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【不登校】小規模フリースクールのある1日「イエナプランやフレネ教育にも負けない教育があった」[教育ジャーナリストがルポ]

コクリコ

【不登校】小規模フリースクールのある1日「イエナプランやフレネ教育にも負けない教育があった」[教育ジャーナリストがルポ]

フリースクールの“いま”を徹底ルポした『フリースクールという選択』(講談社+α新書)を5月11日(2026年)に刊行した教育ジャーナリストのおおたとしまささん。新書では、フリースクールを、小規模な独立型のフリースクール、大手通信制高校系列のフリースクール、オンラインフリースクール、オルタナティブスクールという4つのタイプに分けて、それぞれの特徴や選び方の観点・注意点を説明しています。

この記事ではおおたさんに、小規模な独立型のフリースクールについて書かれた「第1章 気軽に立ち寄れる学びの場」の要点をハイライト版として教わります。

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【記事のポイント】
●ひとつやふたつ見て合わなくても、フリースクールは向いていないと決めつけない。

●傷ついた初期段階ではまず休む。フリースクール探しは回復してからでいい。

●複数の場所を併用してもいい。依存先を増やす発想で柔軟に。

●保護者の負担があっても、それが孤立からの脱却につながることもある。

●完璧な場所を探すより、子どもが行ってみたいと思えるタイミングを待つのが大事。

小さなフリースクールは“与えてもらう教育”からの脱却

大手通信制高校系の看板を背負ったフリースクールが「ファミレス」のようなところだとすれば、小規模な独立型のフリースクールは「町の食堂」みたいなところです。いわば、大手チェーン系か個人商店型かという違いがあります。

小さなフリースクールは、運営者の考え方や人柄までもが場の雰囲気ににじみ出て、どこもとても個性的な表情です。世の中にふたつとして同じフリースクールなんてありません。

逆にいえば、ひとつやふたつのフリースクールを見てしっくりこなくても、「うちの子にフリースクールは無理なのかな?」なんて思わなくていいんです。必ず、しっくりくるところが見つかります。

一方で、年間をとおして子どもの数が増減するのがフリースクールの特性で、小さなフリースクールほど経営が不安定になりがちです。要するに資金繰りが大変だということです。

かかるお金の大半は人件費です。世間一般の小さなフリースクールの多くは、ほとんどボランティアのような善意で支えられているのが実状です。

だから、月謝以外の部分で保護者への負担もあるかもしれません。でも、保護者同士がチームとしてつながること自体にまず大きな意味があります。孤独ではなくなりますから。

さらに、保護者がフリースクールを支える立場になることは、単なるサービスの受け手ではなくなるということです。“与えてもらう教育”からの脱却を意味します。

そこに価値を見出せるなら、あえて小さなフリースクールという選択もいいのではないでしょうか。拙著では「個人商店型」のフリースクール6つの雰囲気を詳しくルポしています。

ここではその一部として、東京都日野市にある「フリースペースたけのこ」の様子を垣間見ることとしましょう。

古民家を舞台に子どもたちが自律学習

日野市を流れる浅川の河川敷からちょっと入ったところにある古民家を訪ねます。美しくて広大な森があるというわけではありませんが、かといって東京都とも思えないのどかな田園風景の中にあります。

浅川の土手から数分の場所に建つ古民家「フリースペースたけのこ」。このときは改修工事中だった。  撮影:おおたとしまさ

朝9時、ぽつりぽつりと小学生がやってきました。スタッフと「おはよう」と軽く挨拶を交わした彼らは、誰に指図されるわけでもなく、自分に割り当てられた引き出しから「読み書き」「計算」の2種類のプリントを出してきて取り組みはじめました。

古民家の六畳間2部屋を使って、十数人の子どもたちが座卓を囲むようにして肩を寄せ合い、それぞれの課題に取り組みながら、ときどき楽しくおしゃべりしたり、教え合ったりしています。6年生のハスキーボイスな女の子が、目の前で漢字の練習をしている低学年の女の子にやさしく話しかけます。

「○○ちゃんさぁ、漢字覚えるの得意だから、自分の好きな食べ物の漢字とか、調べてみたら? 面白くない? 別に覚えなくていいから。あっ、じゃあ、『なかたのもりさんしこうえん』って書いてみれば?」

仲田の森蚕糸公園とは、たけのこを運営するNPOがやっているプレーパークの会場となっている公園です。たけのこの子どもたちも、金曜日はプレーパークで一日すごします。

仮にプリントをやらなくたって、誰も怒ったりしません。でも子どもたちはやります。「あー、やりたくないなー」とか「もういいでしょ?」みたいな言葉はいっさい聞かないし、つまらなそうな表情も見えません。

やらされ感がまったくない個別学習の時間です。子どもたち一人一人がまさに自分の課題に向き合っている顔をしています。

壁にはユニークなレポートが貼られていました。柿が腐っていく様子を観察したり、みかんの甘さを比べたりしたレポートです。「プリント教材みたいな勉強は、たけのこっぽくない」と訴えた子が「これが私にとっての勉強」と言ってつくっているシリーズだそうです。

個別学習の時間はよく自立学習とも呼ばれますが、これは“自律”学習です。たけのこではこの時間を“ねっこタイム”と呼んでいます。昭和なガラス戸越しに朝の光が差す古民家で、私はひたすら感動していました。

大人が意図を脇に置くと子どもの意欲が湧いてくる

学校に傷ついた子が来る場所だからという理由でフリースクールの「スクール」の名称は回避して、フリースペースを名乗りました。始めた当初はまったく勉強をする時間なんて設けていなかったといいます。そこから2年間は、ノー勉。

しかしあるときわが子が自分の名前すら書けなくなっているのを知った保護者から、「せめて名前くらいは書けるように……」と要望されて、「たまには鉛筆くらい持ってみよっか」てな感じで、大きく自分の名前を書いて、そこに色鉛筆で装飾を施したりという活動を始めてみました。鉛筆を使った遊びでした。

だけど、いつもは勉強なんてそっちのけのやんちゃ坊主のムードメーカーが高学年になったとき、中学進学を意識したのか「プリントやろっかな……」と言い出して、「じゃ、俺も……」「私も……」と自然に広がって、いまのような形に落ち着いたのだとか。

大人が勉強をやらせようという意図をすっかり脇に置いたあとに、子どもたちのなかから「やってみようかな?」という意欲が湧いてきたということです。

「子どもがやる気になるまで待ちましょう」とはよく言いますが、それは子ども個人に対する態度だけではなく、学びの場をつくるうえでも同じなのかもしれません。

たけのこのタイムテーブルはシンプルです。9時から10時すぎまでがねっこタイムで、そのあと15時くらいまでは外ですごします。

外遊びは川か、森か、大きな公園か、子どもたちが自分たちで話し合って毎日決める。  撮影:おおたとしまさ

15時から16時半までは、曜日によってメニューが変わります。月曜と火曜はトークルーム。いわゆる哲学対話の時間です。水曜は自由。木曜はノート。そのときに感じていること、考えていることなど、好きなことを絵や文章にして残します。

ねっこタイムのあと、この日は近くの大きな公園で思い切りサッカーをしました。お弁当も公園で食べて、古民家に戻ってきたのは15時ごろです。この日は水曜。そこからは自由時間ですが、中学生からの発案で、「たけのこ食堂」で販売するクリスマスリースをつくろうということになりました。

子どもたちは川原に向かいます。そこでクズのツルを刈って、編んで、リースの土台にするのです。川原で作業を始めてほどなくすると、磯辺焼きがふるまわれました。おやつ代わりです。

草が生い茂る浅川の川原には温かい西日が差していました。そこから約2時間、子どもたちは黙々とリースをつくっていました。さっきまで思い切り遊びきったから、そして何より、自分たちで決めたことだから、単純な手仕事にも根気よく取り組めるのでしょう。

朝それぞれの学習をこなし、話し合い、外で思い切り遊び、みんなでいっしょにごはんを食べて、手仕事にも根気よく取り組む……。曜日によっては、哲学対話をしたり、自由作文をしたりもする。イエナプラン教育とかフレネ教育とか、世界の名だたる教育法にも負けない立派な教育が実践されていました。

それを、「へぇー」とか「はぁ〜」とか言いながら、なんとなくやっているように見せてしまうのが代表の中川ひろみさんです。水鳥が水中で必死に水かきしているように、実際はものすごく考えて、もがいて、葛藤していますが、外には決して見せません。

「親の都合があるのもわかりますが、その子が動き出すタイミングを待ってあげないと何事も前には進みません。人生って長いし、1年お休みしたってなんてことはないでしょ。もっと広く見て、『大丈夫だよ』って笑ってあげてほしい。子どもには、育つ力がちゃんとあるから」とひろみさんはやさしく微笑みます。

依存先を増やす発想で多様なフリースクールを知っておく

行きたいときに気軽に立ち寄れる場所として、いろいろなフリースクールを知っておくといいと思います。依存先を増やす発想です。

一般的な学校とは違いますから、「こうでなければならない」とか「正解を見つけなきゃいけない」とか「いま決めなきゃいけない」みたいな強迫観念はいったん捨てて、柔軟にフリースクールを利用するイメージを膨(ふく)らませてほしいと思います。

フリースクールに通うことになったからといって、学校に通えなくなるわけではありません。一般的な学校との併用や、複数のフリースクールの併用もよくあります。

たとえばアットホームなフリースクールと塾が経営するフリースクールを併用したり、フリースクールとフリースペースを併用したり、子どもの状態によってそのバランスを変えたり、移行したりということも可能です。

拙著『フリースクールという選択』(講談社+α新書)では、たけのこの様子をさらに詳しく実況中継しています。

同書の「第1章 気軽に立ち寄れる学びの場」ではほかにも、わが子の不登校をきっかけに母親が立ち上げた「まなびスペースCOCOCARA」、居場所のニュアンスが強い「フリースクールLargo」、著名な教育者が代表を務める「オルタナティブスクールTERA」と「いもいもデイクラス」、そしてマンツーマンのフリースクール「代官山Branch Room」と、個性的なフリースクールを詳細にルポしています。

この本は、フリースクールという選択を検討しはじめた家族とともに、フリースクールという世界がどんなところなのかをざーっとひととおり見て回るガイドツアーのような本です。ただしガイドブックではありません。

各フリースクール運営者には、PRポイントよりも葛藤を詳しく聞いています。ある意味ネガティブな部分です。そこにフリースクールの現実があるし、それを語ってくれることこそが、フリースクールという選択を検討する家族の不安な気持ちに対する誠意だと思うからです。

取材・文/おおたとしまさ

おおたとしまさPROFILE
教育ジャーナリスト。1973年東京生まれ。リクルートから独立後、教育に関してさまざまな観点から取材を行い、著書は90冊以上。どこの組織にも属さない在野の視点で現代の教育への考察・提言を続けている。メディアへの出演や講演も多数。

“フリースクール探し”で最初に読む本、登場! 『フリースクールという選択』(著:おおたとしまさ/講談社+α新書)

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