明日海りおが作り上げる新たなエリザベート ミュージカル『エリザベート』ゲネプロレポート
東宝版上演25周年記念となるミュージカル『エリザベート』が2025年10月10日(金)から東京・東急シアターオーブで開幕した。
本作は、1996年に宝塚歌劇団により日本初演、2000年の東宝版初演から観る者を魅了し続けてきた大ヒットミュージカル。ミヒャエル・クンツェが脚本・歌詞、シルヴェスター・リーヴァイが音楽・編曲、小池修一郎が演出・訳詞を担い、オーストリア皇后エリザベート(シシィ)の人生と、彼女を愛した黄泉の帝王トートの姿を描く。タイトルロールであるエリザベート役は望海風斗と明日海りおのダブルキャスト、トート役は古川雄大(全公演)、井上芳雄(東京公演のみ)、山崎育三郎(北海道・大阪・福岡公演のみ)のトリプルキャストで演じる。
初日を前に行われたゲネプロ(総通し舞台稽古)の様子を写真とともにレポートする。
この日行われたゲネプロは、エリザベートを明日海りお、トートを井上芳雄、フランツを佐藤隆紀、ルドルフを中桐聖弥、ゾフィーを香寿たつき、ルキーニを黒羽麻璃央が演じた。
物語は、1853年、南ドイツ。自由奔放に生きるバイエルン公女のシシィが、黄泉の帝王であり、死を象徴するトートと出会うことから全てが始まる。その後、シシィは、オーストリア皇帝フランツ・ヨーゼフに見初められ、求愛されて結婚。まるでおとぎ話のような恋に心を躍らせてその求愛を受け入れたシシィだが、宮廷での結婚生活には自由がなく、皇后としての数々の義務に押し潰されそうになりながら生活する。
フランツの母・ゾフィーとの関係に悩み、さらに生まれた子どもたちもゾフィーに奪われて苦しい結婚生活が続く中、エリザベートは自らの美貌に気づき、宮廷内での影響力を徐々に高めていく。そして、そんなエリザベートの愛を求め続けるトートは彼女に寄り添い続ける。いつしか、彼女もトートの愛を意識するようになり…。
華やかなヨーロッパの王室を舞台とし、豪華な衣裳の数々と耳に残る美しいメロディなどで多くのファンから愛されている本作。ここで述べるまでもなく、トートの妖艶で美しく、そしてダークな世界観はこの作品の大きな魅力の一つだ。東宝版初演でルドルフを演じ、2015年からはトートを演じ続けている井上は、まさに本作の代名詞的存在。2025年版でも登場した瞬間から絶対的な存在としてその場を圧倒した。特に1幕ではエリザベート役の明日海と、2幕ではルドルフ役の中桐との対比が印象深い。トートとシシィ(エリザベート)が初めて出会うシーンで歌われる「愛と死の輪舞」では、その歌声からも帝王の万能感を強く感じた。“一目惚れ”よりも“寵愛を授ける”の方がより二人の関係を適切に表している気すらする。これはもちろん、井上の持つ魅力だけでなく、明日海が作り上げたシシィがあってこそだ。
宝塚歌劇団時代にはルドルフやトートを演じた経験がある明日海だが、本作ではこれまでにない愛らしさに溢れたエリザベートとしてステージに立った。特に1幕冒頭の結婚前のシシィは幼く、素直で、純心さ満載。そのキュートで軽やかな仕草からはコメディ的な要素すら感じられた。
そんなエリザベートだからこそ、共感度も高い。遠く離れた国の皇后で、私たちとは境遇も時代も違う人物なのに、とても身近に感じられるのだ。嫁姑の問題、何かというと義母の味方をする夫など、思わず「分かる、分かる」と頷いてしまう。しかもその感覚は、2幕でエリザベートが“強く生きる道”を手に入れた後も変わらない。彼女の持つ強さの中にも、弱さや傷ついた心が見え、純粋だった幼き日のシシィの姿を思い出させるのだ。そうした観客を共感させる力は、明日海の魅力の一つだと今回、改めて感じた。
フランツ役の佐藤は、母に逆らえないながらも、心優しい好青年を真っ直ぐに演じていた。明日海のエリザベートと並ぶと、彼女の芝居に呼応するかのようにグッと人間味が増して見えたのも印象的。二人は紆余曲折ありながらも、しっかりと愛し合っていた夫婦だったのだと感じられたのは、佐藤と明日海の演技力があってこそだと思う。
ルドルフを演じた中桐にも触れておきたい。決して出番の多い役柄ではないが、中桐はその歌声で存在感を発揮した。美しく、そして少し甘い伸びやかな歌声は耳に心地よく響いた。2幕のトートとのデュエット「闇が広がる」では、井上の深い歌声と中桐の若さも感じさせる美しい歌声が見事に混ざり合い、それぞれの存在を歌声で表していた。井上に歌い負けしない歌唱力も素晴らしい。
その他にも、ゾフィー役の香寿は揺るぎない信念を感じさせ、皇太后としてのあり方を明確に表現し、印象を残した。そして、黒羽は3度目のルキーニ役ゆえ、こなれた演技が光る。肩の力が抜けた、堂々たる狂言回しっぷりが見事で、絶大な安心感があった。
2010年以来、東京公演は帝国劇場で上演されてきた本作。今回は、帝国劇場が建て替え中とあって、東急シアターオーブでの上演となるが、シアターオーブならではの照明の美しさが作品世界をより盛り上げていたこともお伝えしておきたい。
新たなキャストが演じることにより、同じ物語でも印象が大きく変わるのが舞台の面白いところ。ぜひ他にはない、明日海が作り上げるエリザベートの世界を堪能していただきたい。
取材・文=嶋田真己