Yahoo! JAPAN

天下布武と天下統一は何が違う?信長・秀吉・家康はなぜ異例だったのか

草の実堂

三英傑(信長、秀吉、家康)

よく言われることに「多くの戦国大名の最終的な目標は、上洛して天下を統べることだった」という見方がある。

しかし、これは本当なのだろうか。歴史を振り返ると、上洛したうえでさらに天下を窺った戦国大名は、織田信長や豊臣秀吉、徳川家康など、ごく少数に限られている。

今回はこの点を踏まえながら、信長が印章に用いた「天下布武」という言葉と、信長が目指し、秀吉が成し、家康が完成させた「天下統一」がそれぞれどのような意味を持っていたのかについて考察していく。

戦国大名は天下統一を目指していたのか

画像 : 織田信長肖像(秀吉清正記念館所蔵) 作者不詳 public domain

戦国時代から安土桃山時代にかけて、天下統一を進めた織田信長・豊臣秀吉・徳川家康は「戦国三英傑」と呼ばれている。

この三人の活躍を見る限り「戦国武将たるもの京都に上り、ゆくゆくは天下統一を果たすという野望を抱いている」そんなイメージを抱いている人が多いかもしれない。

信長・秀吉・家康にはその天下統一の過程で、多くのライバルがいたのは周知のとおりだ。
甲斐・信濃の武田氏、越後の上杉氏、駿河の今川氏、越前の朝倉氏、安芸の毛利氏など、挙げればキリがない。

しかし彼らの中で、積極的に軍勢を率いて上洛して、戦国の世に終止符を打つような新たな秩序を構築しようとした者がいただろうか。

やはりそのような野望を抱いて行動していたのは、信長・秀吉・家康をのぞけば、きわめて少数だと言える。

「えっ、でも上杉謙信は幾度か上洛しているし、武田信玄や今川義元も京都を目指したのでは」と思う人もいるだろう。

さらに、阿波の三好長慶は一時期、畿内を手中におさめ、後世に「日本の副王」とも評されるほどの権力を握っていたのではと、いぶかる人もいるかもしれない。

では次に、そのあたりの疑問について説明していこう。

戦国大名が越えられなかった室町幕府の権威

画像 : 豊臣秀吉 public domain

確かに長慶は、畿内に三好政権と呼ばれる強力な政治体制を築いた。

しかしそうはいっても、足利将軍家そのものを否定したわけではなく、将軍をしのぐ実力を持ちながらも幕府に代わる新たな全国政権を打ち立てるまでには至っていない。

また、信玄は西へ大軍を進め、義昭もその上洛に大きな期待を寄せていたが、それをそのまま「天下統一を目指していた」と見ることはできない。

謙信も幾度か上洛しているものの、全国を支配するために軍勢を率いて京都を目指したわけではなかった。

このように戦国時代においてはいくら衰退したとはいえ、足利将軍家の権威は依然として大きな意味を持っていた。
戦国時代は下剋上の世と言われるが、多くの有力大名も将軍や幕府の権威を利用しながら、自らの立場を強めていたのである。

信長も当初は義昭を奉じて上洛し、両者がそれぞれの権力基盤を持ちながら京都・畿内の秩序を築いていった。
しかし対立が深まると、信長は15代将軍足利義昭を京から追放し、やがて幕府に代わる独自の政権運営へ進んでいく。

それでも義昭はその後も征夷大将軍の地位を保ち続け、信長の跡を継いだ秀吉もこれを無理に奪うことはなく、自らは関白として新たな政権を築いていった。

多くの大名がまず目指したのは、自らの領国を安定させて周辺地域へ勢力圏を広げることであり、必ずしも全国統一まで目指していたわけではなかったのだ。

「天下布武」は「天下統一」とは違う意味だった

画像:織田信長が用いた「天下布武」の印 public domain

信長は美濃を攻略した直後から「天下布武」の印章を公文書に用いていたことはよく知られている。

ただこの言葉は一般に言われているように、武力によって天下を統一するという意味ではない。

この当時の信長は、足利義昭を京都に入れ、将軍位につけることを目標にしていた。
そして美濃を手に入れることにより、信長には初めて大軍勢をもって上洛する希望が見えてきたのである。

この後、信長は近江の六角家を駆逐し、浅井家を味方につけ、上洛を果たしたうえで義昭を15代将軍に据えることに成功する。

そして義昭を将軍とする新たな幕府体制のもと、信長は軍事力を背景に畿内の秩序回復を進めていく。
ここでいう「天下布武」の「天下」とは、単に日本全国ではなく、京都を中心とする政治世界や秩序を意味していたと考えられている。

しかし信長の勢力拡大は、やがて畿内を越えて全国規模へと広がっていった。その大きな転機の一つとして、やはり義昭との対立があったことは否めない。

画像:足利義昭像『古画類聚』所収 public domain

思いどおりにならない信長に対し、義昭は各地の有力な戦国大名に書状や御内書を送り、反信長勢力との連携を深めていった。

信玄の西上などによって信長は苦境に立たされたものの、信玄は上洛を果たさないまま病没。やがて信長は義昭を京都から追放し、その後も各地の反信長勢力との戦いを続けていく。

ここで信長は自然の流れとして、室町幕府を介した支配秩序とは異なる新たな秩序をつくる必要性に迫られることになった。

当初は室町幕府を扶け、畿内の秩序を立て直す「天下布武」だったが、信長の勢力拡大とともに「天下統一」が見えてくるようになったのだ。

そしてこの変化を秀吉が実現し、家康が幕藩体制として確立していったのである。

※参考 :
谷口克広著『信長の天下布武への道』吉川弘文館
山田康弘「戦国期における足利将軍家存続の諸要因」『日本史研究』第672号、2018年
山田雄翔「永禄・元亀年間における足利義昭と近臣」『若手研究者フォーラム要旨集』2022年 他
文/高野晃彰 校正/草の実堂編集部

【関連記事】

おすすめの記事

新着記事

  1. 毎日2回更新!4コマ漫画『かりあげクン』面倒見がいいと思いきや

    ふたまん++
  2. シャチ・ベルーガ・イルカと触れ合える? 鴨川シーワールドで<5つの体験+宿泊プラン>【千葉県鴨川市】

    サカナト
  3. もう老け顔って言われない!大人可愛いショートヘア〜2026年晩夏〜

    4MEEE
  4. アプリで安く購入しフードロス対策! 神戸・須磨寺商店街に冷蔵ロッカー「Wakeatte」登場 神戸市

    Kiss PRESS
  5. 【不二家×サーティワン】50円引きクーポン付きお菓子は必見。アイスやケーキも美味しそう!

    東京バーゲンマニア
  6. 【かぼちゃの煮物ににんにく…?】だまされたと思って入れてみて!箸が止まらなくなる「かぼちゃのにんにく醤油煮」

    BuzzFeed Japan
  7. 【9月6日限定】260円お得!銀だこ・銀のあんで『クロワッサンたい焼』5匹セットが特別価格に。

    東京バーゲンマニア
  8. 【大阪】ジブリの世界に入り込める!「ジブリパーク展」に行ってきました♪ 【9/26まで】

    na-na
  9. いつもの「トマト」がごちそうに変わる!「小さじ2」の意外な調味料|食育実践プランナーが解説

    saita
  10. 数年ぶりに「新たな特定外来生物指定種」が誕生 ブルーギルの仲間が全て対象に

    TSURINEWS