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日食なつこ コロナ禍の新常識を利用し倒したアルバム『アンチ・フリーズ』を語る

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日食なつこ 撮影=森好弘

某県の山奥に移住してから1年。生活のみならず音楽制作の大半を一人で行うようになったという日食なつこが3rdフルアルバム『アンチ・フリーズ』をリリースした。一人でできてしまうことの良さ、悪さも感じているという彼女が新たなライフスタイルの中で生み出した新作は、「コロナ禍で世界中にもたらされた新常識や縛りを“これでもか”と利用し倒したアルバム」だという。困難を乗り越えて、自分なりの新たな自由を導き出すヒントを与えてくれる『アンチ・フリーズ』について話を訊いた。

――まず7月2日にヒューリックホール東京で行われた1年4か月ぶりの有観客ワンマン・ライブ『白亜』は、サポートドラムのkomakiさんの出演が急遽キャンセルになり、日食さんのまさにワンマンライブになって、ビックリしました。

1週間前に体調不良ということを言われて、どうするかをkomakiさんの体調と相談しながら考えていたのですが、一人でやるというのが決まったのは本番4日前でした。でも私はいつもライブで一人で全てできるように準備を進めてきていたので、“できる!”と肚を決めて、セットリストも変えずにやりました。映像さん、音響さん、照明さんの力を借りながら、なんとか気合で乗り切りました(笑)。

――“潔さ”が歌からもピアノの音からも伝わってきました。

昨年8月から山にこもって、スタッフとの打ち合わせもオンラインだったので一人でやるというスタイルがさらに進化したというか、コロナになる前よりも一人でやるということが板についたのかもしれません(笑)。逆にこれからどんどん一人を極めてしまわないか、自分でも心配です(笑)。一人でなんでもできてしまうことの良さ、悪さもこの1年半で色々と感じています。

――山奥に移住して約1年経ちました?

ちょうど1年です。元々田舎出身なので、いつかは山に帰るんだろうなと思っていたし、コロナでこの状況になって、音楽制作をスムーズに進めるには、東京にいない方がいいと感じていたので、あのタイミングで逃げるようにというか、引越したのも予定通りといえば予定通りです。コロナ禍での生活になる前から、どこかで一旦休みを挟みたいと思っていました。それは今走っている速度が速いのか遅いのか、客観性がなくなってわからなくなり、自分の活動を客観的に見るための計画停電じゃないですけど、休みが1回欲しかったんです。そう思っていたところにコロナでこの状況になったので、この間は日食なつことしてではなく、お客さんとして音楽と向き合ったりできたので、個人的には有意義な時間になりました。それからライブやツアーを1年に何本も何回もやることって、もちろんお金を稼ぐためではあるのですが、正直、精神的にも肉体的にもきつくて、それは私だけではなく多くのアーティストが感じていることだと思います。今回動きが止まったことでクールダウンになったし、もちろん財政的には苦しい部分もありますが、色々なことを見つめ直すいい機会になりました。

みんなもっと自分の機嫌をとればいいのにって思います。人の機嫌をとって、それで褒められてもどうなんだろうって。

――周りの環境や、待っているファンがいることも自覚しつつ、そのために一所懸命やらなければ、と思うかもしれないけど、でも最終的には創作者がいかに“機嫌よく”作品を作ることができるかが、全ての根源になると思います。

本当にそう感じます。みんなもっと自分の機嫌をとればいいのにって思います。人の機嫌をとって、それで褒められてもどうなんだろうって思っていて。他のアーティストも、いかに自分が機嫌よく仕事をするかだけを考えて、どんどん色々なことから逃げるべきだと思う。もちろんそこには責任が伴うので、逃げた先でも色々なことができる状態を見つけられた人から、どんどんそうするべきだと思います。

――SNS時代は、アーティストのライフスタイル込みでその音楽を好きになるか嫌いになるか、ファンもアーティストもそれぞれがますます選別し、選別される流れが強くなりそうな気がします。

今の時代、アーティストもSNSでその私生活の様子はだだ漏れだし、ライフスタイルが見える事でファンはアーティストの、アーティストはファンの、選択がさらに進みそうで、それでいいんじゃないかとずっと思っていて。だからアーティストも、一番長く走れるルートはどこなのかを、早い段階で見極める必要があると思います。私はこの1年で東京にいるよりは、山の中にいる方が曲はたくさん書けるということがわかりました。

――そんな中で作り上げた3rdフルアルバム『アンチ・フリーズ』の資料には、“進み続ける全ての人へ、日食なつこのアイスブレイク”というキャッチが付けられています。

前作の『永久凍土』から一年半の記録的な側面もありつつ、自分の根源を追求しているような『永久凍土』みたいな作品とは真逆のものを作りたくて、そのためには『永久凍土』を溶かさないと、と思い自分像を塗り替えたくて“アンチ・フリーズ”という言葉と考え方が浮かんできました。コロナ禍を越えた先に待つ新しい世界では、凍り付いた価値観のままでは歩くことはできないし、そのためにはコロナ禍で動けなくても、心は凍り付いたままじゃいけない、そんな思いを込めました。新曲だけではなくて、すでに世の中に出ている作品も収録されているので、新鮮さという部分はわりとなくなってきていたので、新曲では今までやったことがないことをやってみようと。

――1曲目の「なだれ」はポップで希望を与えてくれる曲ですが、《凍る》《凍りついて》という言葉が出てきます。これはたまたまですか?

実はこれは、高校時代に好きだったアカペラグループの曲を10年ぶりに聴いた時、当時の記憶が蘇ってきて、もしよかったら再結成してくれませんか、という私の希望を書いた曲です(笑)。だからサビが《たとえば何百年前に 凍りついて終わったはずの桃源郷》で、再結成して欲しいという思いが《もう雪崩落ちる寸前だ》という歌詞に込められています。でも今の状況の中で聴くと、コロナ禍のせいで色々なものが1回凍ってしまったけど、それでもなんとか形を変えて流れ出そうよ、というメッセージにも捉えられるなと思いました。そう考えるとこのアルバムは、コロナ禍を踏まえた曲というのは、少ないのかもしれません。

――先日のライブでも映像が印象的だったアルバムのリード曲「真夏のダイナソー」は、日食さんの作品の中では、今までと違う温度感、色を感じさせてくれて、新鮮ですね。

『永久凍土』が“苦行の最中”的な曲が多かったので、そこを抜けた、単純に音楽として楽しい曲を意識的に書いておきたいと思いました。

――日食さんの作品はどちらかというと心情を描く作品が多くて、情景をスケッチしながら心模様を描く「真夏のダイナソー」は、珍しいタイプの曲ですよね。

忘れもしない何年か前の夏のツアーで、大阪から機材車に乗せられて東京に帰る途中、高速道路を走っている時に窓の外を見たら、ものすごく大きな雲が広がっていて、そこから始まった曲です。3~4年前からあった曲で、その時からこの曲は絶対n-bunaさんのサウンドが合うと思っていました。n-bunaさんがボカロPの時代から大ファンで、いつかお願いしたいと思っていました。

――n-bunaさんにはなんと?

この曲から出てくる“n-bunaさん的夏”をお願いします、とだけ伝えさせていただきました。ガチファンとして絶対的な信頼があったので。

――n-bunaさんのサウンドも、日食さんの歌詞とその文脈から漂ってくる空気をキャッチして、それを音で描いている感が伝わってきました。《空が足りない》という言葉がとても印象的ですが、歌詞は一筆書きだったんですか?

勢いで書いた気がします。こういうタイプの曲はこねくり回すより、勢いで書いた方がいいなって思っていました。入道雲を見て、出てくる言葉をそのまま紡いでいった感じです。

このコロナ禍でこんなに楽しそうに引越しをしているのを感じると、むかつく人もいるかもしれませんが、これはルート分岐の歌というか。

――先ほど、拠点を移したお話を聞かせていただきましたが、「HIKKOSHI」という曲がありますが、この歌詞はほぼドキュメントですか?

中古車を買って、それに荷物を詰めて新居に向かう途中に出てきた曲です。途中で車を止めて書き留めて、また走らせながら頭の中で曲をまとめて、それを何度か繰り返して、実際にラジオから台風情報も流れてきたのでそれも歌詞にして。途中のコンビ二でバターロールとサラダチキンを食べたのも事実で、新居に着いた頃には曲ができていました。これも勢いだけで書いている曲です。人によってはこのコロナ禍でこんなに楽しそうに引越しをしているのを感じると、むかつくという人もいるかもしれません(笑)。でもこれはルート分岐の歌というか、この状況の中でこいつはこんなに堂々と引越しをしている、やってもいいんだ、できるんだ、という前例にもなれると思うし、私なりのメッセージになっています。さっきライフスタイルの話が出ましたが、この曲だけでなく、このアルバムを一枚聴いて、自分のルート分岐を考えるきっかけになってくれれば嬉しいです。

――この曲はガリバー鈴木さんがアレンジを手がけています。

ガリバーさんが手がけるアーティストの曲ってオーガニックなというか、ほっこりするものが多くて、そういう曲って自分の中からは今まで出てこなかったので、曲が書けた時点で「真夏のダイナソー」でのn-bunaさんのように、“これ、ガリバーさんだ”ってピンときました。

――他にも何人かの方にアレンジを依頼していますが、やはり化学反応が楽しめるというか、どの曲も新鮮で斬新な空気が流れてきます。「99鬼夜行」も香港のアーティスト・Blood Wine or Honeyが手がけ、不思議な肌触りのアレンジになっています。歌詞も「百鬼夜行」的な状況の今の日本の社会を皮肉っているのかなと思ったら、実はそうじゃなくて、でもそうやって聴く人の想像力を掻き立ててくれる曲が、日食作品という感じがします。

この曲は「HIKKOSHI」とかと違って、ギリギリのところで景色を確定させていなくて“ぼかし”が多いです。なので、この世界観にスッと入ることができる人が多いのかなと思います。今回この曲と「泡沫の箱庭」は、アジア圏のトラックメーカーとコラボをしようということで、プロデューサ-氏が色々とトラックメーカーを提案してくれました。「99鬼夜行」はムシっとした熱帯夜の怪しい感じを出して欲しくて、香港のマルチアーティストBlood Wine or Honeyさんにお願いしました。

――オンラインで完成した感じですか?

そうです。オンラインでリクエストを伝えて、音のやりとりをしてっていう、今の状況だからこそ生まれた音楽なのかもしれません。言葉の壁を越えられないからといって引いてしまうのはもったいないし、この状況に乗じてやってしまえ、という感じで作ったうちの1曲です。

――ずっと新しいことにチャレンジしてみようと思っていたのか、逆境だからこそ乗ることができた制作方法だったのか。

たぶんこの状況にならなかったら現状維持というか、これまでの制作スタイルのままだったと思います。追い込まれてやったというのが正直なところです。裏を返せば、こういう状況にならなかったら挑戦しなかった“畑”がたくさんあることは自覚したので、その自覚を持って、自分でトラックを作ってみたり、色々な挑戦をしました。でもこのチャレンジをしていなかったら、あと数年で活動休止になっていたかもしれません。たくさん刺激をもらいました。

――“次”が楽しみになるアルバムでもあります。

今回の作品は2年間の総括なので、次のアルバムは完全にコロナ禍の後からのスタートという感じになるので、私自身も楽しみです。このアルバムにも3~4年前に書いた曲が入っているように、古い曲を順番に出してきているので、次は完全にコロナ禍以降の作品で構成できると思います。また全然違うモード、コンセプトになるはずです。

取材・文=田中久勝 撮影=森好弘

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