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食の力で地方創生|ミシュラン星つきシェフの新しい物語《福岡県宮若市》

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2021年夏、福岡市東区香椎の人気フレンチ店「颯香亭」が、福岡県宮若市で「Soukatei」として再出発しました。17年間も熱心なファンに慕われたミシュラン一つ星の名店が、なぜいま郊外へ移転を決めたのか?
オーナーシェフ・金丸建博さんへの取材で分かったのは、これが単なる移転ではないとうこと。ここで始まるのは、あるフレンチ職人の夢についての物語です。

福岡市の繁華街・天神から車で約1時間の、福岡近郊とは思えぬ緑豊かな場所に「Soukatei」はありました。涼やかな南仏風の建物は、石と木とガラスで構成したシックな造り。大自然に抱かれたリゾート施設といった趣きです。

高級山荘さながらの、バーカウンターを備えたロビーも重厚さと温かみを漂わせます。すると「遠くからよくおいで下さいました」と、金丸さんとマダムが柔和な笑顔で迎えて下さいました。
パリや南仏で腕を磨き、福岡フレンチの草分け「イル・ド・フランス」の料理長を務めた後、2004年に「颯香亭」を開業した金丸さん。秀でた味はもちろん、客の好みに合わせた“オートクチュール料理”で数々のグルマンを虜にする52歳のフレンチ職人です。

さっそく、今回のリニューアルの経緯や目的を金丸さんに伺いました。
「実は香椎の店は、20年を区切りに一度畳むつもりだったんです。その後はどこか片田舎で農業をしながら小さな店でもやろうかなって。でも世代を超えて、長くお客様にご来店いただくこともレストランの使命だと思い直しました。とくに昨今はコロナ禍による閉店が多く、お客様が安らげる場所や、そこで過ごされた思い出を守ることの大切さを噛み締めています」

そんなふうに金丸さんが育んできた縁は、全国でスーパーセンターを展開する「トライアル」というパートナーとの出合いを呼び込みます。「同社から“食のプロジェクトを一緒にやりませんか”との申し出をいただき、それを機に『颯香亭』のリニューアルを一緒に行ったのです。新生『Soukatei』では、これまで以上に生産者ファーストや縁結びを極めたいですね」

さらに「トライアル」と宮若市による各種共同プロジェクトへも参加を決め、金丸さんの取り組みは店舗の枠を超えることになりました。“いろんな問題を食で解決する”という新たな挑戦に「胸が躍ります」と微笑む金丸さん。「ここ宮若市を皮切りに、食の豊かさ、人の温かさ、そして人と人が繋がる素晴らしさを広く伝えていくつもりです」

かくして完成した素敵な店舗の玄関には、金丸夫妻の頭文字を刻んだ看板が掛かっています。「厨房では将来『トライアル』の飲食事業部門で活躍する人材の育成も行なっていますが」と金丸さんが続けます。「いずれここを卒業するスタッフの頭文字も看板に刻むつもりです。そのメンバーから『Soukatei』を託せる人材も現れるかもしれませんね。ここを100年続く店にするためにも、本気でそう願っています」

ロビーから客席へ向かう途中、真新しい厨房を通り過ぎました。金丸さん曰く「ここで使う食材の大半はこの界隈のもの。農産物も畜産物も豊富にあって、知れば知るほど宮若市のポテンシャルには驚かされます」

移転後は生産者との距離がより緊密になり、学ぶことも増えたとか。「たとえばミカンの花など、私たちが普段食べないものを酢漬けやピクルス、発酵調味料などにして料理に個性を与えています。こうした発想も生産者や自然環境がヒントをくれるんですよ」。かねてより地産地消を深いレベルで掘り下げてきた金丸さんには理想的な土地のようです。

「それに本来食べずに捨てていたものを僕らが買えば、生産者にお金が回り農業を続けるモチベーションになるし、若いスタッフには“食材は簡単に捨てられない”という気づきを与えられます。そんなふうに周囲のことを含め、5年、10年先を考えて取り組むことが大切なんです」。言葉の端々からにじむ、隠しようのない生産者や食材への敬意。金丸さんが常にファンに慕われ、厚い信望を集めるのは、こうした優しい哲学の持ち主だからなのでしょう。

客、食材、産地、生産者と、あらゆるものに慈しみの眼差しを注ぐ金丸さん。そんな心優しき職人を“独占”できるシェフズテーブルも設けられていました。目の前で調理にいそしむ金丸さんと、より濃密な時間を過ごせる最大4名のカウンター。この特等席、いつかは予約してみたいものです。

またこちらの客席はすべて個室仕様で、全4室どこからもまばゆい緑が眺められます。すると「食事の場は個室だけとは限りませんよ」と金丸さん。ロビーでマダムと談笑しながらアミューズをつまんだり、臨場感ある厨房のそばでワインを傾けたり、デザートは庭園を選んだりと、館内すべてが“客席”なのだそう。「レストラン自体が楽しい体験をする空間。どこでもご希望のスペースをお使い下さい」とにっこり。料理だけでなく、ここでは過ごし方もオートクチュールというわけです。

もちろん料理の方も、期待を超えた比類のないものでした。メニューは予約時に詳細に要望を聞き、可能な限り客ごとの好みに合わせたコースを構成。ランチは最低10品、ディナーは13~16品が提供されます。

冒頭を飾るこのアミューズにも驚きが満載でした。庭で摘んだばかりに見える“小枝”は、宮若市の全粒粉で焼いたビスケットを、地元の酒と赤ワインで煮た牛スネ肉を挟んで食す料理。一緒に添えた自家製発酵クリームや煮こごりも、未知の風味と食感を生むのに貢献していました。小品にも関わらず、皿からあふれそうな情報量に圧倒されるばかりです。

続く冷前菜も自然の恵みを圧縮したような一品。野菜はどれもここの菜園で採れたもので、パイ生地の上にオクラやトマトの花・蕾を乗せてあります。周りにはトマトから搾った透明なソースや、地元産果実のペーストといった上品なフレーバーを配置。風味は複雑なのにホッと親しみが湧くのは、活力ある食材の力によるものでしょうか。

この日のメインディッシュは、嘉麻市の敏腕猟師が仕留めた鹿肉。薪で香り高く焼きあげた至高の素材は、これぞジビエの真骨頂と呼べる仕上がりです。地元産の黒米や花山椒の塩漬けなど、付け合わせも実に手が込んでいました。

デザートに野菜を使うのも金丸流。これはバジルのシャーベットを、地元産バターナッツカボチャのアイスで包む優しい甘さの逸品です。トッピングにはクッキー生地と、隣町のジャージー牛乳で米を炊いたリオレが使われていました。

どの料理も精緻な発想と技巧に満ち、一瞬も口福やため息の絶えない珠玉のコース。これらを形にするには途方もない準備や労力が要るはずですが、こうした献身の原動力を「お客様への感謝」と金丸さんは言い切ります。「9年前に病を患い、あと何年仕事ができるかと考えるなかでそう痛感しました。ミシュランの星をもらった時も、料理ではなくお客様に取らせていただいた気がしたんですね。以後はお客様のため、よりいっそう高みを目指そうと努めています」

こうした感謝や愛情は、いま宮若市へも向けられています。先述した「トライアル」のプロジェクトが始まり、金丸さんも動きだしたのです。市の公共施設や商業施設の跡地を活用し、AI開発拠点・店舗・ホテルなどを順次展開するというのがプロジェクトの柱。金丸さんはそこにフードプロデューサーとして関わります。
「ずっと産地や生産者さんの役に立ちたいと望んでいたので、この仕事は願ってもないことです。市の活性化を手伝うことが皆さんへの恩返しになれば」。そう。料理の進化/深化に努める一方、金丸さんは食の力による“まちおこし”にも挑んでいるのでした。成功すれば地方再生の新たなモデルケースになりそうです。

“客思いの店づくり”“地域貢献”という長年の夢とは別に、来年は自身のオーベルジュを開くという夢も控えています。「普通レストランの滞在は2、3時間ほどですが、常々お客様ともっと時間を共有したいと思っており、オーベルジュならそれが実現できるなあって。自然や家族や料理のこと……いろんなことを語らいたいですね。私もマダムも、その日が待ち遠しくてたまりません」

宮若市の大自然に生まれた迎賓館のようなレストラン。これから多くの客たちが、ここで心のアルバムに笑顔や感動を加えてゆくことでしょう。慈愛に満ちた夢をひたむきに実践する、金丸さんご夫妻と過ごす時間。それこそが一番の宝かもしれないな──ふと、そんなことを思い浮かべました。

《MIYAWAKA Soukatei/ミヤワカ・ソウカテイ》
福岡県宮若市乙野666-2
080-1743-9270(完全予約制)

※掲載しているメニューや価格は取材時のものです。感染再拡大防止対策期間により時短営業や休業してることがありますので、訪問する際にはお店のSNSや電話等でご確認ください。

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