怪奇性や幻想性を色濃く映す、ヌレエフ版『くるみ割り人形』 ドロテ・ジルベールが躍る最後のクララ役にも注目 ~「パリ・オペラ座 IN シネマ 2026」
350年以上の歴史を誇り、世界最古にして最高峰の芸術殿堂として名高いパリ・オペラ座。その最新公演や不朽の名作を映画館で体感できる『パリ・オペラ座 IN シネマ』2026シーズンが2026年1月23日(金)より公開となる。新シーズンは、パリ・オペラ座バレエならではのルドルフ・ヌレエフ振付『くるみ割り人形』と、ロココ時代の貴族社会における恋の駆け引きをスタイリッシュに描いた、鬼才プレルジョカージュによる『ル・パルク』という人気作品2作が、2026年1月23日(金)~3月19日(木)までの期間中、各1週間限定で全国の劇場にて上映される。
第1弾となる『くるみ割り人形』公開を前に、舞踊評論家・森菜穂美氏の見どころ解説が到着した。
童話の枠を超えた、大人のための『くるみ割り人形』
冬の風物詩として世界中で親しまれているバレエ『くるみ割り人形』。その中でも、パリ・オペラ座バレエによるヌレエフ版は、一味違った魅力を放つ作品だ。幻想的で愛らしい物語というイメージにとどまらず、主人公クララの心理や成長に光を当てた、芸術性の高い“大人のための『くるみ割り人形』”として知られている。
本作は、パリ・オペラ座の黄金時代を築いたルドルフ・ヌレエフが1985年に振り付けた作品。原作であるE.T.Aホフマンの持つ怪奇性や幻想性を色濃く反映し、初恋と冒険を通して少女が内面から変化していく姿を描き出す。
「この作品の大きな特徴は、ドロッセルマイヤーと王子を同じダンサーが踊ること」だと森氏は解説する。クララが優しく紳士的なドロッセルマイヤーに憧れ、その面影を夢の中で王子の姿として見出して愛するという物語が描かれ、クララの心理面を掘り下げた作りとなっている。1幕の登場人物たちが姿を変えて2幕に現れる構成も巧みで、現実と夢がシームレスにつながっていく演出は、まるで一本の映画を観ているかのようだ。
演出は映画的で、1幕のねずみたちの襲撃や、2幕冒頭に現れる悪夢のクリーチャーなど、心理ホラー的な要素も印象的だ。可愛らしさの裏に潜む不安や恐れが可視化され、クララの内面世界が舞台上に立ち現れる。一方で、お菓子の国で繰り広げられるディヴェルティスマンや雪の場面では、クラシック・バレエならではの華やかさと壮麗な群舞が存分に味わえる。
作品のハイライトである金平糖のグラン・パ・ド・ドゥは、ヌレエフらしい緻密で高度なテクニックが詰め込まれた名場面。細やかな足さばきや精巧なリフトが連なり、正統派クラシック・バレエの美しさが極限まで磨き上げられている。チャイコフスキーの音楽が持つ切なさと美しさが、クララの成長と重なり合い、観る者の胸を強く打つ。
クララを演じるのは、パリ・オペラ座を代表するエトワール、ドロテ・ジルベール。思春期の少女の揺れ動く心情を繊細に表現し、確かなテクニックと音楽性で物語を牽引する彼女について、森氏は「金平糖のソロでの優雅さと音楽性、美しい足捌きにもうっとりさせられます」と賞賛する。『くるみ割り人形』は彼女がエトワールに任命された思い出深い作品でもあり、本作は、定年を控えた彼女がオペラ座でクララを踊る最後の機会となる。ドロッセルマイヤーと王子の二役には、最年少エトワールとして注目を集めるギヨーム・ディオップが出演。若々しい王子像と、どこか影を帯びたミステリアスな老紳士を演じ分ける姿は大きな見どころだ。ディオップはジルベールの指名で今回この役を演じており、「パートナーシップの素晴らしさも見もの」だと森氏は注目している。
来日公演で上演されたことがなく、映像パッケージとしても発売されていないヌレエフ版『くるみ割り人形』。日本では初となる完全な形での映画館上映は、この名作の真価を体験できる、またとない機会となるだろう。
※森菜穂美氏(舞踊評論家)による解説全文は下記↓URLにて閲覧可能です。