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矢野顕子の音楽をかたちづくった「忘れられない体験」

ほぼ日

1970年代から現在まで、唯一無二の音楽性と歌声でリスナーを魅了しつづけてきた、ミュージシャンの矢野顕子さん。

YMOや石川さゆり、上原ひろみ、YUKIなど、さまざまなジャンルのアーティストとのコラボレーションもたくさん重ねてきました。

そんな矢野さんが、有名無名を問わず、たくさんの人の話を、映像とことばで気軽にたのしむことができる「ほぼ日の學校」に出演。矢野さんの音楽への飽くことのない探究心は、どこから来ているのでしょうか? 小学生のときに体験した、矢野さんの「音楽のみなもと」についてお話しいただきました。

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3歳のときからピアノを始めて、一度も嫌いになったことがないという矢野さん。「ピアノだったら、ずーっといくらでも弾いていられる」──その楽しさや喜びは、彼女の音楽への「好き」の「土壌」になったそうです。

ただ、矢野さんの音楽への想いを決定づけることとなった、ほんとうに衝撃的な体験は、小学校高学年のときに訪れます。

矢野さんが小学四年生から六年生までのときの担任の先生は、特別支援学級の先生も兼ねていて、ときどき混合で授業していたそう。矢野さんがピアノの伴奏をしながら、特別支援学級の生徒も含めて合奏をしたとき、「忘れられない体験」が起こりました。

◆矢野さん「たとえば、証城寺の狸囃子をやりますよね。特別支援学級の子は、タンブリンを定まったテンポではできないから、わたしはなんとなくテンポに合わせてピアノをゆっくり弾いていたわけです。曲の半分ぐらいまでできると、その子の顔がぱぁーと明るくなって、お母さんたちが泣くんですよ。うわすっごいな、と。わたしとしては『なんで泣いてるんだろう』と思うんですが、なんだか知らないけど、『この喜びは何?!』みたいな経験がありました」

その体験のなかで、矢野さんはあることを学んだと言います。

◆矢野さん「たとえ能力的に平均ではなくても、その人が頑張ってできたことを、みんなが喜ぶことはできる。それを小学校の時に実際に体験させてもらえたのは、やっぱり忘れられない。そのときに思ったのは、能力で人を評価するのは間違いであるということ。わたしは誰にもできない方法でピアノが弾ける。でも、わたしと一所懸命タンブリンをやってる子の間には何の差異もない。それを肌で感じられたのが、もしかしたらわたしの原点かもしれないね」

そうした喜びを共有できたのは、「音楽」というものがもつ力のおかげだったのではないかとも、矢野さんはつづけます。

◆矢野さん「その授業に音楽を使ったのが、その先生の素晴らしいところだと思う。もちろん他のアートもあるけれども、『あぁいいな』という気持ちを共有できるものとして、音楽は一番強いと思うんだよね。いまでも何かの形で自分が感じられたとき、本当に音楽家でよかったと思うんです。みんなで『いいよね』を共有できる。それを自分がつくり出すことができる。それは本当に恵まれてるなと思います」

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「ほぼ日の學校」で配信中の矢野顕子さんによる授業「『音楽のまえがき』。あらためて音楽のことを、たっぷり。」では、矢野さんが「とんでもない困難なセッション」でもやり遂げられる理由、好きな音楽の話など、珠玉のお話がほかにもたくさん語られました。

全編は、「ほぼ日の學校」の動画でご覧いただけます。

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