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小川絵梨子×亀田佳明 風姿花伝プロデュースvol.8『ダウト〜疑いについての寓話』を語る〜世の中わからないことばかり。それに自分はどう向き合うのか、という戯曲

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演出の小川絵梨子(左)とフリン神父役の亀田佳明

濃密なセリフのやりとりを重ねた緊張感ある翻訳劇で揺るぎない評価を得ている風姿花伝プロデュース。2021年は、ジョン・パトリック・シャンリィの『ダウト〜疑いについての寓話』に挑む(シアター風姿花伝にて2021年12月19日まで上演中)。本作はメリル・ストリープとフィリップ・シーモア・ホフマン主演の映画が有名。しかし、演劇も2004年秋に初演、ブロードウェイのウォルター・カー劇場に場所を移してロングランされ、2005年のトニー賞最優秀作品賞とピュリッツァー賞を受賞している名作だ。1964年のN・Yブロンクスにあるミッション・スクールを舞台に、厳格な校長シスター・アロイシスが、思慮深いフリン神父と学校初の黒人男子生徒との間に抱いた「疑い」について、真相を糾明しようとするが――。翻訳も手がける演出の小川絵梨子、フリン神父役の亀田佳明に対談をお願いした(なお、この取材にはシアター風姿花伝 支配人/風姿花伝プロデュース代表で、本作にも出演中の那須佐代子も同席してくれた)。

■役者が低温調理されているような小川演出

――亀田さんは風姿花伝プロデュースはご覧になっていらっしゃいますか?

亀田 何本か拝見しています。密度の高いセリフ劇、言葉の強いお芝居をやっていらっしゃるという印象です。言葉のやりとりの緻密さ、強さというものが企画の芯として一本通っていて、集中力や緊張感が強い求心力を生んでいるところがすごいですよね。いつか出られたらいいなと思っていたので、お声がけいただいたときはすごくうれしかったです。出たいと思っている役者さんはたくさんいらっしゃるでしょうに。

亀田佳明

小川 いるでしょうね。

那須 本当にありがたいことです。

――小川さんは亀田さんとこれまでご一緒されているんですか?

亀田 『ダウト』が3本目ですよね。

小川絵梨子

小川 『マリアの首-幻に長崎を想う曲-』(2017)で出会わせていただいて、『タージマハルの衛兵』(2019)、そして今回。キャステイングなどは那須さんと相談しながら決めるんですけど、風姿花伝プロデュースは、いつもキャスティングが抜群に素晴らしいと思っています。亀田さんはもう完璧すぎて、私、どうしていいかわからない。全幅の信頼を置いているし、尊敬している役者さん。それを抜きに考えても役にすごく似合っていて、決まったときは喜びがありました。

那須 皆さんのおかげです、うれしいです。

――小川さんは亀田さんに対する信頼を口にされましたが、亀田さんは?

亀田 それはもう完全にお腹を見せてひっくり返れます!

小川 ははは! ありがとうございます。

亀田 2回しかご一緒してないんですけど、本当に僕の中に俳優として大事にできる言葉をいっぱいもらえたんです。小川さんは意識しておっしゃっていることじゃないんだろうけど。本当に感謝しています。

小川 うれしいですね。それはまったく私も同じです。私も亀田さんはじめ、いろいろな出会いによって生かされている、本当に感謝しかありません。

亀田 絵梨子さんの現場はじんわりじんわり進めてもらえるので、僕はすごく安心なんですよ。低温調理されている感じ(笑)。最初は低めの温泉に入って、次は38度、じゃあ40度というふうに。だから足が地から離れることもないし、ゆっくり内容が浸透してくるんですよね。

■内省的なものを感じさせてくれるところが現代的な戯曲

――小川さん、『ダウト』を選んだのは、どこかビビッときたところがあるんですか?

小川 私は(風姿花伝プロデュース常連の)上村聡史さんのように戯曲を見つけてくるタイプではなくて、むしろ甘えて委ねてしまうんですよ。『ダウト』は前に演出しているんです。劇団四季出身の方々が結成したArtist Company『響人(ひびきびと)』という劇団で。とても好きな戯曲なので、今回も携われるのがうれしいです。

――2008年には亀田さんが所属されている文学座で日本初演されているんですよね。

小川 そうなんだ!

亀田 サスペンスタッチで緊張感があり、面白い本だと思ったのを覚えています。

――亀田さんは、フリン神父役です。生徒との関係への疑いから追い詰められていく役です。

亀田 現段階と、しばらく稽古を積んだ後では全然違う感想になっているかもしれないですけど、今はフリンさんに寄り添って理解してあげる人がいなくて、かわいそうだなと。僕自身が大丈夫だよって言ってあげたくなる(笑)。人間ってある一面だけを見てしまうと一色だけに見えてしまうんですけど、どうやら探っていくとフリン神父が抱える苦しみがあるように思うんです。それは演じるときに打ち出していくことではないんですけど、人の心の根っこの部分はどうしても可視化できないから、その苦しみを大事にして演じたいとすごく思いますね。

亀田佳明

――小川さんがこの作品を好きだというは、どんなところですか。

小川 この作品は、善悪、やったやらないの話ではないんです。幕切れもどうとでも解釈できる。私自身がうじうじ考えてしまうタイプで、断言したり、強く確信を持つことが苦手な人間なだけに、大変なこともあるけれど、こういう生き方をしてもいいのかもしれないという気づきをもらえた戯曲でした。最終的には自分との戦いなんだと。善悪だけを考えてしまう自分は何なのか、それでいいのか、すごく内省的なものを感じさせてくれるところが現代的で好きですね。もちろん同時にそれだけではダメだろう、演出する上では確信を持つことも考えなければとは思っているんですけど。現代には一義的には語れないことがすごくたくさんある。その複雑さを抱えて生きていく大変さと、でもそうしないと生きていかれないという思いを感じます。それが理屈っぽくなく描かれている。ある種、厳しくもあり、温かさもある戯曲ですよね。

――ストレートプレイでロングランされた名作です。この作品が新たなレンズとして見せてくれるものが楽しみです。

小川 日本でやるのとアメリカでやるのとではかなり意味合いが違ってくると思います。亀田さんが読んでくれたときに、私はまさしくこの話がしたいんだと思ったのは、『どんなに強い確信を得ていようと、それは感情であって真実ではない』というセリフがあるんです。アメリカは宗教や正義という信条を非常に大事にする文化。逆に日本の私たちは自分にはわかり得ないものがたくさんある、わかったふうではいけない、という文化じゃないですか。アメリカはこうと決めたら突き進む国なので、疑いを抱えて生きなさいとなるんですよね。だから戯曲の意味合いが違ってくると思う。それでも自分でわかったふりをしない、わからないということをちゃんと抱えながら生きていくというようなメッセージにつながっていくと感じています。

小川絵梨子

亀田 僕は映画から入ったんですけど、戯曲を読んだときの印象とけっこう違っていて、戯曲の方が人間関係が複雑に感じました。あるいは人間と人間が拮抗している緊張感が強いと言うか。そこに引っ張られて一気に読んだんです。そして結論がわからない幕切れ。でもこの作品の重要なポイントは善悪をはっきりさせることではなく、もっと深いところに何かがあると思っています。絵梨子さんの翻訳力の素晴らしさもあるんですけど、人間と人間の距離感、緊張感みたいなものが、わずかでも踏み外したら崩れてしまう、そんな微妙なバランスで保たれているんですよ。

――小川さんは以前にも演出されているとのことですが、もちろんメンバーも時代も違うので芝居が変わるでしょうが、どんなところに重きを置いていますか?

小川 前回はシスター・アロイシスの視点でしか読めていなかったんです。個人的にはアロイシスの葛藤や苦しさ、悲しさに寄り添う部分が強かった。でも今回は、グレーであること、言葉では説明できないこと、それぞれの立場によっていろんな思いがあって一つには決められないんだよということを、はっきり言える。年齢や経験を重ねたからこそ変わったのでしょう。今はそれもわかる、でもこっちもわかる、それぞれの立場や事情があるんだよというふうに考えられるようになりました。みんなサボろうとか、悪い人になろうとか思っているわけでもない。だからこそ断罪したり糾弾しているだけではどうしても伝えられないものがあるよ、丁寧にゆっくり説明を聞きましょう、みたいな部分を自分の中に持てているんです。そうした視点で『ダウト』を見たときに、前はアロイシス中心の三角形しか見えなかったけれど、子どもたちを中心にしたもう一つの三角形が見えてきました。だから全然違った作品になると思います。

■フリン神父に対する疑いのことなど忘れてしまうようなエンディングを目指す

――ジョン・パトリック・シャンリィの作品は、現代的な男女の話が多いのかなと思っていたら、ちょっと違う作品もあるんですね。

小川 日本でも知られている『お月さまへようこそ』『マンハッタンの女たち』がいわゆるリアリズムで描かれているのに対し、『ダウト』は寓話の体裁を取っているところが大きなポイントだと思います。いずれにしても彼はちゃんとエンタテインメントとしても成立させられる作家だと感じます。『ダウト』は、映画版も作家自身が監督していますが、彼がキリスト教の学校にいたとき、相当に厳しいシスターがいたんじゃないですか。私の勝手な想像だけど(笑)。寓話の体裁を使うことで、皆さんのことじゃないと言っている、その部分が映画では顕著に出ていたんだと思う。でもブロードウェイでは全然違って、大爆笑の連続なんですよ。

――へえ、意外な気がします。でもシスター役の那須さんのコメディエンヌぶりも楽しみですね!

那須 やだ、プレッシャーかかるようなことは言わないでください!

一同 笑い

小川絵梨子

小川 シャンリィは本当に書かなければならないことを書いているけれど、同時に全員のことを好きになれるように魅力的に表現している。誰かが悪いとは思えないし、最後もフリン神父に対する疑いのことなど忘れちゃうんですよ。やったのかやっていないのかがお客様の印象に残るようだと私の演出の失敗です。そこの“ダウト”ではないんですね。

――このコロナ禍。演劇がやりづらい時期があったことで、意見が合わない人を排除したりなどとか、そうした寛容さの問題も作品とリンクしてくるところもありそうですね。

小川 あると思いますよ。正しいか正しくないかだけでは絶対に計れないこと見えてこないことはいっぱいある。もちろんそれが必要なときもありますけど。この戯曲は「はい、そうです」「じゃああなたご自身はどう捉えましたか」という関係性がしっかり成立している。実は世の中、わからないことばかりじゃないですか。それに対して自分はどう向き合うのか、どう抱えていくのかという話だから、結論がわざとわからない仕掛けになっている。

亀田 僕は人間のことを本当に鋭く描いているような気がしています、しかも温かみを持って。一人ひとりに対して、いろいろな社会の事情から問題が起こっても問題は問題として、今われわれが生きていることと、ここで書かれている人と関わること、人を傷つけるけれども自分も傷ついちゃっていることとか、日常の人間の在りようにすごくつながると思います。みんな人間として生きているわけだから。その人間の苦しみが、この作品では、本当に前後左右どこにも行けない、ここに立っていることしかできないみたいな状況が感じられたりする。直接的な事象がつながるとかではなくて、すごく“人間”を感じられる作品になる気がします。

亀田佳明

取材・文:いまいこういち

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