【NIIKEI文学賞掲載】ショートショート佳作賞受賞作 「魚沼の娘」酒井生
米なんてどれも同じだと思ってた。
特売でいちばん割安なブレンド米の十キロ袋を何か月もかけてちまちまちまちまだんだん味が落ちていくことにすら気づいてなかった僕の人生は、千穂の土産で急転回を遂げたのである。
残暑の階段教室で配られるものは平たい紙箱やがさがさ音のする大袋から取りだされる手のひらサイズの小袋が定番だったが、千穂の土産はひと味もふた味も違った。彼女は広げた教科書の上に二キロの袋をずしんと置いて、たくましい白い腕で額の汗を拭いながら、「おみやげ」
僕は教科書とバインダーとノートパソコンまでをすべてロッカーに移して米袋をリュックに詰めた。
一口コンロの台所の床に蹲る開けたばかりの十キロ袋、隣に並べたら子供のおやつのようなかわいい袋を先に片づけてしまおうと、僕はその日の炊飯器に新しいほうの米を入れた。翌日もその翌日も新しいほうの米を炊いた。
もっちり白くてほの甘く、いい匂いの熱い湯気を立てる米、冷めても旨い米、どんなオカズにでも合う米、オカズがなくてもじゅうぶん旨い米が僕の食生活の中心となり僕はなにがなんでも家でごはんを食べるようになった、出来合いの弁当なんか買う気にならなかった、自炊の腕はめきめき上がり誰かと外で呑むくらいならうちに招ぶ。
とりわけ千穂とはオカズと米のバーターがお約束となり、やがて彼女はほとんど俺の部屋で晩飯を食うようになった。もっちり白くて甘くていい匂いの、ずっしり温かい、もはや僕の生活になくてはならない存在。
「え、うちで作ってるんだよ」と聞いたのはどのくらい時が過ぎてのことだったか。
「来てよ。そこまで気に入ってくれた君に見せたい」
青空のもと見渡す限りの水田に囲まれた日の夜、僕は大きな食卓で熱い視線に包囲された。立ち込める甘やかな匂いは慣れ親しんだもの、もっちりと白くたくましい腕を僕の腰に回し千穂は臆面もなく晴れやかに、「胃袋、掴んだがあ」と笑う。
(了)