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東京最古のコリアンタウン・東上野。70年続く『馬山館』の韓国料理と昭和の香りが濃密な店の歩み

さんたつ

_IZM4473コリアンタウン

インバウンドの観光客でにぎわう上野のアメ横から東に歩き、首都高に覆われた昭和通りを越えると、時代から取り残されたような一角が見えてくる。2、3階建てで、古びた小さな店が肩を寄せ合うように密集している。焼き肉屋、キムチ屋、韓国食材店……「キムチ横丁」とも呼ばれるこの場所は、東京で最も古いコリアンタウンとして知られている。

馬山館(まさんかん)

大韓民国

朝鮮半島南部の先進国。日本には約40万人が住むが、うち約25万人が特別永住者(日本が朝鮮半島を統治していた時代に来日し居住してきた人々と、その子孫。いわゆる在日韓国人)。日本に帰化したり、高齢化などで減少している。ほかには会社員や留学生が多い。

キムチ横丁の変遷

キムチ横丁の発祥は、戦後間もない1948年頃にさかのぼるらしい。空襲によって焼け野原となった上野から御徒町にかけて立ち並ぶようになった闇市がルーツといわれる。復興の活気と無秩序とが同居するこの闇市はやがてアメヤ横丁、通称「アメ横」として発展していくが、そこから在日コリアンの人々が枝分かれして「国際親善マーケット」をつくった。これがキムチ横丁の原型となり、いまも往時を偲(しの)ばせる佇(たたず)まいのまま残っている。まわりに真新しいホテルやオフィスビルがどんどん建っていく中で、ここだけ時間が止まったようではあるのだが、郷愁を感じさせてくれるこういう街並みが僕はたまらなく好きだ。

お邪魔した『馬山館(まさんかん)』は、キムチ横丁に現存する店の中では2番目に古いという。

「ここは昭和27年(1952)にできたんだけど、そばの『板門店』さんがうちより何か月か早いって聞いたことがあるんですよ」

一家で『馬山館』を切り盛りする大川静子さんは言う。

東上野の歴史を見続けてきた大川さん。50年、店を守ってきた。

「主人が在日2世なんですが、義母が大阪から出てきて始めた店なんです」

義母は夫の出身地・韓国南部の馬山を店名にした。義母自身はその馬山のすぐそば、鎮海(チネ)の生まれだそうだ。

その頃もいまも、キムチ横丁全体の大きさこそあまり変わっていないが、昔は店の数がずっと多かったと大川さんは義母から聞いている。一軒一軒が小さかったのだ。そして同じ朝鮮半島でも北と南の出身者が混在していたという。

その南北は、日本の敗戦と植民地支配の終焉、朝鮮戦争を経て、分断が固定化されてしまう。そして休戦後に始まった北朝鮮出身者の帰国事業の影響もあったのだろう、キムチ横丁でも店を手放し祖国へと戻っていく人たちが出てくる。そういう店を買い取り、拡張するところが増えてくる。『馬山館』もそのひとつで、たったふた坪ほどという狭さだったらしいが、いまは4倍ほどになった。

また、ここ東上野のそばには第30回で紹介した三河島のコリアンタウンもあるのだが「向こうとはあまりつながりはない」そうだ。仲町通りあたりも韓国系の店が多いけれど、やはりコミュニティーとしては別なのだとか。あちらは1980年代以降に来日したニューカマーが中心で「あの人たちは商売上手よね」と大川さんは感心する。

狂牛病もコロナ禍も乗り越えて

大川さんが嫁いできて、店を手伝うようになったのは1968年のことだ。「木造の2階建てだったんですが、その年に建て替えたんです」というから、50年ほど前になる。道理で、外観も内装も渋いはずだ。

長い歴史を感じさせる渋い店内。懐かしい昭和の空気を楽しみに訪れるお客さんも多い店だ。

「当時は在日のお客さんばかりだったけど、30年ほど前から日本人のほうが多くなりましたね」

いちばんしんどかったのは狂牛病が大きくクローズアップされた2000年代初頭だとか。

「もう閑古鳥が鳴いてましたよ。売り上げはガンと下がったんですが、とにかくひと組ひと組のお客さんを大事にしようとがんばってきましたね」

ようやく騒動が収まり経営が立ち直ってきたと思ったら今度はリーマンショックによる不景気、さらにコロナ禍によって飲食業は大打撃を受けた。

まさに時代の荒波を越えてきたわけだが、いまでは大川さんの息子が中心になって店を切り盛りする。店のウリになっているメニュー、げた塩やたん先も彼が考案したものだそうだ。

げた塩、たん先、ハラミは必食!

手前左から時計回りに、ハラミ1400円、たん先1000円、げた塩1000円、キムチ盛り合わせ1000円、マッコリ(写真はひとり用どんぶり)700円~、ビビンパ900円、海苔漬け400円。

ならば、まずはそのげた塩からいってみよう。「げた」とはカルビの中でも、肋骨まわりの肉のこと。骨を外すと下駄の歯のように見えることから名づけられたとかで、骨髄からにじむ旨味がたっぷり。酒のアテになればと塩を強めに味つけてあって、確かにしょっぱいのだが、それが肉の濃厚な味わいを引き立てる。なるほど、これは名物になるはずだ。

たん先はその名の通り舌の先端部分。通常は舌の中ほどを薄めにスライスして「タン」として出す店が多い。先っぽも同様に調理して提供するだけの店もあるのだが、こちらではひと口大のブロック状だ。軽く焼いて食べてみれば、素晴らしい歯応えと噛むほどに染み出る味わい。確かにスライスよりも、このカットのほうがいける。

そしてハラミはランチでも大評判なのだが、上質なものを使っていて、肉厚で柔らか。

「このハラミをこの値段でランチで出しているの?ってお客さんに驚かれることもありますよね」と大川さん。さらに漬け物はすべて自家製だ。キムチもカクテキもほどよく漬かっている。

「うちは主人の母の味を引き継いで、それを少しずつアレンジしてきました。だから基本的には70年前と同じです。でも、常に勉強ですね」

ぜひ食べてほしいのは海苔漬けだ。佃煮のようで、飯にのっけたらいくらでも食べられそうなほどうまい。肉やキムチとも実に合う。お土産にしていく人もいるほど、ファンの多いメニューとなっている。

締めのかるびスープ1000円は後を引く味わい。体がホッカホカに温まる。

『馬山館』には頼もしい後継ぎがいて大川さんとしても安心だろうが、キムチ横丁では後継者の不在に悩む店も多い。再開発を免れて令和まで生き残ってきた小さなコリアンタウンも、今後はどうなっていくのだろうか。

食事の帰りには食材店でキムチや肉などを買いこみたい。

馬山館(まさんかん)
住所:東京都台東区東上野2-15-6/営業時間:11:30~14:30・18:00~22:00(入店は~20:00。日はランチのみ)/定休日:月/アクセス:JR・地下鉄上野駅から徒歩4分

取材・文=室橋裕和 撮影=泉田真人
『散歩の達人』2026年1月号より

室橋裕和
ライター
1974年生まれ。新大久保在住。週刊誌記者を経てタイに移住。現地発の日本語情報誌に在籍し、10年にわたりタイや周辺国を取材する。帰国後はアジア専門のライター、編集者として活動。おもな著書は『ルポ新大久保』(辰巳出版)、『日本の異国』(晶文社)、『カレー移民の謎』(集英社新書)。

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