【第171回直木賞の受賞作を大予想!】2回連続で的中させた静岡新聞記者が推す本命は? 候補作の魅力を交えて発表します!
静岡トピックスを勉強する時間「3時のドリル」。今回のテーマは「第171回直木賞の受賞作を大予想!」。先生役は静岡新聞教育文化部長の橋爪充が務めます。 (SBSラジオ・ゴゴボラケのコーナー「3時のドリル」2024年7月10日放送)
(橋爪)日本文学振興会主催の第171回芥川賞、直木賞の選考会が7月17日、東京・築地の料亭「新喜楽」で開かれます。
(山田)もうこんな時期なんだ。芥川賞と直木賞は年2回ありますからね。
(橋爪)毎年1月と7月に発表されます。芥川賞と直木賞が同じ日に選考会があって発表されることになっていて、日本の文学界にとっては年2回開催される「お祭り」的な行事ですよね。
(山田)このコーナーで橋爪さんは毎回、直木賞のノミネート作品を読んで受賞作を予想するというのをやっていますからね。
(橋爪)なかなか良い機会をいただいてます。
(山田)しかも、今まで的中させているというね!何回でしたっけ?
(橋爪)2回連続です。
(山田)2回連続的中ということなので、「今回も」ということで予想するということですね。
(橋爪)恐れ入ります。
(山田)改めてこの賞の内容から入ってもいいですか。
(橋爪)直木賞はエンターテインメント小説が対象で、注目度も高いし、選ばれれば本も売れるという傾向にあります。なので、書店、出版社、作家さんも選考会に大注目しています。
昨年の今頃の第169回直木賞は、島田市生まれの永井紗耶子さんが「木挽町のあだ討ち」で受賞しました。
(山田)そうでしたね。
(橋爪)静岡県勢としては41年ぶりの快挙だったという話もこのコーナーでしましたね。そして今年1月17日発表の第170回では、河﨑秋子 さんの「ともぐい」と万城目学さんの「八月の御所グラウンド」が同時受賞しました。
「ともぐい」を覚えてますか?「令和の熊文学の最高到達点!!」
(山田)橋爪さんがこの番組ですごい推してましたもんね。
(橋爪)そうです。これは本当に力の入った作品でした。
(山田)そうしたら選ばれたと。的中でしたね。
(橋爪)はい。そういえば、静岡書店大賞とか本屋大賞もほぼ的中…。
(山田)もういいです(笑)
(橋爪)自分で言うっていうね(笑)
(山田)これまでかなり当ててるということは、橋爪さんが紹介する本は賞に選ばれやすいということで。今回も行ってみましょう。
ノミネート5作品のうち4点が短編集
(橋爪)まずは候補作品を紹介します。青崎有吾さんの「地雷グリコ」(KADOKAWA)、麻布競馬場さんの「令和元年の人生ゲーム」(文藝春秋)、一穂ミチさんの「ツミデミック」(光文社)、岩井圭也さんの「われは熊楠」(文藝春秋)、柚木麻子さんの「あいにくあんたのためじゃない」(新潮社)。山田さんはこの中で読んだ本はありますか?
(山田)ないですね。
(橋爪)最初に言っておくと、残念ながら今回も第170回に続いて静岡関係の候補者がいらっしゃいませんでした。といっても、前回は万城目学さんが実は静岡関係者だったという話を翌週にしましたね。就職して数年間、三島市に住んでいたという。
(山田)われわれは結構、無理やり静岡と関係させるという傾向がありますけど(笑)
(橋爪)そうですね。一応そういう目で候補作品を読んだんですけれども、なかなかそういう方はいらっしゃらないし、なおかつ作中に出てくる静岡的要素も目を皿のようにして探したんですけれどもほとんどありませんでした(笑)。
(山田)では、今回はひいき目なしですね。
(橋爪)1個だけあったんで言わせてもらってもいいですか?
(山田)どうぞ。
(橋爪)麻布競馬場さんの「令和元年の人生ゲーム」の第3話「令和4年」。語り手が結婚相手となる大学時代の同級生との過去を振り返ったときに、「そういえばゼミ合宿で伊豆に行った」というくだりがありました。それだけでした。
(山田)よく見つけましたね(笑)。
(橋爪)私が読んだ限り、この5冊の中で静岡的要素はそこだけでした。
今回の5冊の傾向を先に言いますと、短編集が多いんです。岩井圭也さんの「われは熊楠」以外の4冊は全部短編集です。第170回のノミネート作は万城目さんが表題作に短編がもう一つ付くという体裁だっただけで、あとの4冊は基本的に長編でした。この辺りが前回との大きな違いですね。
(山田)確かに。
(橋爪)たまたまなのかもしれませんが、前回の「3時のドリル」で映画「ルックバック」の話をしましたよね。山田さんも見に行かれたんですよね。
(山田)面白かったです。原作も大好きですよ。
(橋爪)あの作品は上映時間が58分なんです。もう一つお話した映画「告白」も74分。
(山田)だから、短編ブームというか、みんな長い時間見ることができなくなってきているんじゃないかと番組で僕は言いましたけど。
(橋爪)そうなんですよ。「比較的短い時間で楽しめる」ものが好まれる時代に入ってきたのかもしれません。これだけを切り取って断言するのは危ないですけど。
(山田)でも、青山美智子さんも短編で本屋大賞4年連続ノミネートですから。
(橋爪)ちょっとそういう傾向が結構あるかなというところですね。
大本命は唯一の長編。岩井圭也さんの「われは熊楠」!
(山田)さあ、さあ。
(橋爪)では受賞作を予想しますね。ずばり…岩井圭也さんの「われは熊楠」だと思います!
(山田)短編じゃないじゃないですか。
(橋爪)短編ではない作品が受賞すると思います。
(山田)これだけ短編、短編と言っておいて(笑)。
(橋爪)この作品は私の中では「断トツに刺さった」と言っていいかもしれないです。南方熊楠の名前を聞いたことがありますか?和歌山県で生まれた在野の博物学者、生物学者、民俗学者です。在野というのは、どこかの大学とか、研究機関に所属せずに研究を続けた人のことです。
(山田)言うなればフリーの研究者ということですね。
(橋爪)さまざまな学問分野で業績を残していて、一番有名なのが菌類や「粘菌」の研究です。粘菌というのは、菌類とは違う「子実体」という小さなキノコのようなものを作る単細胞生物のことです。自分で動くという意味では動物的な性質を持つけれども、胞子で繁殖するという植物的な性質を併せ持つ不思議な生き物です。
南方熊楠は、粘菌の第一人者として昭和天皇に進講したこともあるというぐらい世の中に認められていた人です。
(山田)実在した人物なんですね。
(橋爪)そうです。和歌山に行くと超有名人で、「粘菌学の父」と言われたりもします。和歌山県田辺市には記念館もあります。
岩井さんの「われは熊楠」の特徴は、熊楠が幼少期からのじいさんになるまで、ずっと貫いた考え方「我(あが)を知るためには世界を知ればよい」という側面を徹底的に描いたことです。「世界中の全てを知りたい」という、ある意味でとち狂った考え方を途中で諦めることなく実践し続ける人で、ひたすら勉強して、ひたすら本を読みまくり、ひたすら山で動植物を捕まえて標本を作る。だけど、お金は全然ないという。
(山田)へえー。
(橋爪)小説を読む限り、結婚もして子どももいるけど収入はほとんどなく、晩年まで弟に援助してもらっていたようです。あんまり社会との折り合いはよくない。酒飲んで暴れて留置場に入れられて、なんていうシーンもあります。
一方で、彼の考え方が刺さる人はいて。その最たるものが、奥さんの松枝さん。神社の娘で生真面目な性格で、破天荒な熊楠の行動でいろいろな意味で「被害」を受けるんです。めちゃくちゃ悲しいことも起こるのですが、この夫婦は互いに途方もない時間をかけて距離を詰めていくというのがこの本を読んでいると伝わってきます。ラスト、死ぬ間際にある頼みごとを口にする熊楠に対して「NO」を言うんですね。
(山田)へえー。
(橋爪)「断る」NOなんですが、読んでいる方としてはこれ以上熊楠を理解・評価しての返答はないと思えてしまいます。本当に、300ページかけてこの心境にたどり着くか、という感動があって、他の小説にはないものでした。
(山田)かなり推しますね。時代は?
(橋爪)明治から昭和にかけてですね。
(山田)「かつてないエモーショナルな歴史小説」と紹介されてますね。
(橋爪)本当にエモーショナルなんですけど、コツコツ積み上げて300ページぐらいで爆発という感じですね。優れた小説というのはそういうものじゃないですか。
(山田)橋爪さんのイチオシは岩井圭也さんの「われは熊楠」。これは来るだろうということですね。
ダブル受賞候補は柚木麻子さんの「あいにくあんたのためじゃない」
(橋爪)このところ直木賞は2人選出が常なので、もう1冊選びますね。
(山田)はい、もう1冊。
(橋爪)柚木麻子さんの「あいにくあんたのためじゃない」です。短編集で6編入っていているんですが、まったく外れがない。タイトルからして面白いんですが、冒頭は「めんや 評論家おことわり」。ネット上のラーメン評論家が痛い目に合う話なんですけど。
(山田)面白そう(笑)
(橋爪)あと、「商店街マダムショップはなぜ潰れないのか?」というのもあります。地方都市の商店街にそういうブティックはよくありますよね。
(山田)僕は商店街をよく回ってますからわかります。
(橋爪)地方都市の商店街にずっと存在する「ブティック」的な店で3万円以上するスワロフスキーの埋め込まれたカエルの置物を買う話なんですけど、とにかく、どれもディテールが凝っていて、登場人物の造形が気持ちいいところに手が届いている感じがするんです。オチがちゃんとあるし、読み物として快感があるんです。
(山田)なるほど。
(橋爪)だから、1作受賞なら岩井さん、2作選ばれるとしたら岩井さんと柚木さんかなと予想します。柚木さんは6回目の候補なので、「そろそろ取らせなければ」と考える人もいるかもしれませんが、そういうことよりもこの作品自体が素晴らしいです。
最後に駆け足でもう1冊紹介します。青崎さんの「地雷グリコ」。これもなかなか侮れない。これも4編の短編集ですが一気読みしちゃいます。わかりやすく言えば、小説「成瀬は天下を取りにいく」と漫画「カイジ」の掛け合わせのようです。
(山田)まじですか。
(橋爪)読めばわかります。カイジの有名なゲームで「限定ジャンケン」というのがありますよね。
(山田)限定ジャンケン!めちゃくちゃ面白いですよね。
(橋爪)青崎さんの本には「自由律ジャンケン」というものがあります。
(山田)面白いですね。
(橋爪)ここでは詳しくは話しませんが、自由律ジャンケンを含めて5つのゲームで心理戦を展開します。主人公は高校1年生の女子高生。
(山田)成瀬じゃないですか!
(橋爪)成瀬の友達に島崎さんという子がいますよね。それに近い登場人物も1人出てきて。
(山田)ざわざわしますね。
(橋爪)ということで、候補になった作品は賞を取るかどうかに関係なく、どれも素晴らしいので、ぜひ読んでもらえれば。
(山田)橋爪さんの予想はあくまでもお薦め作品ということで。ただ、来週の7月17日には発表ありますよということで、チェックはさせていただきますから(笑)。楽しみにしております。今日の勉強はこれでおしまい!