冬アニメ『TRIGUN STARGAZE』内藤泰弘先生インタビュー|「当時必死に描いたものを新たな物語として広げ観せてもらえるというのは、非常に幸運なこと。こんな経験をする漫画家は、そう多くないのではと思います」
シリーズ完結編となる『TRIGUN STARGAZE(トライガン スターゲイズ)』がついに幕を開けた。第1話で描かれたのは、<ロスト・ジュライ>から2年半後の世界。ヴァッシュはホッパードに保護され、“エリクス”と名前を変えて暮らしていた。自ら時を止めてしまったかのような日常だったが、その止まっていた時計の針がジェシカの登場によって動き出した第1話。その再始動を原作者・内藤泰弘先生はどのように見ているのか。
アニメイトタイムズでは『TRIGUN STARGAZE』のインタビューを随時公開中。今回は原作者・内藤泰弘先生が登場。自身が描いた『トライガン』が再び別の形で返される経験に驚きや感慨を語ってくれた。
【写真】『TRIGUN STARGAZE』胸が苦しくなる幕開けを原作・内藤泰弘はどう見たか【インタビュー】
佐藤監督が静かに戦ってくれています。
──『TRIGUN STAMPEDE』(以下『STAMPEDE』)の国内外からの反響について、内藤先生はどのように受け止めていましたか?
内藤泰弘先生(以下、内藤):作品としてすさまじいものが、どん!!と世の中に叩きつけられたな、という感覚がありました。僕自身、皆さんと一緒に「受け手」の視点からそんなふうに感じていました。監督、プロデューサー達が作り終えた直後に倒れるくらいに戦っていて。完成した映像表現も並々ならぬもので、僕の『トライガン』という作品に対して「ここまで全身全霊を注いでくれるんだ」と……申し訳なさにも近い感動というか。畏怖を感じましたね。他人の作品に、あれほどの力を注げるものなんですかね。普通はできないんじゃないかな。
──武藤健司監督、オレンジの和氣澄賢プロデューサー、東宝の武井克弘プロデューサーそして松岡禎丞さんを始めとした声優の皆さんも、本当に命を削るように取り組まれていた印象があります。
内藤:ええ、ちょっとおかしいくらい(笑)。「いのちだいじに!」と思うんですけど。
──でもそれこそ内藤先生への畏怖、畏敬の念があるからこそ、命がけで挑まれたんだと思います。
内藤:そう……なんですね。畏怖か……。僕自身はフレンドリーに関わっているつもりでしたが、最初から『トライガン』という作品を重大事で捉えていただいている感じはしておりました。東宝の武井(克弘)プロデューサーもそうですし。コンセプトアート・キャラクター原案の田島(光二)さん……お名前を挙げたらキリがありませんが、錚々たる方たちに膨大なクリエイティブを依頼している段階で「こんな大事にするかね」と驚きました。そういうドキドキは最初からあって、それが最後には一つの塊となって皆さんの前に出てきたという、そんな印象の『STAMPEDE』でした。
──執筆当時はこのような形で『トライガン』に再び光が当たる未来というのは……。
内藤:1ミリも考えてないです(笑)。『血界戦線』の第2期(『血界戦線 & BEYOND』)上映会を六本木でやった時、休憩時間に呼ばれて最初の話を聞いたのですが、そもそも『血界戦線』の第2期の段階で「俺の人生、こんな大きいことはもう起こんないだろう」と思っていたんです。言うたらエンドロールを見ていたんですね。そしたら、エンドロールがふっと終わって、暗い部屋に戻ったら闇の中に黒い革コートの眼帯の黒人が立っていて「S.H.I.E.L.D.に入らないか」と声をかけてきました(笑)。「内藤泰弘の漫画はまた帰ってくる」みたいな、そういう演出が仕掛けられたような(笑)。「まだあるんかい!」と震えるほどの、ボーナストラックでしたね。。しかもできあがったのが、あの作品。もうなにが起きているんだろう。こんな経験をする漫画家は、そう多くないと思います。
──そして、そこから『TRIGUN STARGAZE』(『STARGAZE』)へ。おそらく早い段階で計画はあったとは思うのですが、いざ制作が決まったときはどんなお気持ちでしたか?
内藤:お気持ちと言うか、そのままずーっと作っている感じです。 ノウハウもかなり溜まっているから前より早く出来上がるのかなと思っていたら、オレンジさんは「『STAMPEDE』より大変です」と話されていて。「そんなことあるんですか?」と聞き返しましたよ(笑)。。つまりずっと規格外の挑戦をし続けているということですね。
また、今回からは『STARGAZE』は監督をはじめスタッフが変わって。『STAMPEDE』の爆発をどう受け継ぎ、『トライガン』をラストまでどう連れていくかをテーマに佐藤(雅子)監督が静かに戦ってくれています。手触りは柔らかいのですが、佐藤監督の信念というか、スタイルというか……そういうものがしっかり込められたフィルムになっていると感じます。
──佐藤監督の演出スタイルについて、どのように感じられているのでしょうか?
内藤:そうですね……まず、女性キャラのメリル、ミリィに対する目線が、武藤監督とは少し違って見えます。「女性だから」という言い方は僕もあまり好きではないんですが、どこか“ならでは”の空気感というか。武藤監督の場合は物凄く極端な話ある意味、ナイヴスしかみていなかった(笑)と思うんですよ。佐藤監督は、より包括的に作品全体を包み込みながら、バランスを見て積み上げている印象です。すべてを背負いながら雪崩込んでいくために、俯瞰しながらまとめていくような……。
──今お名前の挙がったメリル、ミリィは、今作での活躍がとても楽しみなふたりです。
内藤:バッチリだと思います。なにもブレていないし、ドンピシャな描き方をしてくれています。声優さんの演技もアクションもキャラクター造形も、本質を外さずしっかりと味が出ていると感じます。
──2人は保険屋から新聞記者となっています。今回のシリーズでは原作から職業や関係性が変わったキャラクターもいますが、先生はどのように受け止められていたのでしょうか。
内藤:僕が描いた「保険屋」という設定がどこまでクリティカルだったかと言うと、実は必ずしもそうではなかったと思うんですよね。先ほどの別インタビューで「ウルフウッドが聖職者という設定はあとからついてきたのですか」と聞かれて、「そうですね」と答えたら、ちょっとショックを受けられていました(笑)。ヴァッシュという“災害”に対し、保険屋がついてくるという構造が面白かった程度で。つまり、彼についてこれる理由があれば職業云々より、その人となりのコンビネーションのほうが大事だなと思っていました。
──ヴァッシュはすぐにひとりになろうとする、という話がキャストインタビューでもお話に挙がっていたのですが、今回のキャッチコピーのひとつに「もう、ひとりじゃない。」というコピーがあって。
内藤:あれは佐藤監督の姿勢が込められてると思いますね。「傍らに立つみんなも描いていくぞ」っていう。厭世的になりがちなヴァッシュを抱きしめていこうという気持ちを感じます。
──本人は「殺したくない」と言い続けているのに。
内藤:ああいう世界観ですからね。荒事に巻き込まれてしまうんです。そこも含めて、ヴァッシュらしさというか。ただ、アニメのヴァッシュは本当に大変ですからね。悩み度がでかいというか……。漫画のヴァッシュは意外とスパーン!と、お調子者と苦悩の両極の表情を切り替えて描くことが多かったのですが、それは漫画だからギリOKだったのかなと。時間軸があり流れのある映像作品で同じ事をすると、人格の振れ幅が大きすぎて、別人に見えてしまう可能性もありそうです。そのあたりで、皆さん苦労されるかもしれないな、とは感じています。
「生きて、苦しめ。」
──今回、もうひとつのキャッチコピーとして「生きて、苦しめ。」というあるキャラクターのセリフが使われていますがそれはどう感じられましたか。
内藤:今回のリブート企画って、「僕が描いた『トライガン』という漫画」や「マッドハウス版のアニメ『TRIGUN』」を、新しい世代のスタッフがどこを見て、どう受け止めたのか。その“リフレクション”だと思っていまして。だから「ああ、なるほどたしかにそういう面もあるよな」と思う一方で、「そこを真ん中にドンっと持ってくるんだ!」という驚きも大きいですね。1話と2話だけでも、ものすごくいろんな感情が入り込んでいると思います。
──本当に、1・2話は見ているだけで胸が苦しくなるような……。
内藤:ですよね。でもその一方で痛快さもあったり、とぼけた部分もあったりと、いろんな感情が詰め込まれている。「『トライガン』って、こんなにいろいろ入ってたんだな」と、むしろ僕のほうが「そうか」と思わされました。つまり、「俺はこういう漫画を描いていたということなのか」と。そんな感覚です。
──それはやはり、漫画を描いていた時とはまた違う感覚なんでしょうか。
内藤:違いますね。漫画はとにかく必死で、やったこともあまり覚えていないくらいの勢いで進んでいましたから。その結果として生まれたものを、こうやってまた広げてもらって観せてもらえるというのは、非常に幸運なことだと思います。
──先ほど「漫画だとなんとかなる」というお話もありましたが、それは、読者に“行間を読ませる”、つまり余白を渡す部分があるからこそ、という感じなのでしょうか。
内藤:ちょっとまだ自分でも分析しきれてはいないんですけど……。漫画を「読む」という行為は半分は読者からの持ち出しで成立していると思うんです。送り手と受け手の丁度真ん中に作品があって、描くまでは僕の仕事ですが、それを手にとって読むのは読者の世界で。その共同作業で漫画体験は完成すると思っています。僕の中で確信に近いのは「スピード」に関してです。次のコマへ進むスピード、解釈していくスピードを、読者は“自分が一番気持ちいいスピード”で読んでくれていると思うんですね。だから、ギャグ漫画がアニメ化された時に「テンポが遅いな」と感じるのは、その“自分の読書体験の気持ちいいスピード”と合っていないからじゃないか、と。それと近いことが、感情や解釈の面でも起きているんだと思います。アニメや映像作品では、音・演技・動き……全部のスピードを決め込まなきゃいけない。そこが難しいところなんじゃないか、と僕は思いますね。
苦しみや悲しみの重さが突き抜けている
──1月から放送が開始しましたが、改めてご覧になった感想をうかがえればと思います。
内藤:1話と2話で1セットなんですよね。ここではホッパード・ザ・ガントレットというキャラクターが登場します。漫画よりも不幸の強靭さが半端なくて。「こんなに歪んでしまうほどの悲しみだったのか……」とグッと来ましたね。
──特にホッパードは、前半における欠かせないキャラクターとなります。内藤先生のなかでホッパードはどのようなキャラクターと捉えていましたか?
内藤:原作では、描いたとおりの存在以上には考えていませんでした。ひどい差別を受け続ける中、唯一の光も奪われてしまった被害者。それに対する恨みが全ての原動力となる非常に悲しい人物として描いていました。ですが『STARGAZE』1話・2話では、その苦しみや悲しみの重さが更に突き抜けていますね。
──原作で流れを知っている人でもあらためて本作のホッパードの背景を知ると、感情移入してしまう方も多いのではないかと感じます。
内藤:そうでしょうね、そう思います。“リブート”という名のもとに、原作をないがしろにしているわけではないけれど、まったく同じではない。原作を読んでいても油断して見られないところをキープしながら進んでいる、という印象です。
──『STARGAZE』では、このキャラクターのこういうところに注目してほしい、という点はありますか?
内藤:僕が見ている範囲で「すごい」と感じたのは、チョーさんが演じる(レオノフ・ザ・)パペットマスターです。あれは大変なことになりましたね。狂人でありながら、なおかつポップなんですよね。『TRIGUN』の場合はいわゆるプレスコと言いますか。演技が先にあった上で、ギリギリまでアニメーターさんが粘って手を入れてくださる。その結果、演技にモーションが引っ張られていくような現象が起きています。これは3DCGの面白さだなと思います。
──たしかに。技術は発展している世の中ですが、人同士の感性のすり合わせがあるからこそ、さらにすごいものになっていくというか。
内藤:そう、ギリギリのところになると、人間の“さじ加減”が物をいうといいますか。全編にそれが出ていると思います。ぜひ楽しみにしていてください。
──今後の見どころはいかがでしょうか。
内藤:なんだろうな……毎回、すごいことをやっています。数年前にラフ段階の映像を見せてもらったものが、今ようやく完成するくらいの、手の込んだカットが毎話入っています。もうずっと見応えしかないと思います。
──ナイヴスとの決着もいよいよ……。
内藤:ええ。そこは避けて通れません。その方向に向かって進んでいます。
──最後に『トライガン』がここまで愛され続ける理由について、内藤先生のお考えを聞かせていただければと思います。
内藤:僕は、そういう分析がまったくできないタイプなので、正直、よくわからないんですよね。むしろ、もらいすぎていると思っています。ただ必死に描いていただけで……それ自体は、漫画家としてやりきったし、やりきるべきことだったとは思います。でも、まさかここまで、いろいろな場所へ連れていってくれて、こんな先の景色まで見せてくれる作品になるとは、当時は想像もしていませんでした。それは本当に幸運だったと思っています。だから、「なぜ愛されているのか」と聞かれても、正直わからないんです。ただ、ひたすらラッキーだったな、と。僕自身、あらためて自分の豪運を感じますし、同時に、どこか恐れ多くも感じています。
『TRIGUN』は、そんなふうに思わせてくれる、特別な作品ですね。
[文・逆井マリ]