Yahoo! JAPAN

「捕手番号」今は昔?プロ野球における背番号27の選手たち

SPAIA

DeNA・上茶谷大河(左)と巨人・炭谷銀仁朗ⒸSPAIA

2020年現役選手の背番号「27」

伊東勤、古田敦也、谷繁元信ら捕手が背負っており、捕手のイメージが強い背番号「27」。だが、意外にも2020年シーズンで最も多いのは投手だ。2020年各球団の背番号「27」は下記の通りとなっている。

西武:内海哲也投手
ソフトバンク:ジュリスベル・グラシアル内野手
楽天:岡島豪郎捕手
ロッテ:山本大貴投手
日本ハム:ニック・マルティネス投手
オリックス:アンドリュー・アルバース投手
巨人:炭谷銀仁朗捕手
DeNA:上茶谷大河投手
阪神:尾仲祐哉投手
広島:會澤翼捕手
中日:大野奨太捕手
ヤクルト:不在

不在:1球団
永久欠番:0球団
投手:6球団
捕手:4球団
内野手:1球団
外野手:0球団

12球団中6球団は投手が背負っており、捕手は岡島豪郎(楽天)、炭谷銀仁朗(巨人)、會澤翼(広島)、大野奨太(中日)の4選手のみだ。

背番号「27」が名捕手の番号として認識されるようになったのは、伊東、古田、谷繁らが背負っていたことが大きい。しかし、さらにさかのぼると巨人の森祇晶がV9時代に着用していた。

また、DeNAは前身の大洋時代に、平松政次が背番号「27」を背負っていたことで、投手の番号として使用されることが多い。現在も上茶谷大河が背負っており、近年では2013年に外野手のモーガンが着用しているのみだ。

「カミソリシュート」で201勝を挙げた平松政次

捕手の番号として定着していた背番号「27」だが、DeNA(前身球団含む)は捕手も野手もこの番号をほとんど着用していない。2017年に野球殿堂入りを果たした平松政次が使用していたからだ。

平松は1967年にDeNAの前身球団である大洋に入団し、当時は背番号「3」を背負っていたが、2年目の1968年から引退する1984年までは背番号「27」を着用していた。

1970年には25勝をマークし、最多勝を獲得。同時に沢村賞も受賞しており、翌1971年には17勝を挙げ2年連続最多勝に輝いた。

「カミソリシュート」と呼ばれていた切れ味鋭いシュートを武器に、通算201勝の成績を残し名球会入りも果たした。巨人戦では、金田正一(65勝)に次ぐ通算51勝をマーク。巨人キラーとしても知られている。また、同時期に現役生活を送っていた長嶋茂雄(巨人)が苦手にしていた投手でもあった。

平松が引退後は1998年、1999年、2002年と3年間の空白期間があったが、2013年のモーガン選手を除き全て投手が着用している。DeNAにおいては今後も背番号「27」は投手の番号として継承されそうだ。

「代打、俺!」古田敦也

近年のプロ野球において名捕手ランキングを行えば、上位にランクインすることは間違いないのが古田敦也(ヤクルト)だ。アマチュア時代は日本代表として野茂英雄(ドジャース他)らとともに、ソウルオリンピックで銀メダルを獲得。1989年のドラフト会議で2位指名を受け、ヤクルトへ入団した。

古田はチームの先輩捕手でもある、大矢明彦が着用していた背番号「27」を与えられた。このことからも期待の大きさがうかがい知れる。古田はその期待に応えて1年目でレギュラーを獲得し、2年目には首位打者に輝いた。その後、2007年までの18年間で2097安打を放ち名球会入りを果たしている。

また、2006年、2007年には選手兼任監督としてチームを引っ張った。その当時、自身が代打として登場する際に「代打、俺」と審判に告げることが大きく取り上げられた。

2007年に現場を離れてからユニフォームを着ての指導はない。また、古田選手兼任監督が退団後、ヤクルトにおいて背番号「27」は空き番号となっている。古田のような名捕手、または候補が生まれたとき背番号「1」のように継承されるのだろう。背番号が受け継ぐ伝統も永久欠番と違った趣がある。

西武黄金時代の「頭脳」伊東勤

巨人がV9を達成した際の正捕手だった森祇晶が西武監督となった1986年。ここから90年代前半まで黄金時代を築くことになるが、その際の正捕手が伊東勤だった。

伊東は1982年の西武入団から背番号「27」を背負っており、引退する2003年まで22年間にわたり着用。その間に打撃タイトルの獲得こそなかったものの、ベストナインを10回、ゴールデングラブ賞を11回受賞し、西武の頭脳として一時代を築いた。

引退後の2004年に西武の監督に就任すると、4年間でAクラス3回の成績を残すなど実績をあげている。2013年からはロッテの監督に就任。2015年、2016年と2年連続でのAクラス入りを果たした。監督時代の背番号は両チームともに「83」を着用している。

また、選手、監督としての実績が認められ、2017年に同じ背番号「27」で一時代を築いた平松政次らと野球殿堂入りも果たした。2019年から中日のヘッドコーチを務めており、1年目は「91」だったが、2020年シーズンから「83」に変更している。

ヤクルトの名捕手から横浜の監督へ大矢明彦

早稲田実業、駒澤大学を経て1969年ヤクルトアトムズにドラフト7位で入団した大矢明彦、入団当時は背番号「32」を与えられた。1年目から93試合に出場し、レギュラー格となると翌1971年に背番号「27」へ変更。2年目にしてオールスターゲームに出場するなど、正捕手に定着した。

以降、1986年まで16年間ヤクルト一筋でプレーし、ベストナイン2回、ダイヤモンドグラブ賞(現・ゴールデングラブ賞)を6回受賞。ヤクルトでは以降、古田敦也も背番号「27」を背負っており、この番号は完全に名捕手の番号となった。

現役引退後は、横浜の監督を2度(1996年ー1997年、2007年ー2009年)務めており、「81」「85」を背負った。

大矢が背番号「27」を着用し始めた1971年は、巨人のV9真っ只中。その正捕手を務めていた森祇晶も背番号「27」を背負っていた。森、大矢の2人が「27」を捕手の番号としてイメージ付ける先鞭をつけたと言えるだろう。

記事:SPAIA編集部

【関連記事】

おすすめの記事

新着記事

  1. 【栃木県那須黒磯ドライブVOL.2】ふらっとひとりツアー ~CHUS・Pino cafe&meal~

    宮城仙台散策マガジン せんだいマチプラ
  2. 北仙台駅目の前!コスパ抜群の焼肉屋さんのランチへGOGO ~スタミナホルモン食堂 食樂 北仙台駅前店~

    宮城仙台散策マガジン せんだいマチプラ
  3. ウエンツ瑛士、留学から帰国後「怒るようになった」

    ナリナリドットコム
  4. ウエンツ瑛士、留学から帰国後「怒るようになった」

    ナリナリドットコム
  5. 【NEWS】焼きたてカスタードアップルパイ専門店「RINGO」×「シルバニアファミリー」コラボ企画第二弾!~仙台駅2階 12/14(月)より~

    宮城仙台散策マガジン せんだいマチプラ
  6. KEMURI、ニューアルバム『SOLIDARITY』より「Blue Moon」のMVを公開

    SPICE
  7. KREVA、「Fall in Love Again feat. 三浦大知」MV公開 “人との距離をとっても心の距離は遠ざけない”思いを映像化

    SPICE
  8. 岡田結実が1月期連ドラ主演「正直事務所変わって…」

    ナリナリドットコム
  9. 岡田結実が1月期連ドラ主演「正直事務所変わって…」

    ナリナリドットコム
  10. 大人になってからも、きょうだいってそんなに価値があるもの?

    ママスタセレクト