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二兎社『パートタイマー・秋子』沢口靖子(主演)×永井愛(作・演出)インタビュー

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沢口靖子 永井愛

沢口靖子が“科捜研の女”ではなく、“スーパーの女”になる。2003年、永井愛が劇団青年座に書き下ろし、再演を重ねた『パートタイマー・秋子』が2024年、沢口靖子主演で上演されることになったのだ(2024年1月12日~2月4日 東京芸術劇場 シターウエスト、他)。今回は永井自らが演出も手掛ける。沢口の二兎社出演は『シングルマザーズ』(2011年)以来で、二回目となる。

成城住まいのセレブ主婦・秋子(沢口)は、夫の会社が倒産したため、家計を助けようとスーパーでパートを始める。が、そこでは、賞味期限の改ざんやリパックがまかり通り、商品をくすねたり、従業員同士のいじめがあったりもしていた。まるで“ディストピア”のような世界で、秋子の価値観は揺らぎ、変化していくーー。人気ドラマ「科捜研の女」シリーズでは犯罪の真相を追う正義の人・マリコを演じている沢口の、新たな魅力を見せると永井は意気込む。沢口のコメディエンヌの資質も大いに発揮されそうだ。沢口と永井から話を聞いた。

――沢口さんは今回オファーを受けてどう思いましたか。

沢口 『シングルマザーズ』で永井愛さんとご一緒したとき、いつかまたご一緒したいと思っていたので、今回、『パートタイマー・秋子』で再びお声をかけていただき、ぜひ参加させていただきたいと思いました。

――永井さんの考える、沢口さんの俳優としての魅力は?

永井 ちょっと天然な感じもチャーミングですよね。真面目さと天然さのバランスが演劇的で、すごくいいなあと思って。以前、沢口さんが出演した伊東四朗さんと三宅裕司さんとの3人のコント『いい加減にしてみました3』(2010年)では、沢口さんの演じた、言われたことをことごとく勘違いする秘書役が爆弾級のおかしさだったんですよ。まじめにやるからいいんですよね。こんなに笑える沢口さんを、舞台でぜひ見てほしいなと。

沢口 『シングルマザーズ』のとき、永井さんは、膨大な資料をもとに書かれた脚本の、セリフやト書きひとつひとつにまつわるエピソードをお話くださって。それによってセリフひとつひとつを明確にイメージして、伝えることの大切さを学びました。それが私にとってはとても新鮮で、舞台づくりとはおもしろいものだと感じました。

永井 沢口さんは台本や資料をしっかり読みこんでいて、私の間違いをみつけてくれたりもして。ちょっと面目なかったのですけれど(笑)。ほんとにこんなにたくさん質問するかたは珍しいんです。沢口さんが「ちょっと質問してよろしいでしょうか」と台本をとり出したとき、付箋がびっしり貼ってあって、しかもその頭がきっちり揃っているんですよ。まるで、ひとつの工芸品みたいで。そういうところがどこか面白いんですよね(笑)。

――付箋は、定規か何かで揃えるんですか?

沢口 いえ、自然に揃ってしまうんです(笑)。今回もたくさん質問していきたいと思います。

永井 テレビドラマで大活躍されている沢口さんの、まだまだ見たことのない魅力を、舞台でもっと皆さんに知っていただきたいと思っています。

沢口 舞台はチャンスがあればチャレンジしたいフィールドです。舞台は映像と違って全身を使っての感情表現だったり、後ろの席まで届く発声や、2時間や3時間、舞台上で演じ続ける体力が必要になってきます。その都度、課題は残りますが、折につけやっていきたいと思っています。舞台は私にとって鍛えられる場所なんです。

永井 沢口さんがテレビドラマ『科捜研の女』で犯罪を捜査する榊マリコ役をやったことは、それまでの沢口さんのイメージを超えた面白さがあったと思います。そのイメージがすっかり定着した今こそ、違う役に挑んでもらいたくて。

――『パートタイマー・秋子』の主人公(秋子)と沢口さんが似ていると感じるところはありますか?

沢口 世間知らずで、正義感の強いところですね。

永井 秋子は、榊マリコのように徹底的に正義に立ち向かっていく役とはちょっと違って、もっとくじけやすい人物です。セレブな奥様が、大手チェーン店ではなく、地元密着型のスーパーでなぜか働き始めたことから物語は始まります。たとえば、沢口さんが『科捜研の女』の撮影が終わって時間ができたからスーパーでバイトしようかって面接を受けに来たら、スーパーの人たちは面食らうし、可笑しいでしょう? まさにそういう感じなんです。

沢口 秋子が、パート先で出会う人達から様々な影響を受けて、価値観が変化していくところが面白いです。

永井 今回は、久しぶりに出演者の数が多く、若手からベテランまで、実力ある俳優さん達と沢口さんの絡みは見どころです。セレブの秋子がスーパーとあまりにもそぐわないので、みんなの顰蹙を買い、いじめられるなかで、次第に変っていく。その姿をスリリングに見せられればと思います。

沢口 宣伝用のチラシに「スーパーは(中略)“ディストピア”だった」と書かれているように、スーパーの中の人間関係を通して非人間的な社会がユーモラスに描かれています。笑いながら考えさせられる作品ですよね。

永井 『パートタイマー・秋子』を書いたのは2003年。米英によるイラク攻撃がはじまる直前で、国連安保理(国連安全保障理事会)の常任理事国であるアメリカが、安保理の決議も経ずに、「自衛のため」と称して先制攻撃を表明し、日本が一早く支持声明を出した頃でした。第二次世界大戦を経て、人類は他国に勝手に攻め入ることはないと思っていたのに、それが公然と行われたことにショックを受けました。書きながら、イラクが気になり、世界情勢に対しての感覚がとても鋭敏になっていたように記憶しています。あれから20年、経済格差の拡大と貧困の連鎖、はびこるフェイク、モラルの崩壊……、何も変わってないどころか、歪んだ世界がむしろ増大しています。そういうときに『秋子』をもう一度上演してみたいと思ったんです。『パートタイマー・秋子』=戦争の話ではないですが、ここで描かれるスーパーは世界の縮図なんです。

沢口 スーパーという小さな世界に、とても大きなバックグラウンドがあるんですね。単なるコメディではなく、社会的な視点の入った重厚な作品であると思うと身が引き締まります。丁寧に秋子を理解して演じていきたいと思います。秋子は、どちらかといえば真っ白な人で、いろんな影響を受けて色が加わっていきます。彼女がどんな色に染まっていくのか……。物語の終盤、秋子のとった行動は、私も非常に衝撃を受けました。それが、ご覧になるかたの考えていくきっかけになるといいなと思います。

永井 これは、「スーパーでは不正が行われている」と告発する芝居ではありません。そんなふうに見えてしまったら、そこで真面目に働いている人たちに申し訳ない。真面目に働いているのに、貧困から抜け出せない。いま、世界にはそういう虐げられた人々がたくさんいます。各地で起きる様々な悲劇は、経済格差による貧困が原因である場合が少なくない。そこから悪意が芽生えることもある。そんな思いを巡らせるなかで“秋子”は誕生しました。

――スーパーの取材はされましたか。

永井 初演のとき、私がある従業員のかたに内密の話を取材したのと、初演の主催だった青年座の演出助手さんが某大手スーパーに潜入取材してくれて、その話を聞いて、それをもとに書きました。20年経ってシステムは変化していますから、もう一度取材して、現代版に改定しています。

――沢口さんは、スーパーで買い物することはありますか。

沢口 はい、コロナ禍以降、スーパーに行く機会は増えました。旬の瑞々しいフルーツや野菜が並んでいるのを見るとウキウキしますね。あらかじめ買い物リストを書いていきますが、あまりに美味しそうだったら、かごにひとつ入れちゃったりします(笑)。

永井 ちゃんとしてるなあ。沢口さんの日常生活の話を聞くと、感心することばかりで。おうちもきれいに整理整頓されているんですよ。私はぐちゃぐちゃなので、そういうところも見倣いたい。

――スーパーで働いたら陳列の仕事が得意そうですね。

沢口 得意かもしれないですね。スーパーではどんな仕事があるか詳しくわかりませんが、違うものが入ってたら、正しいものと入れ替えたり、きれいに並べたりする仕事は好きだと思います。

永井 先程、付箋の話をしましたが、台本の書き込みの文字もとてもきれいで、みんなが驚いたんですよ。演出家が要望を出すと、役者さんはメモしますよね。たいてい、殴り書きで、自分でも何を書いたかわからなくなってしまうものなのに、沢口さんは、とても速く書いているのに、きれいなの。

沢口 ほんとですか。

永井 2011年に早稲田大学演劇博物館で行われた『永井愛と二兎社の世界-30年の軌跡をたどる-』で、沢口さんの書き込み台本が陳列されましたよ。

沢口 そうでした。提出しました(笑)。

永井 お習字の先生になりたいとおっしゃっていただけあって、ほんとうに達筆で。たぶん、ものごとをいったん自分のなかで整理することが身についていらっしゃるのかな。

沢口 いや、でも、くだけているところもあるんです。最近、タクシーに忘れ物をして……。そんなそそっかしいこともしています(笑)。

――劇中、生瀬勝久さんの演じる、スーパー店員・貫井は、家計が苦しくなっても田園調布に建てた家には執着しています。おふたりにとって、何があっても絶対に守りたいものはなんですか。

沢口 私は健康です。体が元気だと、気持ちも健康で元気でいられますから。それが一番かなって。このお仕事は重労働ですので、常に、食生活や生活リズムに気をつけていて、体調を崩さないように、アスリートのような気分で過ごしております。いつでも本番に向けて出られるような状態にしています。それは私にとってつらいことではなくて、もともと、そういう生活のほうが好きみたいで。体調を崩して、つらい思いをして、それでも現場に行かなくてはいけないという経験もあるので、そうすると、健康な状態をつねに維持したいという気持ちになるんです。

永井 健康は大事ですよね。沢口さんの話を聞くと、ああ、私もそうしなきゃと思うのですが、私はそれでも夜更かししたり食べ過ぎちゃったりするほうなので(笑)。貫井の場合は、自分が世の中の勝ち組だっていうシンボルが田園調布の家だった。でもたぶん、貫井は芝居の最後に価値観が変わっていると思うんです。そういうことを踏まえて、私が守りたいものはなんだろうかと考えると……どんな状況になっても心の自由度というのかな、自分の地位を保つために無理をして、心を曲げたり、ニコニコしたりするのではなく、貧しくなっても、自分がこうだと思う生き方で行くというのが、ぎりぎり私の守りたいものかなと思います。

――貫井を演じる生瀬勝久さんの印象は?

沢口 22年前に、三谷幸喜さんのコメディ舞台『バッド・ニュース グッド・タイミング 』(2001年)で夫婦役を演じさせていただき、一昨年にもリーディングアクト『一富士茄子牛焦げルギー』(2021年)でご一緒しまして、芝居に対して非常に熱く、表現力の高いかただと感じています。おそらく秋子が最も影響を受けるのは、生瀬さん演じる貫井さんなので、一緒にお芝居することを楽しみにしています。

永井 私は、生瀬さんとは初めてのお仕事になりますが、以前からとても気になっていた俳優さんなので楽しみです。また、店長を演じる、文学座の亀田佳明さんも、NHKの朝ドラ(連続テレビ小説)『らんまん』等で、いますごく輝いているかたで、沢口さん、生瀬さん、亀田さんの3人がそろったら、「面白い」以上のことが起きるんじゃないでしょうか。

――最後に、本作を観に行こうと考えていらっしゃる読者の皆さまにメッセージをお願いします。

沢口 誰もが一度は行ったことがあるスーパーの控室を舞台に繰り広げられる物語です。こんなときあなただったらどうしますか?と問いかける作品にもなっている社会派コメディです。ぜひ、観にいらしてください、お待ちしています。

永井 社会派コメディと言われてはいますけれども、あまり堅苦しく考えずに場面場面を楽しんでいただければと思います。役者さんたちは何日もかけて想像力を駆使し、互いに影響しあって創り上げた人物像を、2時間半くらいの上演時間に凝縮して生きる。それを見ながら心をあちこちに動かしてください。心の運動をたくさんして、元気に日常に戻っていただければと思います。

公演のチケットは2023年11月25日(土)より一般発売が始まる。また、2024年1月13日(土)18:00開演回は、イープラスが《半館貸切公演》を行なう。詳細は「公演情報欄」をご参照のこと。

《e+半館貸切公演》に向けて、e+ポーズをとってくださいました!


取材・文=木俣冬
写真撮影=池上夢貢
ヘアメイク=胡桃沢和久(Iris)
スタイリスト=竹上奈実
アクセサリー=ボン マジック(tel 03-3303-1880)

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