【不登校】「元気になっても“学校復帰”はしない」新たなる道“オルタナティブスクール”という選択[教育ジャーナリストがルポ]
フリースクールの“いま”を徹底ルポした『フリースクールという選択』(講談社+α新書)を5月11日(2026年)に刊行した教育ジャーナリストのおおたとしまささん。新書では、フリースクールを、小規模な独立型のフリースクール、大手通信制高校系列のフリースクール、オンラインフリースクール、オルタナティブスクールという4つのタイプに分けて、それぞれの特徴や選び方の観点・注意点を説明しています。
この記事ではおおたさんに、オルタナティブスクールについて書かれた「第4章 学校復帰は考えない新たなる道」の要点をハイライト版として教わります。
【記事のポイント】
●オルタナティブスクールは不登校の受け皿としてつくられたわけではない。
●思想が強く、合わなければ「よそへ」もあり得る。
●より良い社会適応か教育観の転換か、オルタナティブの意味にも次元の違いがある。
●形になるまで10〜15年かかることも。どこも試行錯誤の途中だと心得ておく。
●子どもの直感を信じる。玄関を開けて空気を吸えば、子どもにはわかる。
それは人材育成か教育か?
「オルタナティブ教育」という言葉を知っていますか? 一般的な学校とは違う教育思想に根ざしている教育を意味する言葉で、世界的に有名なのは、モンテッソーリ教育やシュタイナー教育です。
英語のオルタナティブは、直訳すると「別の選択肢」、意訳すると「新たなる道」みたいな意味です。そういう教育思想に基づいてつくられた学校をオルタナティブスクールと呼びます。
法律上の正式な学校と認められているオルタナティブスクールもあれば、認められていないオルタナティブスクールもあります。この記事で紹介する3つはいずれも後者です。つまり広い意味でフリースクールです。
一般的な学校には拒絶反応を示してしまいそうな子どもでも通いやすいし学びやすいという意味で、オルタナティブスクールは積極的な選択肢になり得ます。
あるいは、不登校や行き渋りをきっかけに、一般的な学校を見限る決断をする場合でも、オルタナティブスクールがその子にとっての学びの場になる可能性があります。
ただし「ここは一時的な居場所ではないから、元気になってもいっしょに学び続けよう。うちの教育が合わないのなら、よそへどうぞ」というのがオルタナティブスクールの大前提です。
もっと細かく見ていくと、オルタナティブ(別の選択肢)とはいっても「何に対しての別なのか」には次元の違いもあります。
人材育成と教育は似て非なるものだと私は考えています。硬い木材がほしいとか、甘くて大きい果実がほしいみたいに、なんらかの目的ありきで行われるのは人材育成です。
何が育つのかわからない種を蒔(ま)いてみて、どうしたら元気でいられるかをよく観察しながら大事に育てたら結果的に、綺麗な花が咲いたとか、おいしい実をつけたとか、真っ直ぐ頑丈な幹(みき)に育ったみたいに、子どもありきで行われるのが教育です。私なりの解釈では。
その定義にあてはめると、現在の一般的な学校は、教育機関というよりも人材育成機関です。現実社会への適応を促(うなが)す機能が圧倒的に強いからです。
そのうえで、
(1)これからの社会にうまく適応して生きていけるひとになるという人材育成の文脈で一般的な学校とは違うアプローチをするということなのか
(2)人材育成的な意味合いが強かった学校のあり方を根本からひっくり返して子どもありきの教育を実現する学校をつくろうということなのか
そこに大きな違いがあると思います。
この記事では、オルタナティブスクールの一例として、「箕面こどもの森学園」の様子を実況中継してみましょう。
子どもたちの進路についてスタッフのビミョーな心中とは?
一般的な学校と呼ぶには小さい。しかし一軒家ではないし、ただのビルでもない。「小さな学校」としか呼びようのない佇まいの建物が校舎です。
長髪にキャップをかぶりスケボーに乗った男の子が登校してきました。私が門を開けてあげると「ありがと!」と言って中に入っていきました。校舎は小学部と中学部に分かれています。
小学部は低学年クラスと高学年クラスの2クラスに分かれています。さらにそれぞれのクラスをいくつかに分割して、だいたい7〜8人のグループにスタッフが1人くらいの割合で活動します。
一週間の時間割がわりときちんと決まっています。1コマ40分を基本の単位として、午前3コマ、午後2コマ。といっても教科名が並んでいるのではなく、ざっくりと「ことば・かず」「テーマ」「プロジェクト」などの活動名が並んでいるだけです。
高学年の「ことば・かず」の時間には、「あー、もー、これムズい!」という嘆きが聞こえてきました。そのころ低学年の子どもたちは、歌を歌いながらかけ算九九を覚えていました。1年生の7人は音楽室で引き算の授業を受けていました。めちゃめちゃ元気です。
ホワイトボードを使って引き算を教える男性スタッフの表情がまずやわらかい。語り口も丁寧(ていねい)でゆっくりでやさしい。子どもたちをのびのびとさせながら、それでいて教室の空気はまったく乱れません。
「箕面こどもの森学園」の授業風景。午後の選択プログラムでは楽器の練習をする子やイラストや小説を書いている子どもがいた。 写真:おおたとしまさ
中学部では、ネイティブ講師による英会話や、海外の動画を見ながら人権や差別や偏見について議論する授業が行われていました。中学部では選択授業が多く、選択する授業がない生徒は個別に学習を進めます。高校進学を見据えている子どもも多いのでしょう。スタッフがいなくても、静寂のなかでそれぞれの課題を黙々とこなしていました。
中学部の子どもたちの進路について、スタッフが興味深い心中を明かしてくれました。
「多くは一般的な高校か通信制高校に進学します。一般的な高校に行った子たちも、一般的な日本の学校のやり方を受け入れてちゃんとやってるみたいです。
『整列とか多数決とかほんとにやってるんです!』って、こことのカルチャーショックをむしろ面白がっています。それを聞いて、ほっとするのが半分と、ちょっと残念に思っちゃう気持ちが半分です。
せっかく小学生のころからここでオルタナティブな教育を受けているのだから、海外に行ったり、職人さんの世界に弟子入りしたりという進路選択がもっと増えてもいいのではないかと思ってしまいます。そこは今後の課題ですね」
ちなみに小学部には、中学受験をして私立中高一貫校に進む子どもも毎年数人はいます。放課後に塾に通うなどして対策しているのでしょう。
子どもはガチャって玄関を開けて空気を吸ったらわかる
あまりに多様なフリースクールやオルタナティブスクールを選ぶ観点について、学園を運営する認定NPO法⼈コクレオの森で代表理事を務める藤田美保さんに聞くと、素敵なエピソードを教えてもらえました。
「大人は頭で考えますけど、子どもはガチャって玄関を開けて空気を吸ったらわかります。子どもの直感を信じてあげてほしいです。
うちでは入学の前に必ず4〜5日間の体験をしてもらい、入学を決めてくれたとき『どうしてうちに決めたんですか?』と聞きます。そうしたらあるとき、素敵なことを言うお父さんがいました。
『私は仕事で帰りが遅くていつも子どもの寝顔しか見られません。でも箕面こどもの森学園で体験を始めてから、寝顔が満足げだったんです。その寝顔を見たときに、もうここだと思いました』って」
どこのフリースクールがわが子に合っているかなんて、いくらキョロキョロしてもわかりません。でも、子どもの表情を見ればわかります。さまざまな学校現場を取材してきた経験から言わせてもらえば、これはフリースクールに限らず、中学受験や高校受験の学校選びでも同様です。
いろいろな学校を見ることで、「この子はこういうタイプの学校が好きなんだな」とか「自分は親として、こういう系統の学校が好きなんだな」などと、自分たちの好みが見えてきます。
学校選びとは、自分を知るプロセスなのです。そういうつもりで学校を見て回れば、結果的にわが子にぴったりの学校に出会えるはずです。
拙著『フリースクールという選択』ではこの倍以上の文字数で、箕面こどもの森学園を詳細にルポしています。
また同書の「第4章 学校復帰は考えない新たなる道」では、このほかにも比較的新しいオルタナティブスクールとしてまず「ヒロック」と「ヒミツキチ森学園」を紹介しています。
都心のビルの一室を利用する形で多拠点展開するヒロックと、のどかな景色に囲まれた古民家を拠点にするヒミツキチは、いろいろな意味で好対照です。
そのうえで創立20年以上の老舗として箕面こどもの森学園を紹介していますから、続けて読むことで、オルタナティブスクールがどのように独自の教育を確立していくのかがわかるのではないかと思います。
箕面こどもの森学園の藤田さんは、ある程度自分たちの思い描いた教育が実践できるようになるまで10年では無理で、15年近くはかかったと証言します。
新しい教育の文化をつくるのですから、それくらい時間がかかるのは当然です。時間割をつくってコンテンツを流し込めば完成ってわけにはいかないのです。
取材・文/おおたとしまさ
おおたとしまさPROFILE
教育ジャーナリスト。1973年東京生まれ。リクルートから独立後、教育に関してさまざまな観点から取材を行い、著書は90冊以上。どこの組織にも属さない在野の視点で現代の教育への考察・提言を続けている。メディアへの出演や講演も多数。
“フリースクール探し”で最初に読む本、登場! 『フリースクールという選択』(著:おおたとしまさ/講談社+α新書)