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「やっぱり発達障害があるんだな」座れない、踊れない。親子通園を始めて分かった息子の現実と今

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「やっぱり発達障害があるんだな」座れない、踊れない。親子通園を始めて分かった息子の現実と今

監修:鈴木直光

筑波こどものこころクリニック院長

保育園では見れなかった日中の息子

息子の通っている療育は親子で通園し、一緒に活動する。保育園とは違い日中の息子の様子が見れるのだ。先生やお友達に対して、教室ではどういった行動を取るのか私は少しワクワクしていた。

「発達の遅れ」と言われても、子育ては初めてだしコロナ禍で出掛けられずほかの子と比較することもできないので、どの程度遅れているのか実際よく分からなかった。

息子は人見知りや場所見知りがあまりない性格なので、療育で過ごすことにはすぐに慣れた。初日から、ママが見えるところにいれば勝手におもちゃで遊び、悠々自適に過ごしている。楽しそうでなにより。自由すぎるけど。先生やお友達には興味はないようで、ただひたすら1人で遊んでいた。ただ周りの子も同じような感じなのでそこは気にならなかった。

動く!逃げる!怒る!泣く!リトミックが嫌な息子

園に着くと、決まった時間まで自由時間でさまざまなおもちゃで遊べる。それが終わるとお片づけをしてリトミックの始まり。リトミックはみんなで輪になって音楽に合わせてダンスを踊る。ちなみに子どもたちが覚えるように、ほぼ毎週同じ曲をやる。まぁこれはできないだろうな…と思っていたが、予想通りまったく参加しない息子。

リトミックが始まると片づけたおもちゃをほしがる、とにかくフラフラどこかへ行く、教室から出せと泣く怒る。保育園からリトミックに参加しない、集まって絵本を読むときなども座っていられないという話は聞いていたが、聞くのと見るのとではまったく違う。実際この状況を目の当たりにして「分かっていたけどうちの子って…もうすぐ3歳になるのにこういうことができないんだ…」と改めて実感した。

同じクラスの子どもたちも、息子とたいして変わらずほとんどリトミックに参加していなかったが、1人だけちゃんと参加できている子がいた。多分この子がこのクラスの中で1番定型発達に近い存在なんだろうな…とうらやましくも思った。

リトミックに続いて行う親子体操(子どもを膝に乗せて行う、バスに乗ってなどのふれあい体操のこと)も、まったく参加せず。泣いて暴れて母の元から逃げていく。親子体操に関してはおとなしく抱っこされてできている子どもが多かったので、「療育でも1番できていない…ああほんとに…うちの子はほかの子とは違うんだな…」と感じざるをえなかった。

座っていられない

リトミックと親子体操が終わると、次は椅子に座ってお名前を呼ばれたり絵本を読んだりの時間。もちろんこれも座っているはずがない。教室から逃げ出そうとして泣いたり、先生が読んでくれている絵本にこれでもかと近づいて邪魔したり、椅子に座ろうと促されて怒って泣いたり。

息子を追いかけたりなだめたりと先生が率先してやってくれてはいるが、療育が終わるころには私は心身共にぐったりしていた。座れないでフラフラしているとは聞いていたけど、これほどとは…。保育園の先生たちも大変だろうな。

親子通園で見えてきた現実

療育に親子で通いだし、息子の日中の様子が知れたことで現実が見えてしまった。いや、早めに知ることができてよかった。それまでは「療育」という中に入れば息子はある程度できるのかと思っていた。しかしそんなことはなかったし、そういうことでもなかった。それぞれに発達の凸凹があるから「うちの子が1番できない、あの子はできる」と言うことではなく、みんな得意不得意がさまざまなので比べようがない。

まだ診断が出ていない時期だったが、一つ分かったことは「わが子は発達障害だろう」ということ。発語がないことやコミュニケーションの取り方、動きのさまざまなところで感じざるをえなかった。

療育に通い始めたときは、リトミックや親子体操など逃げて泣いて大変だったけど、今では楽しそうに教室内をフラフラしている。いまだにリトミックは踊らないけど親子体操は多少やらせてくれるようになったし、椅子にもたまに座ってくれるようになった(好きな絵本があるときなど)。とにかく常に楽しそうで、当時の泣いて怒って教室から逃げ出していたことをすっかり忘れていたほどだ。私の心境も変わり、「こんなこともできない」から「こんなことができるようになった」と見方を変えられるようになったと思う。

執筆/まる

(監修:鈴木先生より)
家庭だけではわかりませんが、集団に入って初めて我が子のつまずきに気づくことが多々あります。今回のような療育でわかることもあれば、保育園や幼稚園などでわかることもあります。集団に参加できない理由は何なのか?音なのか?人なのか?道具なのか?ほかにやりたいことがあるのか?眠いのか?…。
以前にも書いたように、”Not unable but able” なのです。その子に何ができないかではなく、何ができるかを見極めることが重要です。理解のある療育や園では、そのお子さんにできることを伸ばしてくれます。担任との相性&担任の発達障害(神経発達症)に対する理解次第です。

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