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バレエ・アーティスト 緑間玲貴が語る、「北極星」と「北斗七星」が奏でる神剣の誕生秘話『ビゼーティン』~沖縄発の壮大な物語、新国立劇場に登場

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バレエ『ビゼーティン」』緑間玲貴

沖縄出身・在住のバレエ・アーティスト緑間玲貴がバレエ企画公演「トコイリヤ」を立ち上げたのは2015年。"踊りは祈り"を哲学とし、バレエを軸に琉球や日本の古来の文化芸術に敬意を払いつつ創造力豊かな世界を生む。東京や沖縄で公演を開催し、2025年、第59回沖縄タイムス芸術選賞大賞(洋舞・邦舞部門)を受賞。きたる2025年5月24日(土)新国立劇場小劇場にて行われるバレエ・アーティスト 緑間玲貴 東京公演「トコイリヤ RYOKI to AI vol.13 『ビゼーティン – 七つの星の物語 –』​は、2021年初演のバレエ 『御佩劍(みはかし)』の前史(第1番)で、沖縄の伝承が日本最古の書物「古事記」に記されたヤマトタケルの剣伝説に結び付く壮大な物語である。演出・振付・脚本・出演の緑間に、作品の構想や沖縄からの創造発信への想いを聞いた。

■『御佩劍』から『ビゼーティン』へ 剣伝説はつながる

バレエ『ビゼーティン』 内宮 舞踊奉納 左から上杉真由 緑間玲貴 前田奈美甫  (撮影:仲程長治)

――2023年11月11日(土)皇大神宮(伊勢の神宮の内宮)参集殿において、バレエ奉納を行いました。西洋発祥のバレエ芸術初の奉納という快挙を果たしました。振り返っていかがですか?

内宮の創建は2000年以上前と言われます。『御佩劍』で倭比賣命(やまとひめのみこと)が倭建命(やまとたけるのみこと)に対し天叢雲剣(あめのむらくものつるぎ)を授ける舞台もこの伊勢です。左左右右元元本本という言葉もあるように、物事を勝手に変えてはいけないという教えがあります。「何も変えることがないように」という精神が現在までずっと受け継がれている場所において、少しでも新しいことができたのであればインパクトがあったかと思います。

バレエは明治の終わりに西洋から伝わり、日本の風土と混ざって今日に至ります。変化・変容しながら自分たちのアイデンティティとして立ち上がってきましたが、奉納を認められ、我が国の文化・芸術として受け入れていただけたことは、とても大きな出来事です。

奉納したのは『御佩劍』と『ビゼーティン』初期型です。野外に面した能舞台で踊り、大変心地よかったです。ことに『ビゼーティン』では、空気や風を感じることが多く、軽やかで自然と一体化するような気持ちでした。日本の文化は着物に代表されるように重ねていく文化、隠す文化です。皇大神宮のあの場所で、あれだけ薄い衣裳で踊ったのは、私が初めてかもしれません。

バレエ『御佩劍』内宮 舞踊奉納 左から 緑間玲貴 前田奈美甫  (撮影:仲程長治)

――その後、2024年10月5日(土)~6日(日)那覇文化芸術劇場なはーと大劇場で『ビゼーティン – 七つの星の物語 –』を初演(同時上演は『ダンス・ラ・フロリアード』演出・振付:緑間貴子・緑間玲貴)。『御佩劍』第1番に位置付けられる前史に至る経緯を教えてください。

天叢雲剣を題材にした長編『御佩劍』を2021年10月、東京の新国立劇場小劇場で初演し、翌2022年2月、なはーと大劇場でも「こけら落としシリーズ」として上演しました。そして、ふたたび那覇市との共催公演のお話をいただきました。劇場を長期間使わせてもらえるので、新作を創る絶好の機会です。公演を企画制作するなかで意識的に成長ができると考えました。

ちょうどその頃、皇大神宮奉納の直前に首里城で行われる「首里城復興祭」からも奉納のお話をいただきました。「沖縄に根付いた作品を」とのリクエストでした。琉球王朝時代には女性の祭祀によって政治が動き、やがてそれが琉球舞踊や紅型、歌三線に変わり、沖縄の伝統文化ができあがりました。聞得大君(きこえおおきみ)が何に祈っていたのかを調べるうちに、弁財天に行き当たりました。神の信託を受けて政治を行っていた彼らが大切にしていた存在を軸に創作しようと考えました。弁財天を昔の沖縄の人はビゼーティンと呼んでいたらしいです。

ビゼーティンとは何かを探るうちに、沖縄にも北極星と北斗七星をめぐる信仰があることがわかりました。北斗七星の形を写した島の連なりがあって、信仰の対象になっています。さらに、そこにまつわる剣伝説もあったのです。私たちにとって大事件で、『御佩劍』を創り始めたときから現在までが同じ大きな流れでつながっているのは不思議です。

バレエ『ビゼーティン』首里城奉納 左から 緑間玲貴 上杉真由  (撮影:仲程長治)


■沖縄の文化・風習に息づいた創造

――『ビゼーティン』のコンセプトをお聞かせください。

副題にあるように「七つの星の物語」です。ビゼーティンは大きな宇宙のような存在で、星々を生み、地球に降りて島となり、7つの剣を生み出します。やがて、それらは合体し、強大な叡智を有する1つの剣すなわち天叢雲剣になります。しかし、北極星は時を経ても、ただ瞬いています。小さな視点から見ると大きな出来事が起きたかもしれないけれど、大きな宇宙においては何も変わりません。神話以前の話なので、伝承とバレエ用に脚色した物語を混ぜて構想しました。

バレエ『ビゼーティン』左から 緑間玲貴 川崎さおり  (撮影:仲程長治)

――特にこだわった点は何でしょうか?

作品の流れは、津堅島の「ニブトゥイのてぃるる」という神歌に沿います。意味もなく急に真っ暗になる場面もあり、そこでは体内からの再誕が歌われ、8つ目の星について語っています。実は北斗七星は8つあって、1つの隠れた星によって全てがつながるというお話です。そうした本筋とは関係がなくても意味がある話を織り込みました。島になった星たちを表す章では、クラシック・バレエの型を「基本的に完成された動きの象徴」としました。その型を外していったものが段々とバレエの形に統合されていく場面もあります。細かい創り込みがいっぱいあります。

――琉球古謡といえば、16~17世紀に編纂された「おもろさうし」を大和の神話に基づく『御佩劍』に用いました。今回復刻した「ニブトゥイのてぃるる」は、もっと年代が古いですよね?

「おもろさうし」よりも300年くらい前でしょうか。音で伝承してきたので、意味合いに関しては記録があっても時代によって若干違っています。意味を知らないで歌ってきた人もいます。意味があるような、ないような、音だけを受け継いでいるのですが、今この言葉を耳にしても、まず理解できません。言葉にすると直接的に、限定的になってしまうものを、そうではないように伝達できるという意味において、とても舞踊的と言えるかもしれません。

バレエ『ビゼーティン』左から 鍵千鶴(大地の惑星、地球) 柳元美香(水の惑星、地球)  (撮影:仲程長治)

――緑間さんは"踊りは祈り"を掲げて創造されていますが、沖縄の風土に根差した根源的な信仰のようなものと結びついているのでしょうか?

そう思います。なぜ我々が存在しているのか、生きているのかについては、信仰とつながっているでしょう。自然が創ったのか、それとも人が作ったのかはわからないですが。でも、近代宗教と違って具体的な信仰対象がありません。こういった人間の感覚自体は現代において消えていっています。先ほどの神歌と同じで、とても踊りっぽい感性ですよね。沖縄の文化・風習のなかには、そうした感覚・感性が今も自然と息づいています。

バレエ『ビゼーティン』北斗七星の星々  (撮影:仲程長治)



■「見えないものでも美しくする」~「トコイリヤ」の心意気

――音楽(YURAI、サラ・ノイフェルド、緑間玲貴)や衣裳(下田絢子(Les Merveilles))それに宝飾(田村有弘(A.C.T.Y plains))にもこだわりが感じられます。

音楽に関しては、私は編曲といいますか、バレエになじむようにする作業が多いです。YURAIにはコンセプトと分数・構成を伝えて作曲してもらいますが、このやり取りは非常に楽しいです。

衣裳については、コンセプトやイメージを下田さんに伝えてデザイン画を起こします。今回は光の見え方や陰影にこだわりました。北極星が着用するスカートはそれが顕著です。大きさや母心を表現したかったのですが、そこに光ファイバーで編んだ素材を使いました。

宝飾はフラクタルを表現するための道具として大変有効です。スタッフや出演者の意識が変わるんですよ。お客様からは見えない部分にも人が手を入れ、1つの大きなピースになっていることは、すなわち自分自身もそうであるという啓発につながります。「見えないものでも美しくする」と願う志のある人たちが集い「トコイリヤ」は成り立っています。

バレエ『ビゼーティン』喜舎場亜子による北極星のコンセプト画

――沖縄公演は、文化庁の文化芸術振興費補助金(劇場・音楽堂等における子供舞台芸術鑑賞体験支援事業)として行われたのに加え、初日は「アクセシビリティ向上の為の多様な観客に向けてたバリアフリー公演」でした。反響・手ごたえはいかがでしたか?

沖縄では大劇場の規模でのバリアフリー公演は初だったので、視聴覚や肢体が不自由な方もたくさんお越しになりました。初めて劇場に来られた年配の方も多く「こんなに幸せなことはない」とおっしゃられていました。なはーとの方々にも喜んでもらえたと思います。多くの市民を巻き込むことは、那覇市民である私にとっても大事な基軸ですが、それを示すことができました。

演出・振付:緑間貴子・緑間玲貴『ダンス・ラ・フロリアード』 (撮影:仲程長治)



■同志・先人たちと心を通わせる作品創り

――2025年5月24日(土)東京・新国立劇場小劇場で『ビゼーティン』を上演します。そちらに向けての方針をお聞かせください。

沖縄公演とは全く違う作品になるでしょう。劇場のサイズが違いますし、出演者の人数も減ります。土台は一緒ですが、新しい作品をもう一度創るような感じです。でも、『御佩劍』を国立能楽堂で上演するために創り変えたように、私たちは経験を積んできました。それに、沖縄公演では少し長かったので、全10章を8章くらいに収め、音楽ももう少し短縮し、構成を考え直します。

バレエ『ビゼーティン』北斗七星の星々 (撮影:仲程長治)

――緑間さんはビゼーティン/天叢雲剣としてご出演。主な出演者についてご紹介ください。

前田奈美甫(北斗七星)は、全ての場面の振付の原形を踊ってもらっています。彼女には受け取るものの深さと幅があり、有能で、私とフィーリングが合います。上杉真由(彗星)も向いている角度と深さが一緒です。柳元美香(水の星(地球))は、日本古来の巫女舞から派生した踊りをやっていますが、人の行いとしての舞踊を見ると私と非常に近いです。

島袋稚子さん(北極星)は、私の一つ前の世代の先輩です。沖縄から東京に出ていった先駆でもあり、今の時代とは違って大変苦労されてきた方です。初めから北極星をお願いしようと決めていました。北極星は、時間を超えて与え続けているというか、育んでいる存在。私たちが沖縄で先輩やさまざまな人たちと作品創りができることと作品のコンセプトがリンクしています。

バレエ『ビゼーティン』北極星の星々 中央:島袋稚子  (撮影:仲程長治)


■「沖縄を感じていただきたい」

――「トコイリヤ」10周年、終戦80周年である2025年に際して考えることは何でしょうか?

私は沖縄戦の経験者ではなく、戦争や平和について簡単に語れませんが、沖縄から発信をしていくことはとても大事です。東京で10年にわたり公演をさせていただき、受け入れてもらえる素地ができているので、大切なフェーズに入ってきたと考えています。

「トコイリヤ vol.12」カーテンコール (撮影:仲程長治)

――フライヤー等で謳われている「秘めたるや 琉球の幸 多きことを」に込めた想いとは?

人間の衣食住も全部そうですが、当たり前のことでも獲得するには時間がかかります。一見何かわからない行為に深い意味があったりもします。沖縄は、地球儀上では小さな存在かもしれません。しかし、神歌のように人が失ったもの、絶えつつあるもの、忘れ去りつつあるものが根付いています。それをバレエに織り込んで、皆様に感じていただけるように伝えたいです。

――『御佩劍』から『ビゼーティン』(『御佩劍』第1番)へ。そして、さらなる展開もあると明かされています。剣伝説の物語がライフワークになりそうですね。

第2番として、ヤマタノオロチ伝説を扱う構想を温めています。と同時に、第3番の位置付けとなる『御佩劍』に新しく肉付けして再演したいです。作品も衣裳と同じように外に出していかないと古びてしまうので。恵まれたテーマに出会い、大きな流れのなかで進んでいけるのは幸せです。

バレエ『ビゼーティン』天叢雲剣の誕生 中央:緑間玲貴 (撮影:仲程長治)

――使命それとも天命なのでしょうか?

わかりません。しかし、我々が決めたことではないということが、とても大切です。昔から芸術家たちは、神話を自分たちのものとして感得し創作に生かしてきました。私もそうすることによって、沖縄を感じていただきたい。芸術は全ての人のものですから、中庸な視点から沖縄で起きているさまざまな事柄を発信していきたいです。沖縄を理解してもらい、沖縄にある美しさを感じていただき、精神の善を引き出すことが、この場所の安定につながっていくと考えています。

取材・文=高橋森彦

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