梶裕貴「つらく苦しい時間だって、いつの日かまさかの形で役に立つ」#春からの君に伝えたいこと
人生の先輩である著名人の方々から、春から新生活、新しい学年が始まる大学生のみなさんに、エールを送る「春からの君に伝えたいこと」。
今回はアニメ『となりの妖怪さん』で突如猫又になった猫・ぶちおを演じた、梶裕貴さんが登場。これまでの経験や学生時代に刺激を受けたことから、読者へのアドバイスをくれました。
▼ENHYPEN、BOYNEXTDOOR、TWS、西垣匠が登場!
学生の君に伝えたい3つのこと
【写真】梶裕貴の撮りおろし声優・梶裕貴が<春からの君に伝えたいこと>
1.人に迷惑をかけない程度に無茶したらいい
――学生のうちにやっておいたほうがいいと思うことはありますか?
もう、すべてのことですね(笑)。とにかく学生生活を満喫してほしいなと思います。人にもよるし、時代にもよるのかもしれないですけど……自分の学生時代を振り返ってみると、それなりに真面目な性格だったこともあって、“学生ならでは”という要素が不足していたような気がするんですよね。ちょっとした無茶というか、有り余るエネルギーと好奇心から来るであろう、止められない衝動!みたいなものが(笑)。そういうのって、間違いなく学生、若者の特権だろうなと思うので、ぜひ大切にしてほしいんです。もちろん親御さんとか先生とか、周りの人を心配させない、迷惑をかけないという前提のもとですけれど。それから僕らの学生時代というのは、まだガラケーが一般化しはじめたくらいのタイミングだったので、思い出を写真や動画としてあまり残せていないんですよ。でも、今はスマホの性能が驚くほど進化しているし、SNS文化も発展しているので、シェアしやすく、情報も得やすい。いくらでも、手軽に形に残せる世の中になりました。正直、うらやましいかぎり(笑)。なのでせっかくですから、友だちとの思い出を、ぜひ記憶にも記録にもたくさん残してほしいなと思いますね。
2.今の話題作はもちろん、過去の名作に触れてみる
――学生のうちに見たり、聞いたりしたらいいと思うものは?
これに関しても、本当にすべてかなと思います。選別する必要なんてない、と言いますか。学生生活って、基本的には一生戻ってこないもの。教室でお昼ごはんを食べること、部活の帰り道。そのすべてが、とても貴重な時間なんです。もっと言えば、廊下や階段の踊り場でキュッキュッと上履きが鳴る音とか、体育倉庫の湿気とか。かなりマニアックですけどね(笑)。もちろん当事者からしたら楽しいことばかりじゃないとは思うんですけど、でも、そんなネガティブに思えることすらも、あとから振り返ってみれば自分の糧になっていると思える。かけがえのないものに感じられるんです。それに、あれだけ多くの同年代と毎日を過ごす機会は、卒業してしまうと絶対にありませんからね。ぜひとも等身大な思い出を共有してほしいです。
僕の場合、高校生の頃には既に声優を目指していたこともあって、意図的にたくさんのアニメ作品を観ていました。当時は動画配信サイトなんて便利なものはなかったので、観たいものがあればテレビ放送を録画するか、レンタルビデオ屋で借りるしかなくて。しかも、お金がないのでセールのとき限定ですよ?(笑)。なかでも、はじめて『新世紀エヴァンゲリオン』を観たときは衝撃的でした。数日間、その世界に引っ張られましたね。人間の感情が闇鍋のように煮込まれている作品に、ちょうど主人公のシンジと同じ年の頃に触れてしまったものですから。その影響はとても大きかったです。出演されている緒方恵美さんをはじめとする大先輩方のお芝居は、間違いなく、今の自分の芝居の原点になっているだろうなと思います。製作された時代を問わず、学生時代に出会った作品というのは、確実に何か大きなギフトを与えてくれるもの。アニメだけじゃなく、永く愛されている作品には、必ず何か理由があるはずなんですよね。なので、今の話題作はもちろん、過去の名作に触れるというのも、これからの人生に大きく役立ってくるのではないでしょうか。
3.その時は苦しくて辛かった時間もいつかまさかの形で役に立つ
――これまで経験してよかったと思うことはありますか?
もっともっと苦労された方はいらっしゃると思いますし、苦労の感じ方や種類は人によって違うと思いますけど、自分にとっては、下積み時代の生活が本当にキツくて。どれだけ努力したつもりでも、声優という自分の夢を実現しきれない日々。すごく歯がゆく、鬱屈とした時間でした。でも……それでも今となっては経験できてよかったなと感じています。当時はバイト、バイトの毎日で、「自分は本当にこのままでいいのか?」とずっと悩んでいましたが、そうやって這いつくばってでも続けてきた時間というのが、今、声優をやっている上で確実に生きているなと感じられるからです。おかげさまで、ちょっとやそっとのスランプではへこたれませんよ!(笑)。それだけの思いをしてようやく掴んだ今だからこそ、簡単に手放そうとは思わないですし、何があっても戦って守っていきたいなと。物事の渦中にいる時は、つらくて苦しいだけの時間も、いつの日かまさかの形で役に立つ、ということはあると思います。だからこそ、決して腐らないように。そういった中で、どのようにして楽しさを見つけるか、前向きになれるかを考えることも、大事なことかもしれません。
――そういう時間は、今でも思い出されたりしますか?
もちろん。そんな時間を経験してきたからこそ、どんなに忙しくても「仕事をさせてもらえるだけでありがたい」という気持ちしかなくて。僕は「休みたいな」とか「イヤだな」と思うことはあまりないんです。かといって、いただいたオファーのすべてを熟す時間や余裕はないんですけど……極力、その期待に応えたいと思いながら仕事をしています。お引き受けした以上は、望まれた以上の結果を出してみせる、という覚悟で向き合っていますね。
今までにあんまり感じたことのない難しさがあった
――梶さんが出演されるアニメ『となりの妖怪さん』が4月からスタートします。原作、台本を読んだときの印象を教えてください。
オーディションを受けるにあたり、原作を拝読しました。当時の最新刊は第3巻。そんなに早いタイミングでアニメ化するなんて、きっとものすごく魅力のある作品なんだろうな、というワクワクから入り……実際に読みはじめてみると、想像を軽く上回る感動がありましたね。ほのぼのとしたハートフルドラマでありつつ、最初に作品から受けた印象からはイメージできないようなシリアスな展開もあり、とても驚かされました。明るく優しい面だけではなく、ネガティブで繊細な部分にも真正面から向き合っているところが、また素敵で。『なるほど。これはアニメ化されるべき作品だ!』と深く納得しました。
――オーディションで印象的なことはありますか?
ぶちおは、見た目としては猫のキャラクター。けれど……人間と一緒に暮らして、当たり前のように生活感のある会話もするので、もうセオリーなんて関係なくて(笑)。いろんなアプローチの仕方がある役だなと感じました。ぶちおは20歳で猫又になるんですけど、心の年齢感をどうするべきかが問題で。20歳は、猫としては天寿を全うするぐらいのかなり長生きだけれど、猫又としては新参者にあたるわけです。ある種、達観している要素があった方がいいのか? はたまた、猫又としてまだ慣れていない新人感を立てたほうがいいのか? ビジュアル的に声帯は猫なんだろうか? もちろん人間と変わらない声でも成立するしな? と、あらゆる角度から思考を巡らせました。なので、テープオーディション時には"人寄り"と"猫寄り"、ふたつのパターンの声を送りましたね。その後、スタジオオーディションに進んだ際に、『どちらのパターンが、より先生のイメージに近いか?』という議論になり、結果、『猫には寄せず、人間と変わらない声質で演じてみてほしい』という形に落ち着きました。
ぶちおの“人間らしいところ”に魅力を感じた
――今回演じたぶちおについて、どういったところに魅力を感じましたか?
おかしな話ですが"人間らしい"ところですかね(笑)。猫って、どこか"我が道を行く"みたいなイメージがあるじゃないですか。『自分が今こうしたいから、する』という意思が強い生き物なのかなって。けれど、ぶちおに関しては猫又でありつつも……なんだか共感できるんですよね。僕も人見知りなので、『自分は今どう振る舞うべきか』という手段を、これまで生きてきた中で少しづつ学んできました。とはいえ、仕事となればスイッチを入れることで何とか対処できるんですが、プライベートだとそう上手くもいかない。だから、ぶちおの気持ちがよくわかるんです。大往生という形で、自分の猫としての生を全うするのかと思っていたぶちおが、まさかのまさかで突然、猫又になってしまったわけですから(笑)。不器用ながらも、悩みつつ必死に生きている姿は、すごく応援したい気持ちになります。もちろんぶちおだけじゃなく、他の妖怪たちにも、その妖怪ならではの悩みがありつつ、でもそれは、視聴者の方々にも共感できるであろう悩み事ばかりで。僕はぶちおの声を担当させていただいているので、彼の気持ちに焦点をあてて丁寧になぞっていきましたが、きっと皆さんにとっても、『(それが妖怪でも人間でも)自分と近いな』と感じられるキャラクターがひとりはいるはず。そういった入口があると、より作品世界に没入しやすくなるかと思うので、ぜひ共感できるキャラクターを探してみてほしいですね。
――演じていて、または読者として印象的なシーンはありますか?
僕が演じるぶちおは、猫としての生を全うして猫又になり、もともと飼ってくれていた家族と共に、新たな暮らしをはじめます。そんな生活の中で、『どうして自分は猫又になったんだろう』と悩みながらも、妖怪の先輩や人間たちとの触れあいの中で、少しずつ自分の存在意義、本当の気持ちに気付いていくんです。その後、"生きる"という意味において、今一歩踏み出せていなかったぶちおが、大切な家族であるたくみくんを守るために立ち上がる、というエピソードがあるんですが……すごくグッときましたね。原作で読んだときからすごく印象的な場面で、アニメではどう演じようかなと心待ちにしていたシーンでもありました。ぶちおはいろんな場所で、いろんなキャラクターと出会い、その度に成長していくのですが、そんな彼の成長過程を見守るのも、本作の楽しみ方のひとつかと。どのエピソードにも、原作者noho先生の繊細な心理描写が、見事に反映されているなと感じます。
PROFILE
梶裕貴
1985年9月3日生まれ。東京都出身。2004年に声優デビュー。アニメやゲーム、ナレーション、洋画の吹き替え、舞台など多方面で活躍している。代表作にアニメ『進撃の巨人』(エレン・イェーガー役)、『七つの大罪』(メリオダス役)、「僕のヒーローアカデミア」(轟焦凍役)、『ハイキュー!!』(孤爪研磨役)などがある。4月放送スタートのアニメ『忘却バッテリー』(山田太郎役)にも出演中。
『となりの妖怪さん』現在放送中
山合いの風がよく吹く町、縁ヶ森町―。
妖怪と人と神様が暮らすふしぎな日常の中で、それぞれの喜びや悩みを胸に日々を生きる、妖怪たちや人間たち。猫として20歳まで生きて、猫又に新生したぶちお。行方不明の父親を気にかけながらも、前向きに生きている人間のむつみ。代々この町を守っているカラス天狗のジロー。
まったりほのぼのした田舎町の日常の中で起こる、ちょっとふしぎで優しい、繋がりの物語――。
https://tonari-no-yokai-san.com/
取材・文/東海林その子
撮影/三橋優美子
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