幼児の意欲を摘まないしつけの極意正解を求めずわが家なりの「あんばい」を育てる【宮里暁美先生に聞きました vol.2】
「何度言っても同じことを繰り返す」「お友だちを叩いてしまったら……」と、日々のしつけに頭を悩ませるママ・パパは多いと思います。叱らない育児という言葉が広まる一方で、公共の場での振る舞いや社会的なルールをどう教えるべきか、その境界線に迷う声も多く聞かれます。
お茶の水女子大学こども園の初代園長・宮里暁美先生は、「しつけとは、社会的なルールを押し付けることではなく、しあわせな生き方をイメージさせること」だと語ります。
3歳・4歳という、自己主張と意欲が爆発する時期。子どもの「やりたい!」という芽を摘まずに、豊かな社会性を育むための向き合い方について、宮里先生にお話を伺いました。
【この記事で宮里先生が語っていること】Q. 何度注意しても同じことを繰り返します。どうすれば伝わりますか?
A. 同じ言い方で伝わらないのは、コミュニケーションの“ボタン”を押し間違えている証拠。言い方や場所を変えるなど、別の策を考えてもいいかもしれません。
Q. お友だちとの貸し借り。「貸して」と言って借りるのが正しいルールですか?
A. 「貸して」を魔法の言葉として信じさせないほうがいいと思います。「言えば手に入る」という教え方は、相手の感情を無視した身勝手な論理につながる恐れもあります。ルール以前に、相手に「感情がある」ことを知らせることが先決です。
Q. お友だちの家庭と「しつけの基準」が違うときは?
A. 基準が違うことが当たり前です。かといって「うちはうち」とガチガチに考える必要はありません。迷い、揺れながら子どもと応答し続けることで、結果として「わが家のあんばい」ができていくものです。
「何度言っても伝わらない」のは策がなさすぎる
―― 公共の場で騒いだり、お友だちとトラブルになったり。何度注意しても伝わらないとき、親としてはつい感情的に声を荒らげてしまいがちです。
宮里暁美先生(以下、宮里):そうですよね。親御さんが怒りたくなる気持ちはよくわかります。「何度言ったらわかるの」と思うのが普通です。ですが、厳しい言い方をすれば、それは大人側に「策」がなさすぎるということかもしれません。何度言っても伝わらないのは、その言い方やタイミングが、その子には響かない「ボタン」だということです。
――押しているボタンが、そこじゃない。
宮里:そう。むしろ、同じボタンを押し続けることで、子どもが「もっとやる」と逆噴射してしまうこともあります。たとえば、お友だちを叩きそうなとき。遠くから「叩いちゃダメ!」と叫んでも、本能が勝っている子どもには届きません。そんなときは、叱る前にスッと至近距離に近づいて、物理的に止められる場所にいる。言葉で指示するより、そうしたほうがずっと効果的です。
――言って聞くようであれば、もう聞いているはずですもんね。3歳、4歳の子どもにとって、湧きあがる衝動を抑えるのはそれほど難しいことなのでしょうか?
宮里:お友だちを叩くという行動の前には、その子なりの理由や背景があります。感情が昂ぶっているときに、「叩かない」というルールを頭で理解し、自分を律するのは難しいものです。言葉を理解しても、それを実行できるかどうかは別物なんですね。だからこそ、何度も「ダメ!」と否定される経験を積むのではなく、結果として「叩かずに済んだ」という成功体験を積み重ねる方が、はるかに意味があります。ですので、危なそうだな、手を出しそうだなと思ったら、その前にスッと近寄ってそっと止める。そこはママやパパのサポート、アクションが欠かせません。
「貸して」を魔法の言葉にしない
――公園などでよく見る光景ですが、お友だちの物を借りたいとき、「『貸して』って言いなさい」と教えますよね。あのようにルールを教えるのは正しいのでしょうか。
宮里:私は、「貸して」を万能の魔法だと思わせるのは危険だと思っています。
――なぜですか?
宮里:言葉さえ出せば相手が貸してくれると覚え込んでしまうじゃないですか。でも、使っている側にしてみれば、今まさに夢中で遊んでいる最中ですよね。そこで「貸して」と言われたからといって、貸せるわけがありません。
――たしかに、大人でも作業を中断させられたら困ります。
宮里:なのに「言ったのに貸してくれない!」と怒る子がいたり、大人の圧で無理やり貸させられる子がいたりする。これでは、相手の感情を無視した「ルールの暴力」になってしまいます。
―― 「ルールの暴力」……。私自身もよかれと思って、それを子どもに強いてしまっていたかもしれません。
宮里:黙って取っちゃうのは奨励しないけれど、「今は使っているから、大丈夫になったら貸してもらおうね」と、相手には相手の事情があることを知らせる。「貸してと言えば何でもすぐに手に入る」わけではないということを学ぶほうが、よほど大切な社会教育だと私は思いますよ。
しつけとは「しあわせな生き方のイメージ付け」
―― 先生が考える「しつけ」の理想的なあり方とは、どのようなものでしょうか。
宮里:ルールを覚えていくことは大事ですが、それを「〜をさせない」「〜を禁止する」という否定的な枠組みだけで捉えると、子育ては苦しくなります。私が思うしつけとは、社会的なルールを通じて「しあわせな生き方をイメージさせること」です。たとえば、落ちているゴミを拾った子に「気がついてくれてありがとう。気持ちがいいね」と声をかける。これは立派なしつけです。「放りっぱなしにしない!」と叱るよりも、「こうすると自分もまわりもうれしい気持ちになる」というプラスの感情に紐付ける方が、子どもにはずっと深く響きます。
宮里:日常のなんでもない瞬間、たとえば給食を「おいしいね」と満足げに食べている。その姿を「きれいに食べられて気持ちがいいね。おいしくてうれしいね」と言葉にする。そうした小さな肯定の積み重ねが、子ども自身の自己肯定感と、他者への信頼につながっていきます。これからの変化が激しい時代を生きる子どもたちには、単に決まりを守る能力だけでなく、自ら幸福を感じ取り、意欲を発揮していく力が不可欠ですから。
ルールを厳格に守らせるより、幅を持たせた対話が大切です
――――最後に、周囲との比較について伺わせてください。自由になんでもやらせるご家庭のお友だちがいたとします。ちょっといたずらをしたり、まわりを困らせるようなことをしても、その子はあまり叱られない。でも、自分が同じようなことをすると、注意されたり叱られたりする。わが子は「なんで自分だけ」とモヤモヤする……。そんなとき、世間のルール、よその家庭のルール、わが家のルール、それぞれどう折り合いをつければいいのかと悩むこともあるんですよね。
宮里:それが社会というものですよね。まず家庭のルールでいうと、「うちは一貫してこうだ!」と絶対主義を貫く必要はありません。親によって、あるいはその日の状況によって、判断が少しずつ違ってもいいんです。むしろ、ご夫婦で意見が違うことだって、子どもにとっては「世の中には多様な視点がある」と知るよい機会になります。
―― ぶれがあると、子どもが迷うことはありませんか?
宮里:迷っていいんです。迷いながら、子どもは育っていく。また、親もぶれながら、子どもと応答し続けることで、親として成長していく。そのプロセスで、わが家なりの「あんばい」ができていくものです。
―― わが家なりの「いいあんばい」が見つかる、と。
宮里:はい。ガチガチのルールを一方的に押し付けるのではなく、「こうしたほうがお互い心地よいよね」と対話を通じてつくりあげていく。その中で子どもも、相手の事情を察する力を養っていきます。しなやかにぶれながら、子どもと向き合い続けること。その「心のゆとり」こそが、今のママやパパに一番持っていてほしいものですね。
宮里暁美(みやさと あけみ)
保育学者。大阪総合保育大学特任教授。お茶の水女子大学客員研究員。一般社団法人そだち・からだ・あそびラボ代表理事。文京区立お茶の水女子大学こども園初代園長。
長年、幼稚園、こども園での保育実践に携わり、子どもの「自ら育つ力」を信じる保育を提唱。著書に『子どもが伸びる育児のレシピ』など多数。