バブル期からの拝金主義で「他人を思いやることの大切さ」を失った日本人にも警鐘を鳴らしている、台湾映画『オールド・フォックス 11歳の選択』という庶民の物語
1989年12月29日、日本の証券業界はバブル経済に踊った一年の締めくくりの大納会で、過去最高の日経平均株価3万9098円の値を付けて大はしゃぎだった。同じ年の台湾、前年に戒厳令が解除されたことで、投資の自由化とともに金融システムの大きな変化が起こって、まさにバブル期の到来を迎えようとしていた。映画『オールド・フォックス 11歳の選択』は、バブルの頂点にいた日本と同じ年の台北郊外で父と二人、つつましくも幸せに暮らす父子の物語である。
父タイライは、台北郊外のレストランの給仕長として真面目に働いていた。11歳の息子リャオジエの夢であり亡き妻の夢でもあった、自分たちの家と店を手に入れて理髪店を開こうとコツコツと倹約しながら貯蓄に励んでいる。だが時代は、株や土地の暴騰によって価値観の大きな変化が起こっていた。それまでは収入と支出のバランスで暮らしが成り立っていた時代、「あと何年、何カ月貯めれば、家が買える」と地道な計画を立てていたが、働いて汗を流さなくても株で儲かり、土地を転がして、あぶく銭を手にできるような時代になった。まるでバブルに踊り拝金主義に走った日本を思い起こさせるような物語である。まさにその拝金主義が人間をいかに疲弊させ、他者への思いやりや人と共感することを忘れさせてしまったか。
11歳のリャオジエは、シャ社長ことオールド・フォックス〝腹黒いキツネ〟と呼ばれる事業家と出会い、地道に働くだけの父と正反対の価値観に触れることで心が揺らいでゆく…。このバブル紳士は、11歳の少年に、「生き抜くためには他人なんか関係ない、儲けることだけ考えるんだ」と言い放つ。土地の高騰で自分たちの家と店を手に入れることが遠のくばかりになるとリャオジエは焦るばかり。父の優しく誠実な生き方に背を向け、錬金術に長けたシャの下に走るリャオジエに、人生の大きな選択の時がくる――。
本作にはタイライの若き日の初恋の女性役に、日本の女優・門脇麦が抜擢されている。シャオ・ヤーチュエン監督は、「あの役は、お嬢様気質でちょっとわがままな感じがして、でも憂いが感じられてどこか孤独の影がある、という人をキャスティングしたかったが、台湾にはいなかった。『浅草キッド』を見て、ぜひ門脇さんに出演してもらいたかった」と熱烈なオファーを明かしている。
本作は、1990年の台北郊外の街を中心に、時代のままの風景が見事に再現されリアルな空気感を伝えている。見ようによっては日本の昭和の良き時代、庶民が肩を寄せ合っていた時代を感じることができる。そこにバブル経済の波が押し寄せたのだ。リクルート事件に端を発して相次ぐ経済事件があった。台湾でも史上最大の集団型経済犯罪といわれた「鴻源事件」が起きている。その事件をベースにしながら、シャオ監督は、庶民の物語として失われようとしている「他人を思いやることの大切さ」という強いメッセージを掲げているのだ。同じように泡を掴むような拝金主義、バブル経済の崩壊、失われた30年の私たち日本及び日本人に警鐘を鳴らしているようにも思える。
『オールド・フォックス 11歳の選択』
6月14日(金)新宿武蔵野館ほか全国公開
第60回台北金馬映画祭4冠受賞!
第60回台北金馬映画祭 監督賞、同 最優秀助演男優賞、同 最優秀映画音楽賞、同 衣装デザイン賞
配給:東映ビデオ
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