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工業団地として消えるはずだった吉野ヶ里遺跡を保存へと一転させた要素とは──【新・古代史】

NHK出版デジタルマガジン

工業団地として消えるはずだった吉野ヶ里遺跡を保存へと一転させた要素とは──【新・古代史】

 日本のあけぼのにおいて、最も有名な人物とされる女王・卑弥呼。多くの人が卑弥呼と彼女の国「邪馬台国」の所在を探すことで、この国の成り立ちを知ろうとしてきました。それら研究の経過と最前線とは──。

 累計6万部を突破し、新帯にリニューアルされた話題書『新・古代史 グローバルヒストリーで迫る邪馬台国、ヤマト王権』より、第1章「邪馬台国と古代中国」の一部を特別公開。

(全3回の2回目。第1回はこちら。第3回はこちら)
※リンクから移動できない方は、関連記事からご覧ください。

NHKスペシャル取材班『新・古代史 グローバルヒストリーで迫る邪馬台国、ヤマト王権』

「魏志倭人伝」に記された卑弥呼の居所

環濠突出部にある物見櫓(写真提供:国営吉野ヶ里歴史公園)

 工業団地として消えるはずだった吉野ヶ里遺跡を、保存へと一転させた「要素」とは何だったのか。発掘調査を率いた七田さんが指摘するのは、中国との強いつながりだ。

 吉野ヶ里遺跡で見つかった環濠は、当時最大級の規模であり、敵に対して、防御力の高さを誇示するものだったと考えられている。一九八六年から八九年(昭和六一~平成元)にかけての発掘調査で、その環濠の内側である内郭(ないかく)には、数ヶ所の物見櫓(ものみやぐら)と目される高床建物跡を伴う突出部が確認された。これが、「魏志倭人伝」が卑弥呼の居所の情景として記す「宮室・楼観・城柵」の楼観に当たるものではないかと話題になったのだ。

 卑弥呼の特徴や、卑弥呼が住んでいた場所についての「魏志倭人伝」の記述は、次の通りだ。

鬼道を事とし、能く衆を惑はす。年 已に長大なるも、夫婿無く、男弟有りて国を治むるを佐く。王と為りてより以来、見ること有る者少なし。婢千人を以て自ら侍らし、唯だ男子一人有りて飲食を給し、辞を伝へて出入す。居処の宮室は、楼観・城柵をば厳しく設け、常に人有り兵を持ちて守衛す。

 鬼道〔巫術・妖術〕を行い、よく人々を眩惑した。歳はすでに年配であるが、夫を持たず、男の弟がおり国の統治を助けている。王となってより以来、(卑弥呼を)見たことのある者は少ない。婢千人を自分に侍らせ、ただ一人だけ男子がおり飲食を給仕し、言辞を伝えるために出入りしている。(卑弥呼の)いる宮室は、楼観〔見張り櫓〕と城柵を厳しく設け、常に人々がおり武器を持って守衛している。

 さらに一九九二年(平成四)から翌年にかけて行われた、「北内郭」と呼ばれるエリアの調査でも同様の環濠突出部に伴う物見櫓跡や、鍵形に屈曲したくいちがい門跡が確認された。中世以降の城郭のくいちがい虎口(こぐち)を連想させるつくりであり、門の入り口を狭く、曲がった形にすることで、防御力を高める意図があったと考えられている。

吉野ヶ里遺跡 北内郭のくいちがい門(写真提供:国営吉野ヶ里歴史公園)

 環濠の出入り口とされる門跡でも、門の部分の環濠全体を外側に大きく突出させているものや、門両側の環濠先端付近を内外にずらしてくいちがい構造にしたもの、極端に入り口の幅を狭めたものなどが存在する。これまでの調査によって、外環濠は一世紀頃には掘削がされたと推定されていることから、すでにこの時期に特異な形態の門施設が存在していたと考えられている。

吉野ヶ里遺跡と中国とのつながり

 こうした不思議な建築様式について、七田さんは次のような理由があったと述べる。

「吉野ヶ里遺跡は要所に中国の城の構造を取り入れている。そこには、自分たちは中国と外交を活発に行っているのだということを周囲に知らしめる意味合いが強くあったのだろうと思います」

 七田さんは、吉野ヶ里遺跡で特徴的な環濠突出部や鍵形のくいちがい門は、漢・三国時代の中国の城壁に普遍的に付属する防御施設を強く意識したものであると考えている。吉野ヶ里集落の突出部と物見櫓のセットは中国城郭の城壁に付属する馬面(ばめん。城壁から突き出た部分)や角楼(城の四隅にある見張り台)を、くいちがい門は甕城(おうじょう。正規の城門の外側に設けられた半円形または方形の城壁)や護城墻(ごじょうしょう。城を守る壁)を模倣して、中国の城郭景観に近づけようとしたのではないかという仮説だ。

中国・西安に残る明代の城壁、安定門(写真提供:PIXTA)

 古代中国では、城郭に様々な防御施設が備えられていた。新石器時代に当たる仰韶(ぎょうしょう)文化期の陝西省(せんせいしょう)姜寨(きょうさい)遺跡では、平面円形にめぐる環濠にくいちがい門と平面コ字形の突出部が存在し、この頃すでに防御施設が出現していたことが示されている。

 続く龍山(りゅうざん)文化後期に属する河南省(かなんしょう)王城崗(おうじょうこう)遺跡などでは、城壁の角が外側へ突出しており、後世の角楼を想起させる。春秋戦国時代斉(せい)国の都城である山東省(さんとうしょう)臨淄(りんし)古城では、数ヶ所の門部分の濠や城壁の跡が外側へ平面円形に突出するなど、後世の甕城の原型と考えられる。

 そして日本の弥生時代に当たる漢・三国時代の城郭構造は、戦国時代に形成された基本構造に改良を加えながらそれらを踏襲しており、城壁には、一定の間隔をもって馬面、角楼が設けられていた。これらは、正面からだけではなく左右に展開する敵に対しても攻撃が仕掛けられる守城施設である。また、守城の要である門には、一枚目の門扉が破られても二枚目に達するまでに上部各所から攻撃が仕掛けられるように甕城や護城墻と呼ばれる防御施設が設けられていた。

 こうした七田さんの研究を元にすると、吉野ヶ里遺跡は卑弥呼が登場する以前から中国と深いつながりを持っていたことになる。

続きは『新・古代史 グローバルヒストリーで迫る邪馬台国、ヤマト王権』でお楽しみください。

NHKスペシャル取材班

私たちの国のルーツを掘り下げ、古代史の空白に迫るNHKスペシャル「古代史ミステリー」の制作チーム。他にもこれまで「戦国時代×大航海時代」「幕末×欧米列強」といったテーマを掲げ、グローバルヒストリーの観点から新たな歴史像を描いてきた。

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