浅野和之×阿南健治インタビュー 三谷かぶき『歌舞伎絶対続魂 幕を閉めるな』江戸の舞台人の心意気、三谷幸喜の真骨頂
三谷幸喜作・演出の舞台『ショウ・マスト・ゴー・オン』が、新作歌舞伎となる。原作は、1991年に、三谷が自ら主宰する劇団「東京サンシャインボーイズ」のために書きおろした傑作コメディーだ。シェイクスピア劇を上演する舞台の裏側の、大奮闘と人間模様が描かれた。今回の物語の舞台は、江戸時代の芝居小屋、名作義太夫狂言『義経千本桜』の舞台裏だ。歌舞伎版のタイトルは、三谷かぶき『歌舞伎絶対続魂(ショウ・マスト・ゴー・オン) 幕を閉めるな』。
キャストには、松本幸四郎、片岡愛之助、中村獅童、坂東彌十郎、そして中村鴈治郎など人気歌舞伎俳優が揃い、三谷作品でおなじみの浅野和之と阿南健治も出演する。
阿南は、サンシャインボーイズの初演より『ショウ・マスト・ゴー・オン』に出演。浅野は、2022年にシス・カンパニーが上演した本作に出演した。歌舞伎俳優たちと共演する2人に、本作の魅力、喜劇の面白さや難しさについて話を聞いた。
■歌舞伎の稽古場で「びっくりした」
ーー阿南さんは、はじめて歌舞伎の舞台に出演されます。
阿南:三谷さんから話を聞いたのは、舞台『蒙古が襲来』の稽古中でした。芝居のダメ出しの電話かと思ったら、「阿南さん、歌舞伎でる?」と。僕は大衆演劇にいた時期があるので、本家本元でその豪華版をやれるのは楽しみです。キャストが発表されて、浅野さんのお名前をみつけた時は、ちょっと安心しました。浅野さんは、もう何度も歌舞伎を経験されていますよね?
ーー浅野さんは、2014年のスーパー歌舞伎II『空ヲ刻ム者』以降、『新版オグリ』『ワンピース』、さらに『新・三国志』や『新・水滸伝』で歌舞伎座の舞台にも立たれていますね。
浅野:その意味では、さすがに歌舞伎にはもう慣れました(笑)。ただ、今年は10月半ばまで別の舞台があったので、出演はできないと思ったんです。でも三谷さんに「大丈夫。前(2022年版)と同じ役だから!」と言われ、「本当に? 大丈夫かな。じゃあ!」と決めました。
ーーお稽古場の雰囲気は、いかがですか?
阿南:いつもとは、やはりちょっと違いますよね。歌舞伎の俳優さんは、お弟子さんも含めて、歌舞伎が大好きで、歌舞伎の世界で生きている方々。すごいですよ。稽古場での挨拶から過ごし方まで、すべての土台に歌舞伎があるのを感じます。
浅野:たとえば稽古中、皆さんはこちら側(客席側)に座らない。
阿南:そうそう! 稽古初日は、「こっちの椅子に座って良かったのかな?」とちょっと不安になりました(笑)。
ーー演劇の稽古場といえば、演出家や俳優の皆さんは、客席側にあたる正面のスペースに並べられた、長テーブルに着席されているイメージがあります。
浅野:それが歌舞伎の稽古だと、正面のテーブル席は、基本的に演出家とスタッフさん。歌舞伎俳優の皆さんは、壁にそって、前後左右を囲むように並ばれていることが多いです。あと、そこで他の人の芝居やノート中も、結構普通に会話をする(笑)。
阿南:それもびっくりしました! わりと大きな声なんだもん(笑)。
浅野:慣習の違いがあるんだな、と感じますよね。
ーー主演は、松本幸四郎さんです。三谷さんとは、PARCO歌舞伎『決闘!高田馬場』(2006)、三谷かぶき『月光露針路日本 風雲児たち』(2019)に続く、歌舞伎でのタッグとなります。
阿南:幸四郎さんは、三谷さんが求めるものに、見事に応えていらっしゃいますね。
浅野:縦横無尽。ここだ! ってポイントにスポッとはまる。
阿南:ただ、あの方は本当に大変だと思いますよ。だってセリフ量も半端なく多い上に、出ずっぱりでしょう?
浅野:ヘロヘロになるでしょうね(笑)。でも、幸四郎さんご自身が、芝居を面白がっているのが伝わってくる。見ている側を楽しませてくれるし、一緒に芝居をするのも楽しいです。
阿南:本番に向けて、さらにガーッ! と上がっていかれるでしょうね!
ーー歌舞伎俳優の方々と同じ舞台に立たれるわけですが、お芝居の作り方や演技にも違いは感じられますか?
阿南:今回は三谷さんの舞台なので、それはないです。劇中劇で、歌舞伎の方々が“歌舞伎の芝居”をされた時は、発声やトーンに「やっぱり、さすがだな!」と思います。でも、あとは基本的にいつも通り。台詞も芝居のテンポも、ストレートプレイと同じですよね。
浅野:ええ、同じです。僕自身、歌舞伎をやるわけではなく、いつもの通り芝居をしています。歌舞伎の方々とご一緒していて思うのは、現代劇でも歌舞伎でも、勘の良い方はどこでどの舞台に立ってようが、同じなんだなということですね。
ーー思えば浅野さんと阿南さんも、俳優としての出自は違いますね。ドラマ・映画での共演は多い一方、舞台での共演は、シアター・クリエこけら落とし公演、三谷さんの『恐れを知らぬ川上音二郎一座』の一度きりだとか。
浅野:だから阿南さんの存在は知っていても、舞台で接点がなかったんです。
ーーお互いの第一印象は?
浅野:そのクリエの舞台の時ですね。三谷さんから「やって」と言われて、阿南さんが自在に女方をされるのを見ました。「こんな特技をお持ちの方がいるんだ!」と思いました。
阿南:僕は、それよりも前。野田地図のワークショップでの浅野さんを覚えています。「前を歩く人の歩き方を真似る」というエチュードで、僕の後ろを歩いていたのが浅野さんだったんです。浅野さんが真似る僕の歩き方を見て、「自分はこうなのか。たしかにそうだ。なんて的確に表現する人なんだろう!」って。
浅野:ありましたね! 阿南さんの歩き方は、独特だったな。
■江戸の芝居小屋の人たちの心意気
ーーあらためて、この戯曲の魅力をお聞かせください。
阿南:浅野さんが出演された、シス・カンパニー版を観客として観た時に、「こんなに笑える芝居に、自分は出ていたのか。良い芝居だな」と、あらためて思ったんです。たくさん人が出てきて、ドタバタの大騒動になるんだけれど、関係性も出来事も本当によく整理されていますよね。
浅野:三谷さんの真骨頂。
ーーでは、歌舞伎版となる今回ならではの見どころは?
浅野:過去作を観たことがある方には、「こう来たか!」という楽しみがあるでしょうね。歌舞伎でやると聞いた時、すんなり歌舞伎になるだろうな、と思ったんです。でも出来上がった台本を読んで、「三谷さんは、書き換えに難儀しただろうな」と思いました。時代から何から違うから、そう簡単ではなかったはず。それが非常に上手く置き換えられているんですよね。
阿南:だから『ショウ・マスト・ゴー・オン』とは別の、新しい『歌舞伎絶対続魂』が出来上がるんでしょうね。あの時代の芝居小屋の人たちの、「絶対に幕を閉めるな!」という心意気が想像できるんです。いつの時代の舞台人にもこの思いがあり、未来永劫これをやっていくんだろうなって。
ーー実際に『ショウ・マスト・ゴー・オン』のような状態を、経験されたことはありますか?
阿南:浅野さんが出られた、シス版の『ショウ・マスト・ゴーオン』が、まさにじゃない? コロナ禍で、休演の俳優が出るたびに、三谷さんが自分で代役をして幕を開け続けたんですよね。
浅野:そう! 結果的に4人分!(笑) 今だから笑って話せることですが、当時は本当に大変で。僕も迷惑をかけてしまい、申し訳なかったです。でも三谷さんのおかげで、あの興行自体が『ショウ・マスト・ゴー・オン』になった。お客様たちもそれを面白がり、話題にもしてくれたんですよね。
阿南:ちなみに僕が観た回、主演が三谷さんでした(笑)。
浅野:僕は、三谷さんが僕の役をやった回が観たかったな。おそらくだけど、僕の方が上手かったんじゃないかなと思って。
阿南:ハハハ!
■無邪気ないたずらっ子が創る笑い
ーーおふたりからご覧になって、三谷さんのお人柄は?
浅野:いい意味で、子供みたいな方ですね。
阿南:無邪気でいたずらっ子。
浅野:だから、ああいう笑いが作れるんだろうな。三谷さんの笑いって、決してマニアックではないですよね。みんなが笑える笑いのツボを、分かっているからこそだと思います。
ーー『ショウ・マスト・ゴー・オン』は、思えば、当事者たちにとっては災難な日ですよね。極端に言えば悲劇とも言える状況です。それが喜劇になり、しかも観終わった時、幸せな気持ちになるのは面白いです。
阿南:「大悲劇」ではないから、笑えるんだろうね。当事者は悲劇的な気分かもしれないけれど、傍からみたらそんなことないよ? みたいな。だから演じる側も、どんどん突っ込んでいける。
浅野:そうですね。やっぱり深刻に傷ついている人がいたら、喜劇にならないから。
ーー面白い脚本があり、おふたりは現代劇版でご経験もある作品。その中で、今回新たな挑戦はありますか?
浅野:その意味での挑戦は、ないですよね。
阿南:ないですね。ただ喜劇は、難しいですから。毎公演をより楽しく、より三谷さんを笑わせるためにがんばります。
浅野:お客様を笑わせるためにね。
阿南:僕は、まずは三谷さんなんです。稽古中も、他の人の芝居の間は、常に三谷さんの反応をうかがっています。「浅野さんの時はずっと笑ってるな」とかって。
■発明できたらいいんだけれど!
ーーやはり喜劇は難しいですか?
阿南:難しいし、楽しい。
浅野:幕を開けて、初めてお客様の反応がストレートに分かるから面白いよね。
阿南:そうなんですよね。喜劇って、お客さんから「笑い」という反応がちゃんと返ってくるものじゃないですか。もし反応がなかった時は、何がいけなかったかを考えなくちゃいけない。でも、考えて芝居しちゃいけない。笑わせようとしちゃいけない。役として芝居をして、笑っていただかないといけないんですよね。
ーー喜劇を演じる上で、大切にされていることはありますか?
浅野:間とテンポ。
阿南:(うなずいて)大事。どちらかが少しでも崩れると、笑えなくなりますから。三谷さんは、半分冗談で「今の芝居を1ミリ変えて」と演出したりします。それくらい微々たるもので変わっていくから、面白くもあり怖くもあるんです。
浅野:三谷さんと何本もやってきて感じたのは、「三谷さんの台詞は、いじらない」。台本の通り素直に喋れば、ちゃんと布石も打たれ、絶対に十分笑えるよう書かれてあるということ。だから台本に忠実に。でも、やっぱり仕掛ける面白さもあるわけです。
ーー毎公演が、実験のような感覚でしょうか。
浅野:近いかもしれませんね。ポンと上手くいった時は、実験が成功した! みたいな。
阿南:ただ、正解のないものだから……。
浅野:発明には至らない。
阿南:発明できたらいいんだけれど!
ーー11月2日、歌舞伎座で初日を迎えます。あらためて舞台への意気込みを。
浅野:僕の意気込みは、“意気込まない”。
阿南:僕もだな。力んでしまうのを取っ払って、台本に忠実に。楽しんで。自然にやれるよう心がけるし、稽古もする。
浅野:自然体で力まないくらいが、ちょうどいい。
ーー舞台という特殊な環境で、意気込まずに別人の自然体でいる。思えば、すごいことですね。
浅野:現代劇で求める、リアリティのある「自然体」というのは滅多に生まれるものではないし、あっても瞬間的なものだろうと思うんです。それに、自分で「今日はダメだった」と思っても、周りから客観的に「素晴らしい」と言われる場合もある。その境目がいまだに分からないから、研鑽を積んで訓練をして。今でもずっと探っています。
阿南:これからもそうやって探り続けて、この仕事を続けていくんでしょうね。
(再び、通りすがりの松本幸四郎さん。「やっぱり遊んでいるんですか?」「取材なんです」など、笑顔で言葉を交わされる浅野さんと阿南さん。)
ーーよろしけば幸四郎さんからも、一言意気込みをいただけますでしょうか。
幸四郎:意気込みは、……“生きていたい”。
阿南:(しみじみ)舞台で、生きていたい。
浅野:いい言葉!
幸四郎:舞台で生きていたいし、舞台が終わるまで生きていたい。
阿南:出ずっぱりですからね(笑)
幸四郎:この舞台を書いた方(三谷幸喜)からも言われました。「幸四郎さん、ずっと出ていませんか?」って(笑)。でも皆さんとの稽古で、だんだんと形になっていくことにワクワクしています。
浅野:僕らもがんばります。お客さんには、とにかく楽しんでいただければ幸いです。
阿南:皆さんとがんばって稽古しています。ぜひ歌舞伎座で、たくさんの方にご覧いただきたいですね!
三谷かぶき『歌舞伎絶対続魂 幕を閉めるな』は、11月26日(水)まで歌舞伎座の『吉例顔見世大歌舞伎』夜の部で上演。
なお11月22日(土)には、イープラス「Streaming+」にて本作のライブ配信が決定した。バックステージを追ったスペシャルメイキング映像も同時配信。1週間の見逃し視聴(アーカイブ)もあるが、まずはぜひリアルタイムのライブ配信で楽しんでみてほしい。
取材・文・写真(舞台写真以外)=塚田史香