海洋ごみを“海の糸”へ。拾活から始まる循環の挑戦|トヨタやANAとの共創を生んだ、一人の社会起業家の物語
トヨタ自動車のサステナビリティレポートに、美しいブルーのカーシートが掲載されています。薄い青と濃い青、波をイメージさせる2色のそのシートには、長崎県・対馬の海岸に打ち上げられた漂着ゴミが繊維として織り込まれています。
このリサイクル素材を生み出したのが、一般社団法人オーシャン太郎 代表 中村洋太郎さん(以下、中村)です。
大手繊維商社での経験をもとに、海岸で拾い集められたプラスチックを、人と地域、企業をつなぐ『OCEAN THREAD®』へと再生し、新たな循環を生み出す事業を立ち上げ、現在はANAとの連携も動き始めています。
組織の壁に何度もぶつかりながら、それでも現場に通い続けた中村さん。なぜ、一人の社会起業家の想いが、多くの企業や人の共感を生み出してきたのでしょうか。お話を伺いました。
組織で学んだ仕組みと、現場で出会った想い。その両方が生んだ「拾活(しゅうかつ)®」と『OCEAN THREAD®』
ーー海洋プラスチックゴミをリサイクル繊維に変える取り組みをされていますが、活動を始めたきっかけを教えてください。
中村)繊維商社でサステナビリティ素材の普及に携わったことが、この活動の原点です。サステナビリティ部門で営業推進を担当していた私は、化学繊維のリサイクル事業に関わる出資先企業へ出向した際、海洋漂着プラスチックを繊維として再生するプロジェクトが、さまざまな事情から停滞していることを知りました。
その話を聞いたとき、「ぜひ自分にやらせてください」と手を挙げました。もともとサーフィンや釣りが好きで、子どもの頃から海に親しんできたこともあり、海の環境を守る取り組みには強い共感がありました。
現場で拾われたものに、もう一度価値を生み出し、未来へつなぐ仕組みをつくりたい。その想いが、のちの『拾活』、そして『OCEAN THREAD』につながっていきました。
ーー「服から服へ」のリサイクルと、「海洋ゴミから繊維へ」。同じ“環境”への取り組みに見えますが、なぜ組織を飛び出して個人でやろうと思われたのでしょうか。
中村)2019年に立ち上げたブランドは、大手のアパレルブランドの共感もあって軌道に乗りました。出口の保証ができたことで会社としても取り組みやすくなり、予算もしっかりとつくようになります。社会の変化もあり、注目もしていただけるようになりました。
私自身、このブランドの立ち上げ時には「この素材で売上をつくり、その利益を現地のゴミ拾いボランティアの方々に還元する」ことを夢見てきたのですが、企業として大規模に動かそうと思うと、なかなかその優先順位は上がりません。
海から生み出したものを、海に還元できないのは不義理なのではないか。そう考えたときに、会社の枠組みに留まるのではなく、独立して自分の強い意思で動けるようにしようと決断しました。
ゴミは「過去の豊かさ」。未来を紡ぐ出会いの活動「拾活」
ーーオーシャン太郎では、リサイクル繊維に使用する海洋ゴミを集める「拾活」にも取り組まれています。
中村)拾活という言葉を使っていますが、「拾」という漢字はてへんに合うと書きます。つまり「手で触れて、出会う」活動です。海で拾うものは全部、過去に誰かを喜ばせたものです。発泡スチロールは新鮮な魚を届けるため、漁網は美味しい魚を獲るために使われてきました。最初からゴミだったものは1つもありません。全部「過去の豊かさ」をもたらしてくれたものです。
その過去の物語を「未来の豊かさ」に変えていくことが「拾活」であり、その物語をバラバラだったゴミと人と企業を繋ぎ合わせながら一筋の糸として紡いでいくのが「オーシャンスレッド」です。現場でゴミを拾い続ける人たちの善意を、徒労に終わらせないという希望を体現する言葉として、どちらもオーシャン太郎の大切なキーワードになっています。
ーー拾ったゴミを繊維にする、この活動の理解を得るために石垣島に3年間通い続けたと伺いました。
中村)新聞で「石垣島でのビーチクリーン活動で1万2,000本のペットボトルが集まった」という記事を見て、現地のボランティア団体に会いに行ったことから石垣島の方々との関係が始まり、最初は「せっかくボランティアで拾ったゴミを金儲けに使うのか」と言われるところからのスタートでした。
ですが、“マイクロプラスチックが出にくい糸の作り方がある”こと、“問題のある製品は作らない”ことを何回も通って伝え続けました。コロナ禍も含めて1年、2年と通い続け、誠意を持って伝え続ければ必ず伝わると信じていました。
ーー通い続けて変化はありましたか。
中村)3年目の2021年に「やってみてもいいよ」という言葉をもらえたときは本当に嬉しかったです。そこからは、毎年3月にある大々的なビーチクリーンイベントに、関わりのある企業の人たちも連れていくようになりました。買う側の人たちが現場を自分の目で見ることで、この問題を自分ごととして捉えてくれています。この循環がとても大事だと感じますし、これからもっと広げていきたいですね。
ビーチクリーン活動前後の平久保海岸(石垣島)の様子
突破口は人との縁。積み重ねた想いが、トヨタやANAとの共創につながった
ーーオーシャン太郎として独立後、トヨタ自動車やANAなど、日本を代表する企業との連携も生まれています。どのようなきっかけがあったのでしょうか?
中村)トヨタ自動車に勤めていた大学のボート部の同期と再会したことがきっかけでした。その際に、海洋ゴミのリサイクル繊維で作ったTシャツをプレゼントしたところ、数日後に「工場から出たペットボトルでランドクルーザーのシートを作っているチームを紹介するから、プレゼンしてみないか」と話を進めてくれました。プレゼン後、新素材の開発としてトライしたいと連絡もいただき、カーシート用の繊維としての試作品制作や、その他のトヨタ製品への搭載に向けた動きが進んでいます。
ーーANAとはどのような繋がりなのでしょうか?
中村)石垣島のビーチクリーンイベントでの出会いです。石垣島出身の方で、地元の海をなんとかしたいという強い想いを持つANAの社員の方が声をかけてくれて「一緒にANAの新規事業制度に申し込んで、一緒に何かできないか」という提案をいただきました。その結果今年2025年1月27日に「オーシャンスレッド」第1弾商品として発売され、その糸にはANAの社員が石垣島で一緒に拾ったゴミが含まれています。
ーー大企業がなぜこれほど協力的に動いてくれたのでしょうか。
中村)正直、自分では特別なことをしている感覚はあまりないです。ただ、現場に通い続けることや、言葉だけではなく行動で示し続けることは、ずっと大切にしてきました。その積み重ねを見て、「一緒にやってみたい」と思ってくださる方が少しずつ増えていったのかなと感じています。
人との縁も大きかったですね。大学時代のボート部の同期からは、彼の引退試合の後に私が涙を浮かべながら「お前の分まで俺が頑張る」と言った言葉が、ずっと心に残っていたと後から聞きました。私は正直あまり覚えていなかったんですが(笑)、そういう何気ない言葉や、その後の生き方を見て、「こいつなら最後までやり切るだろう」と信じてもらえたのかもしれません。
結局、人も企業も動かすのは、肩書きや会社の大きさではなく、その人が何を信じて、どこまでやり切るかなんだと思っています。
善意を「徒労」に終わらせない。“出口”から始まるOCEAN THREAD®の循環
ーー今、事業として最も力を入れていることを教えてください。
中村)海洋ゴミのリサイクル繊維が製品として使われる“出口”を作ることです。そしてゴミを回収した現場に還元される仕組みを安定して続けていきたいです。海岸でゴミを拾い続けている人たちから「ゴミを拾っても埋め立てられるだけ」「焼かれるだけ」という言葉を何度も聞いてきました。途方もない量のゴミを前に、やりきれない気持ちで続けている人たちがいます。ですが、現状漂着ゴミの中で繊維として再生できるものは、重量にして約10%です。その10%が「宝物に変わる可能性がある」と示すことができれば、残りの90%と向き合う気力が生まれてくると思っています。だからこそ事業として安定して続けていくためにも“出口”はできるだけ大きくしていきたいです。
ーー具体的にどのような“出口”を目指されているのですか。
中村)例えば、トヨタ自動車のモビリティ領域で素材として活用されれば、長期的かつ安定した繊維供給が必要になります。ANAでも、機内の内装や関連プロダクトなど、日常の中で多くの人に触れていただける形に広がっていけば、その分だけ現場から生まれる循環も大きくなっていきます。
私は、こうした社会実装のスケールがあってこそ、海岸で拾い続けている人たちの善意を、“徒労”ではなく“希望”に変えていけると思っています。
そして、スポーツチームとの連携も、その大切な出口の一つだと考えています。例えば、ファンや選手が一緒に海岸で拾活®に参加し、そこで回収された資源がOCEAN THREAD®としてグッズやユニフォーム、チームアイテムへと生まれ変わる。そんな循環を、いくつかのクラブと一緒に模索しています。
ただ環境活動をするだけではなく、「自分が拾ったものが、未来の価値として戻ってくる」という体験そのものが、人の意識や行動を変えていくと思うんです。チームにとっても、ファンにとっても、地域にとっても、みんなに意味のある循環をつくっていきたいですね。
ーーこれから目指す未来を教えてください。
中村)多くの人は、「海のゴミはどうしようもない」と、どこかで目を逸らしてしまいます。でも私は、その一つひとつに、もう一度価値を生み出せる可能性と、未来につながる物語があると信じています。
まずは回収拠点をさらに広げて、石垣島や対馬だけではなく、日本中の海岸で「拾ったものが宝物に変わる」という体験を広げていきたいです。各地で拾い続けている人たちの善意が、徒労ではなく“希望”に変わっていく。その循環を、OCEAN THREAD®で形にしていきたいと思っています。そして、その価値がしっかりと現場へ還元される仕組みを、持続可能な事業として育てていきたいです。
これまで現場で出会ってきた人たちと交わしてきた約束を、今度は自分自身の責任で、最後までやり切りたい。
海にたどり着いたものにも、もう一度輝ける未来がある。そう信じながら、これからも一筋の糸を紡ぎ続けていきます。
ーーありがとうございました。