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「コム デ ギャルソン」とウクライナ侵攻をめぐって

SEVENTIE

「飢えて死ぬアフリカの子供を前にして『文学』は無力である」と書いたのは実存主義の作家ジャン=ポール・サルトル(1905~1980)である。1964年のことで、たぶんその後15年ほどはかなりインパクトのあった言葉で文化人・学生の政治参加が盛んになった。もうこんなことを書いても、ピンと来ない人が多いかもしれない。今回3月8日に南青山の本社でプレゼンテーションが行われた「コム デ ギャルソン2022-23秋冬」の映像を3月23日の展示会で見て久しぶりにこのサルトルの言葉を思い出した。

2月24日にウクライナにロシア軍が侵攻してある意味で世界は、その前日までと様相を一変させてしまった。そのウクライナ侵攻の4日後2月28日から3月8日まで、ファッションの都パリでは2022年秋冬ウィメンズのファッションウィーク(通称パリコレ)が開催されたのだ。

コロナ禍がピークを過ぎて、「パンデミック」に代わり「エンデミック」という言葉が欧米では使われるようになり、普通のインフルエンザ並みの対応への移行が進んでいる。それを反映して、デジタル映像配信からリアル(フィジカル)ショーへ復帰するブランドも増えるなど、パリコレはかなり勢いを取り戻すはずだった。

しかし、2月24日のロシア軍のウクライナ侵攻で事態は一変した。当然「良識派」なら、砲撃で逃げ惑うウクライナ人の映像を見て「この人たちを前にしてファッションショーをしたり、見たりしている我々って、一体何だろう?」と一瞬でも思わずにはいられなかったはずである。しかし、もうショーの準備はできているのだ。そのまま準備したコレクションを発表するデザイナーがほとんどだった。

中には、フィナーレの曲をジョン・レノンの反戦歌「Give me a chance」に替えた「ステラ マッカートニー」や、冒頭にウクライナの詩人の詩を朗読した「バレンシアガ」のクリエイティブ・ディレクターであるデムナ・ヴァザリアや、ショーのフィナーレにウクライナカラーのニットやバッジを付けて登場したイザベル・マラン」やコシェなどいた。

そうした中、川久保玲が3月8日に南青山本社で行った「コム デ ギャルソン2022-23秋冬」のフロアショーは、「BLACK ROSE」がテーマだった。「私にとっての黒い薔薇のダークな美しさは、勇気、抵抗、そして自由を意味します」と川久保玲は報道陣にメッセージを送り、今回のウクライナ情勢との関連を尋ねられて次のように答えたという。「いつもそういったことは直接的な目的で表現しません。でも、やはり気持ちの中に入り込んでいたので、あったかもしれないけれども。たまたま黒薔薇がテーマの音楽を聞いたりして、色々なことが一致してできたコレクションです」。

いくら機動力があると言われる同社のコレクション制作チームでも、1週間でトータルコンセプトの作り直しは不可能だろう。変更できたのは、一部のアクセサリー類とショーのバックに流れた音楽だったのではないだろうか。音楽はアイルランドに伝わる美しい抵抗の歌で「可憐な黒い薔薇」を意味する「ロイシン・ダブ」という曲で川久保が自ら選んだという。北アイルランドのフルート奏者で同国随一のスローエアー・フルートの名手であるキーレン・カーリンによる演奏だ。寂し気な曲調の中に凛とした魂の声が聞こえるような音楽だ。

この川久保玲の演出は「いつもそういったことは直接的な目的で表現しません」とは言いながら、見る者にウクライナ侵攻との関連を連想することを強いる。

しかし、外部世界との不断の闘争つまり、人間が本来の独立した道を歩む勇気と自由を獲得するさまを描くというのは、言ってみれば「コム デ ギャルソン」の普遍のテーマではないか。人間のそうした「外部世界との不断の闘争」を表現した厳しくそして、なぜかどこか悲しく懐かしいコレクションの映像を見ていると、「こんな時にファッションショーをしたり見たりしていていいのか」という思いは不思議にも消えてしまったのだ。これは一種芸術にまで高められたものだけが持つオーラなのかもしれない。

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