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【第12回②】「小川未明 にとっての憂国」くびき野の文化フィールドを歩む―1990年~2023年 石塚正英(東京電機大学名誉教授)

にいがた経済新聞

前回はこちら→ 12-1.芭蕉さん、ようこそいらっしゃいましたね!

12-2.小川未明 にとっての憂国

今回は、2017年2月に東京都小平市の小平霊園(西武新宿線小平駅近く)へ出かけ、小川未明墓地を参詣した時のフィールド調査結果を記します。春一番の吹いた日でしたが、うららかでもあり、霊園でよいひとときを過ごしました。未明さんはなぜこの地に眠っているのか、心地よいか、など空を仰いで対話したり、考えたり感じたりしました。

その対話の一つに、未明直筆の漢詩が刻まれている霊碑があります。安山岩かなにかの自然石に未明独特の読みづらい筆跡が白く色づけられています。近づいて読めば「詩筆百篇 憂国情 未明」となります。

さて、その意味は何か。「筆を執って数えきれないほどの詩歌をつくっているが、それは憂国の情けというものなのだ」となるのでしょうか、そうだとして、ここに刻まれた「憂国」とは、何を意味するのでしょうか。

のちの調査で、これと同じ漢詩は、未明が通った小学校(現上越市立大手町小学校)の一室にもあることがわかり、同年6月9日に未明の母校(大野雅人校長)を訪問し実見してみました。

七言詩だから小平霊園の霊碑と同様に四・三で区切ってあると思いきや、五・二になっていました。そのような疑問があらたに浮かんだものの、故郷に深く関係した漢詩であることをますます確信した次第です。

思うに、未明は政治的な活動家でなく文化的な営為者であります。また、中央志向者でなく地域愛好者であるということです。

自伝に次のくだりが読まれます。「人と土地とは有機的な関係があるもので、国土を措いて人間はないのです。それから考えてもインターナショナルなどというのは空想です。わずか越後と東京と離れても、気候風土がちがい、人間の生活がたいへんちがいます。母はそのために死を早めたのです」(童話を作って五十年)。

未明のこの心情吐露を読めば、彼にとっての国とは政治的な国家でなく風土的なクニに近いことが判明します。意識はナショナル(national)というよりもリージョナル(regional)です。彼は越後の田舎から東京に逃れて、結果、いっそうリージョナルな意識を強めました。

ときに、越後であれ東京であれ、リージョナルな生活圏を破壊しにかかるナショナルな政治経済を批判しています。その方向で社会活動家大杉栄の思想に親近感を懐いたのです。

たしかに未明は、アナキズムとかサンジカリズムとか、あるいは人道主義とかのキーワードを口にします。けれどもそれは未明において、文字通りではありません。未明の個性に見合うようアレンジされています。

それら術語のアンサンブルといってもいいでしょう。私は、未明のために新しい概念を創りました。「愛郷心(パトリオフィル、patriophil)」です。「パトリオフィル」の「パトリ」は郷土を、「フィル」は愛を意味します。合わせて「郷土愛・愛郷心」です。

以上のことがらから推察しますと、未明の意識する「憂国」とは、政治的であるよりも社会的、風土的な概念であり、権力的であるよりも非権力的な、道徳的な存在であるということです。そういう意味でのクニを未明は憂うのでした。私の造語に摺り寄せて表現すれば、パトリオフィルの表出なのです。

小平霊園に佇む未明墓碑には、自然石に直筆霊碑文が刻まれて今日に至っています。おそらく娘の岡上鈴江が選んだのでしょう。

未明はことのほか原初的感性の強い文学者でした。1935年『文芸』に発表した「金歯」には、「画家をめざす息子の令二」の言葉に託して以下のくだりが記されています。

「ああ、なんでも単純(たんじゅん)に限(かぎ)る。単純(たんじゅん)で、素朴(そぼく)なものは、清(きよ)らかだ。ちょうど、文明人(ぶんめいじん)より、原始人(げんしじん)のほうが、誠実(せいじつ)で、感覚的(かんかくてき)で、能動的(のうどうてき)で、より人間(にんげん)らしいのと同(おな)じだ。近世(きんせい)になってから、人間(にんげん)は堕落(だらく)した。だんだんほんとうの美(び)というものがわからなくなった。そこへいくと、まだ自然界(しぜんかい)は、原始時代(げんしじだい)からのままだ。木(き)にしろ、草(くさ)にしろ、鳥(とり)にしろ、虫(むし)にしろ、本質(ほんしつ)を変(か)えていない。正直(しょうじき)で、明朗(めいろう)だ。あの澄(す)みきった子供(こども)の目(め)のようなものさ」。

その心境を確認するために、私は小平霊園へと、大手町小学校へと、フィールド調査に出かけたのでした。

石塚正英

1949年生まれ。18歳まで頸城野に育まれ、74歳の今日まで武蔵野に生活する。現在、武蔵野と頸城野での二重生活をしている。一方で、東京電機大学理工学部で認知科学・情報学系の研究と教育に専念し、他方で、NPO法人頸城野郷土資料室を仲町6丁目の町家「大鋸町ますや」(実家)に設立して頸城文化の調査研究に専念している。60歳をすぎ、御殿山に資料室を新築するなどして、活動の拠点をふるさと頸城野におくに至っている。NPO活動では「ますや正英」と自称している。

【連載コラム くびき野の文化フィールドを歩む】

#11-1. くびき野水車発電のフィールドワーク
#10-1.関川を遡る古代朝鮮文化の足跡をたどる

#9-1. 信濃川を遡る古代朝鮮文化の足跡をたどる

#8-1. 前曳きオガが高麗時代の半島にあった!

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