもらいました。

ただ、会議に同席するだけだと佐渡島さんに本の相談をする時間はありません。どうにか時間をつくれないかと思案して、三田先生のオフィスまでタクシーで移動していた佐渡島さんを自分の車で送迎することで毎週片道30分、往復1時間の相談時間を設けました。

相談しながら骨子を固めていくうちに、佐渡島さんから「noteで連載してみましょう。それである程度書き溜めたら電子書籍にしましょう」と提案され、noteでの連載を始めましした。思いのほか早く「これならもう本にできそうです」とダイヤモンド社の編集さんを紹介され、昨年2023年4月に初著書『お金のむこうに人がいる』(ダイヤモンド社)を出版しました。クイズ形式を交えながら、経済問題をわかりやすく解説した本です。

―反響はいかがでしたか?

5万部が売れ、ベストセラーになりました。驚いたのは佐渡島さんの“予言”が的中したことです。すでに首相を辞されていましたが、安倍さんの主催する自民党内の政策検討会に招かれ、講師としてお話しすることができました。

ただ、政治家が正しいと思っても国民が受け入れられなければ政策に反映できないんです。5万部は本としては上々の売り上げですが、一部の意識が高い人が読むだけで社会は変えられません。社会を変えるには、もっと多くの人に「お金よりも人が大事」と伝えないといけない。そのために「100万部を目指したい」と思って書いたのが、2冊目の『きみのお金は誰のため』(東洋経済新報社)です。

―多くの人に読んでもらうため、どんな工夫をしましたか?

小説形式にして「本屋で立ち読みを続けさせるためにはどうするか」を意識しました。多くの人は、本屋で本を手に取ったときに読むべき理由より読まなくていい理由を探しています。本を読むには時間とお金がかかるから、ハズレの本は読みたくないと思いますからね。

「大体分かった」「難しそう」「文章がうまくない」などと思ったら、本をもとの場所に戻してしまう。そうならないために、続きが気になり続けるストーリー展開と分かりやすい文章を心掛けました。

―書き上げた原稿を一から書き直したこともあったそうですね。

はじめは、東洋経済新報社の編集者と相談しながらつくっていました。そして、原稿が出来上がって、ゲラになる直前の段階で佐渡島さんにも見せたんです。「別にこのままでもいいけど、もう一回書き直したら、もって上手く書けますよ」というアドバイスに一瞬ためらったんですが、言っていることは間違っていない。「じゃあ、書き直します」と返事して、編集者には発売予定を半年ほど延期してもらいました。

冒頭で世界観を丁寧に描いたり、各話に印象的なシーンを8つ入れたりと、細かい部分もたくさん書き直した甲斐あって、発売3カ月で15万部を突破し、『ビジネス書グランプリ2024』でもグランプリを取得できました。ふつうなら満足すべき結果なのでしょうが、まだまだ目標の100万部には及ばないので、もっと多くの人に読んでもらえるように発信していきます。

お金を追うはたらき方は孤独になる

―人気企業に入っても慢心せず、自分のはたらき方を見つめ直せた理由は?

入社した頃は慢心していたかもしれません。与えられた仕事を要領よくこなしておけば会社が自分を支えてくれるという意識で働いていました。しかし、入社して5年経った2008年、リーマンショックが起きました。会社の中はリストラの嵐。僕は運良く会社に残りましたが、そのときに、自分と会社の関係について考えることができました。「会社が社員を支えてくれるのではなく、自分たち社員が会社を支えているんだ。会社という箱を通して、世の中に役立つものを提供しているからお金がもらえているんだ」という当たり前のことにようやく気づいたんです。

―理想のはたらき方や望むキャリアを手にするためには、何を意識したらいいでしょうか?

きれいごとに聞こえるかも知れませんが、「社会のために働く」ということを意識することだと思います。自分のことだけを考えて、好きなことをやりたい、良い会社に入りたい、たくさん稼ぎたいと思っても協力してくれる人はほとんど現れません。就職活動もそうですよね。僕自身も孤独な戦いを強いられた思い出があります。ところが、社会をより良くするために本を書きたいと思うようになってからは、佐渡島さんをはじめ多くの人がサポートしてくれるようになりました。誰かのためにはたらいてこそ味方が増え、はたらく意義も感じられます。

これからはどんな活動をしていきたいですか?

世の中の人、特にこれから社会に出ていく若い人が、お金と自分と社会の関係を知り、他者の協力を得られるようにしていきたいです。お金だけを求めても、その先にあるのは殺伐とした競争だけ。きちんと役に立ってお金の先にいる人とつながることで、初めてキャリアの可能性が広がります。価値あるはたらき方を一人ひとりが見つけられるように、これからも活動を続けていきたいです。

(文・秋カヲリ)

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