漫画『口に関するアンケート』を原作小説から読み解く──原作にはなかった描写が示す“もうひとつの恐怖”【ネタバレ注意】
『近畿地方のある場所について』で注目を集めたホラー作家・背筋先生による短編小説『口に関するアンケート』。ポケットサイズ・全26ページというコンパクトな作品ながら、読者を底知れない恐怖へと引き込む本格ホラーとして大きな話題を呼び、2026年7月3日には実写映画も公開されました。
さらに同時期には、「ジャンプ+」にて押見修造先生によるコミカライズが全4話で短期連載。原作にはない描写や演出が随所に加えられたことで、登場人物の心情や物語の情景がより鮮明に描かれ、小説とは異なる角度から作品を味わえる内容となっています。
本稿では、原作小説と漫画版を比較しながら、『口に関するアンケート』に散りばめられた謎を考察。両者の違いや追加描写を手がかりに、「あの場で何が起きていたのか」を読み解いていきます。
※本稿には『口に関するアンケート』の小説および漫画全編のネタバレが含まれます。未読の方はご注意ください
物語の流れ
『口に関するアンケート』は、小説・漫画ともに2019年8月26日23時10分から24時過ぎまで録音された音声データの書き起こしという形式で物語が進みます。
録音には5人の大学生による“告白”が収められており、読者は彼らの証言をつなぎ合わせながら、「あの夜、何が起きたのか」を少しずつ読み解いていくことになります。
物語全体の流れを整理すると、以下のようになります。
・4人の大学生(杏・翔太・美玲・竜也)が心霊スポットとして知られる霊園の木を見に行く
・2人の大学生(健・颯斗)が「呪われた木」として知られる上記の木を見に行き、首の長い女性(杏)に遭遇する
・杏が木で首を吊っていたことが判明する
・杏以外の5名が木に集まり、自身の行為を告白し、順に自殺していく
原作では意図的に「誰と誰が一緒にいたのか」が分かりづらくなっており、読者に状況を読み解かせるつくりになっていましたが、漫画では車内などの情景描写から「誰が誰と一緒に何をしたのか」が分かりやすくなっています。
また、コミカライズでは原作にはない描写が随所に加えられ、小説では想像に委ねられていた登場人物たちの表情や仕草が可視化されました。視線をそらしながら証言する様子から「何かを隠している」と読み取れたり、小説では淡々と聞こえた一言が、不気味な笑みを浮かべながら発せられていたことが分かったりと、漫画ならではの演出によって恐怖が一層際立っています。
さらに、コミカライズによって新たに判明した点や、原作で曖昧だった部分がより明確になった場面も少なくありません。ここからは物語全体の流れを踏まえながら、漫画版で描かれた追加描写や演出を手がかりに、その謎を紐解いていきます。
線の色が段々赤くなるのはなぜ?
漫画では、告白を終えた人物の輪郭線や背景が徐々に赤く染まっていきます。これは、その人物が自殺したことを示す演出で、原作小説では文章の文字色が次第に赤へと変化する形で表現されていました。
コミカライズでは、彼らが迎える最期の瞬間の表情も克明に描写されています。無表情のまま運命を受け入れる者、不気味な笑みを浮かべる者、後悔や絶望をにじませる者など、その反応は一人ひとり異なります。文字だけでは想像するしかなかった恐怖を、視覚的な演出によってより生々しく感じさせるのは、漫画ならではの魅力といえるでしょう。
そして、小説・漫画ともに終盤で明かされるのが、5人は現在、木の下で首を吊ろうとしている最中だという事実です。漫画では「現在」の場面で彼らの首元が意図的にぼかされて描かれていますが、これはすでに首へ縄を掛けていることを暗示した演出だと考えられます。
漫画で追加された「○○から見た杏」
漫画版の1~3話冒頭では、それぞれ翔太・竜也・美玲の思い出の中にいる杏の姿が描かれています。これは原作小説にはない追加描写であり、彼らがそれぞれ杏をどのような人物として見ていたのかが、視覚的に伝わる演出となっています。
また、1話の翔太視点では顔が見えなかった杏が、2話の竜也視点では横顔、3話の美玲視点では正面の顔へと、話数が進むにつれて少しずつその素顔が明らかになっていきます。これは、読者が物語を読み進めるのに合わせて、杏という人物像も徐々に浮かび上がってくることを表現した演出だと考えられます。
中でも印象的なのが、1話の翔太視点です。杏と正面から向き合っているにもかかわらず、顔はぼやけて描かれ、鮮明に見えているのは“口”だけ。この演出は、本作のタイトルにもつながる「口」というモチーフを強く印象づけると同時に、「口は禍の元」という物語全体のテーマを象徴する表現とも受け取れるでしょう。
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杏はなぜ自殺したのか?
ここで、杏がなぜ自殺に至ったのかを改めて整理してみましょう。肝試しのあと、杏が突然「上へ、上へ」と木に登ろうとする異常な行動を取り始めた理由は、作中で翔太の口から明かされます。
杏に振られた翔太は、その後杏と交際を始めた竜也を恨み、「呪いの木」に「次にここを通る人物を殺してほしい」と願う。しかし、竜也は木の横を通らず、その後に通りかかった杏が呪いの対象となってしまう。その結果、杏は「上へ、上へ」と木に登ろうとするようになり、最後はその木で首を吊って命を絶つ。
なぜ杏は上を目指し、木に登りたがったのか。その答えが、漫画で新たに追加された描写で判明しました。
翔太は「呪いの木」に対し、「羽化の途中で死んでしまった蝉のように殺してほしい」ともお願いしていました。このお願いが叶ったのか、「呪いの木」によって杏は「蝉になった」といいます。
つまり、呪いによって蝉となった杏は、上(空)を目指して木に登り、空(死)に至った。そう考えると、杏の不可解な行動にも一本の筋が通ります。漫画版では、この因果関係が原作以上に分かりやすく補強されているといえるでしょう。
原作では描かれなかった“死後の杏”──なぜ5人は死んだのか?
漫画第4話で描かれた、死んだはずの杏が登場する場面。これは、原作小説では「蝉の声」によってかき消されていた部分を補完する描写だと考えられます。
原作小説は、録音データの書き起こしという形式で描かれているため、実際にはその場に存在していたかもしれない“杏の声”を文章として直接表現することはできません。しかし、それは単なる制約ではなく、あえて描かないことで読者の想像をかき立て、恐怖をより深める演出にもなっています。
一方、漫画版では視覚表現を用いることで、その「描かれなかった空白」の部分が新たに描写されました。このシーンでは、杏の発言によって「呪いの木」と呼ばれる存在の正体が明らかになります。
もともとは何の意味も持たなかった一本の木。しかし、人々が勝手に「呪いの木」という噂を作り上げ、その話が口から口へと広がっていくことで、木は本当に“呪われた存在”へと変化してしまったのです。
なお、漫画版では描かれていませんが、原作小説では「呪いの木」がかつては人々から愛されていた木だったことも語られています。漫画で追加された死後の杏の描写は、小説では語られなかった「呪いの木」の成り立ちを補強する役割も担っているのかもしれません。
さらに、この場面では「なぜ5人が死ぬことになったのか」という謎についても、ひとつの答えが示されています。
“蝉になり、空へ上ること”を望んで自ら命を絶った杏は、死後、翔太たちに向かって「かわいそうに」と語ります。つまり杏は、今度は5人に対して「空へ上ること」を望んだということです。
ここからは考察になりますが、もしかすると杏は「呪いの木」そのものの一部になったのではないでしょうか。
「呪いの木」は、もともと人々の噂によって形作られた存在でした。だとすれば、杏もまた新たな噂を生み出す存在となり、5人の死という出来事によって「呪いの木」の伝説をさらに強固なものにした──。そう考えることもできます。
最後のアンケートから分かる、小説と漫画の結末の違い
原作小説と漫画版、そのどちらの最後にもアンケートが掲載されています。しかし、その内容は大きく異なっています。
原作小説のアンケートは「今の状況を想像できたか」といった内容が中心で、5人が現在、首を吊ろうとしているという事実を読者に突きつける“種明かし”のような役割を果たしています。
一方、漫画版では5人が首を吊っている場面が視覚的に描かれているため、アンケートの役割そのものが変化しています。その質問内容は、まるで読者自身に“告白”を求めているかのような構成になっています。
なぜなら漫画版のアンケートでは作中の5人と同じように、読者にも「話すこと」を求めているからです。さらに最後には、そこだけ赤い文字で「ご協力ありがとうございました」と記されています。この赤文字の演出は、原作小説には存在しない漫画版独自の表現です。
小説版が「一体何が起きたのか」を読者自身に想像させることで恐怖を生み出していたのに対し、漫画版は「何が起きたのか」を読者自身に語らせることで、物語の中へ引き込む恐怖を描いている──。そう考えると、両作品は同じ物語でありながら、異なる恐怖の形を提示していることが分かります。
そして、「説明すること」「誰かに話すこと」は、すなわち噂を広げることでもあります。呪いの木が人々の噂によって生まれたように、この物語を語る行為そのものが、新たな呪いを広げる行為になるのです。
最後の赤文字は、読者がアンケートに答えたことで、「あなたも最後まで話しきった」という意味を持つ演出とも受け取れます。
──あなたは、この創作怪談を誰かに話してくれますか?
『口に関するアンケート』は、噂によって生まれた呪いが、さらに新たな噂によって強化されていく物語なのではないでしょうか。物語の最後で、この話が“創作怪談”であると明言されること自体が皮肉であり、同時に最も恐ろしい仕掛けなのかもしれません。
[文:柴山夕日]