身近な人へ。もう会えない人へ ~あなたへの手紙/かなたへの手紙(枡野浩一)【NHK短歌】
2024年度『NHK短歌』テキストの講座「あなたへの手紙/かなたへの手紙」で講師を務めるのは枡野浩一(ますの・こういち)さんです。
「言葉を綴ることは、自分と他者とのあいだに橋をかけようとする試みです」と語る枡野さん。
今回は、テキスト4月号から「こんにちは/はじめまして」をテーマにお届けします。
はじめまして。こんにちは。歌人の枡野浩一と申します。
年間を通してのテーマを「あなたへの手紙 かなたへの手紙」としました。身近な人へ。もう会えない人へ。いろいろな相手をイメージしてみてください。手紙のように短歌を詠むといっても、必ずしも「です・ます」調である必要はありません。手紙を書く心持ち、であればいいのです。
とても私。きましたここへ。とてもここへ。白い帽子を胸にふせ立つ
雪舟えま(ゆきふねえま)『たんぽるぽる』
直接的に「はじめまして」という言葉は出てきませんが、《白い帽子を胸にふせ立つ》という動作から、初々しさがあふれ出ています。「とても」という言葉が、本来は直接かかることのない言葉の前についています。普通の文章になるように言葉を補うとしたら、《とても私がきたかったここへ、ついにきました。》といった感じになるでしょう。しかし、文章をわざとぶつ切りにして、「とても」と「ここへ」をくり返す。切実な違和感が「今、まさに胸がはずんでいる、のっぴきならない感じ」を体現しているのです。
ハロー 夜。ハロー 静かな霜柱。ハロー カップヌードルの海老たち。
穂村 弘(ほむらひろし) 『手紙魔まみ、夏の引越し(ウサギ連れ)』
ハローというあいさつの言葉を「夜」「霜柱」「海老(えび)たち」へ投げかける。世界中にあいさつしたくなる、尋常ならざる心の高揚を描いた短歌だと思います。『手紙魔まみ、夏の引越し(ウサギ連れ)』は「まみ」という主人公が、歌人である「ほむほむ」へ手紙を送っているという設定に貫かれた物語のような歌集。世界へあいさつすることで、「まみ」が思いを伝えたい相手は「ほむほむ」でしょうか。
枡野浩一(ますの・こういち)
1968 年東京都生まれ。1997年、オカザキマリ(おかざき真里)の絵と組んだ短歌絵本『てのりくじら』他を刊行し歌人デビュー。短歌小説『ショートソング』、アンソロジー『ドラえもん短歌』など著書多数。短歌代表作は高校国語教科書に掲載中。2022年、『毎日のように手紙は来るけれどあなた以外の人からである 枡野浩一全短歌集』を上梓 。「NHK短歌」誌で「マスノ園芸店」を連載するくらい植物好き。
◆『NHK短歌』2024年4月号「あなたへの手紙 かなたへの手紙」より一部抜粋
◆文 枡野浩一
◆トップ写真 ©Shutterstock(テキストには掲載していません)