気軽に本物の浮世絵が買える!神保町『原書房』で多彩なジャンルの作品を知る【江戸文化を訪ねて】
大河ドラマ『べらぼう~蔦重栄華乃夢噺~ 』の人気もあり、今にわかに注目度が高まっている江戸文化。装いやカルチャーなど、江戸文化に、東京で気軽に触れられるスポットを紹介していく【江戸文化を訪ねて】シリーズ。今回は、神保町の浮世絵・版画の専門店『原書房』を訪ねて、「浮世絵」について話をお聞きしました!
浮世絵って、今も買えるんです!
江戸時代の文化と聞いて多くの人の頭に浮かぶのは、「浮世絵」ではないでしょうか。 美術館やコレクターの家にしかないものかと思いきや、実は意外と気軽に買うこともできるものなのだとか。そんな機会を与えてくれるお店として知られているのが、神保町の『原書房』です。
お店の1階は、占いの書籍や道具を扱うフロアになっています。浮世絵を扱うフロアは2階にあり、階段を上がって入るのでちょっとドキドキ。店主の原敏之さんは、お客さんが話を聞きたそうなときに声をかけるスタイルで接客しているそう。購入したい人はもちろん、「本物の浮世絵を見てみたい!」という気持ちで訪れてもOKなのだそうです。ということで、安心してお店に足を踏み入れましょう!
店内は明るく、書店の美術書フロアのような落ち着いた雰囲気です。
書斎のようなオフィススペースがあり、その手前に専門書がズラリと並びます。
そしてこちらが、実際に浮世絵を購入できるスペース。壁に掛けられた浮世絵の下の棚では、ジャンルごとに引き出しが分けられており、自由に開けて作品を手に取り選ぶことができます。
引き出しの中には、江戸時代や明治時代に刷られた浮世絵の実物が。
この引き出しの中に入るものは1万円〜10万円以下と、初心者にはハードルが高めですが、「廉価品」の引き出しの中には数千円〜1万円程度から購入できるものもあり、たくさん刷られた役者絵や、元は三枚続(さんまいつづき)だったものが欠けて1枚になったようなものなどが入るそう。引き出しを開ければ、意外な掘り出し物に出合えるかもしれません!
入門にぴったりな数千円の複製も多数
もっと手頃な価格のものが欲しいという人は、お店の奥へ。斜めに立てかけられた浮世絵がズラリと並んでいます。
こちらのコーナーでは、レコード店で買い物するときのように、パタパタと繰り出しながら浮世絵を選ぶことができます。値札を見ると、3000円、4000円、5000円といった手に取りやすい価格が。こちらは、元になる浮世絵の図版をもとに下絵を起こして、現代に新たに彫り直した版木(はんぎ)で刷ったものなのだそうです。
刷られた時代こそ違えど、異なる色の判を複数重ねて刷るという手法は江戸時代と同じ。初めて浮世絵に触れる人も、浮世絵を印刷機でコピーした製品とは異なる風合いをきっと感じられるはずです。
原さん:版木の元になる下絵は版木に貼り付けて一緒に彫るので、なくなってしまうんですね。版木も、使い終わると表面を削ぎ落として再利用したり、燃やしてしまったりするので、ほとんど残りません。
まれに江戸時代や明治時代に使われていた版木が出てくることもあるそうですが、せいぜい数年に1つ出るかどうかというくらい珍しいことなのだとか。こちらのカタログに掲載されている版木は、3枚セットで扉に仕立てられていた状態で発見されたのだそう。
色数に注目すると面白い!
──多色刷りの浮世絵は、使われる色ごとに別々に版木を彫って、1枚の紙にいくつも色を重ねて作るんですよね。こちらの作品には何色くらい使われているのでしょうか?
これは少なめだと思います。10色から15色くらいでしょうか。
——子供用の色鉛筆くらいの色数で、こんなに豊かに表現できるんですね。
原さん:色数の多さで有名なのは、油絵もやっていた吉田博さんですね。この作品だとそこまで多くはありませんが、多いものだと1つの作品に50枚の版木を使われたことがあります。つまり50色ですね。
──浮世絵は、一度版木を作ったらそれをスタンプのように使って何部も刷るそうですが、版を重ねるうちにどこか変わっていったりするのでしょうか?
実際にはエディション番号はないのですが、刷りの時期の早い、遅いによっても作品の価値が変わります。刷りのよさ、つまり線がちゃんと出ているかどうかということです。
──同じ版木を使って刷るうちに版木が摩耗していくということでしょうか。
そういうことです。あと、同じ版木を使っていても、途中からだんだん色数が減っていくこともあるんです。最初の方は指定した色でちゃんと刷っていくんですけど、途中でめんどくさくなってしまったのか、インクがなくなったのか。もちろん、最初から最後まで全部同じだというものもあるんですけれど。
──例えば、「この青とこの青は別の色で指定されていたけど、同じ青で刷っちゃおう」とか、そういうことでしょうか?
そうそう、そういう感じです。あとは1枚の版木そのものがなくなって、例えば最初のうちは山が刷られていたのに、その山が途中からなくなってしまったりするようなこともあります。
——うっかりなくしてしまったケースもあったりするのでしょうか……。そんな人間模様も想像すると、風景画を見る目が変わってきそうです。
自由があふれるニッチなジャンル
浮世絵と聞くと、東洲斎写楽などの手による「役者絵」、歌川広重の『東海道五十三次』のような風景画、そして人気の遊女などの姿を描いた美人画が思い浮かぶのではないでしょうか。浮世絵には、そうした枠に収まり切らないほど多彩なジャンルがあるのだとか。
例えば、子供が遊ぶための「おもちゃ絵」というものがあったりするのだそうです。その中の1つがこちら。
原さん:これは「立版古(たてばんこ)」といって、切り抜いて歌舞伎などのシーンをジオラマのように再現するものです。
原さん:全部切り抜いて配置すると、この四角の中の完成図のようになるらしいんです。立版古は結構たくさん作られたもので、明治時代の日清戦争を描いたものがあったりします。人形を描いたものもたまにありますよ。
——今でいう“アクスタ”とか、子供の雑誌の付録のようなイメージが湧きますね。
──こちらの猫の絵もとってもかわいいです! 四角く区切られていますが、切ってカルタのようにして遊ぶのでしょうか?
これは明治時代のもので、「猫づくし」といいます。単純に見て楽しむものです。切って遊ぶこともあったのかはわかりません。切られたものはあまり出てこないので、あったとしても捨てられてしまったのかもしれませんね。
——疱瘡(天然痘)対策のお守りとして赤一色で刷られた「疱瘡絵(ほうそうえ)」(上写真)など、病気関連の浮世絵も面白いですね。
原さん:疱瘡絵は病気が治ったら捨ててしまうものなんです。こちらの「当世雑語麻疹合戦記」なんかも面白いですよ。
──右側には食べ物を擬人化したような人がたくさん描かれていますね。これは一体?
病気の時に食べていいもの、悪いものを描いています。今までにほとんど見たことがないので、たぶんそんなに数は作られなかったのではないかと思います。浮世絵は、マーケットを見て部数を決めるんです。
──もともと需要が少なかったり、たくさん作られても捨てられてしまったり。浮世絵はいろいろな状況をくぐって残ったものなんだと考えると、ますます面白くなりますね。
幕末から明治にかけてたくさん外国人に買われていったことが、浮世絵にとっては逆によかったんですよね。地震や戦争があっても残ったのはそのおかげです。バブルの頃に日本に買い戻されて、またそれがリーマンショックで海外に出ていって。日本から出ていっては戻ってくることを繰り返してきています。
──江戸時代とか明治時代の浮世絵を手にすると、そんな歴史の担い手の1人になれるようでワクワクします! 浮世絵が初めての人へのアドバイスがありましたらお聞かせください。
こんなに間近で浮世絵を手に取って見られることはなかなかありませんから、見に来るだけでも。そんなにものすごく高いものではありませんし、美術館で見たようなものも買える、というところも魅力だと思っています。
現代にも彫師や摺師がいて、名作の復刻版のほか、ドラえもんや『スター・ウォーズ』、ロックバンドのKISSなどをモチーフにした新作浮世絵も作られているのだそう。今も生きている浮世絵の世界に、ぜひ一歩足を踏み入れてみてください!
原書房(はらしょぼう)
住所:東京都千代田区神田神保町2-3/営業時間:10:00〜18:00/定休日:日・月・祝/アクセス:地下鉄神保町駅から徒歩1分
取材・文・撮影=増山かおり
増山かおり
ライター
1984年青森県生まれ。かわいい・レトロ・人間の生きざまが守備範囲。道を極めている人を書くことで応援するのがモットー。著書『東京のちいさなアンティークさんぽレトロ雑貨と喫茶店』(エクスナレッジ)等。