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山本耀司「私の履歴書」登場にいささか異議あり

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山本耀司(1943年10月3日生まれ、77歳)が「日本経済新聞」最終面の人気コラム「私の履歴書」に9月1日から登場して健筆をふるっている。大企業の社長は自分で書くことはほとんどなくて、日経の記者や秘書室が聞き書きするのだが、今回はなんとなく山本耀司が自分で書いている感じがする。たとえば第1回では「こんなつらい人生、さっさと終わらせたいと思って生きてきた」とか「今もなお果てなき荒野を私はさすらい続けている」などとヨウジ節を炸裂させている。

山本耀司は実に魅力的な人物だ。ファッションデザイナーにはゲイが多いが、ストレートではないかと思うが、実に男っぽい情熱家で、歯に衣を着せない発言をする。その半面、ナルシストで繊細な一面も併せ持っている。人生の表裏を知りぬいた哀歓がその背中に感じられる。自分のファッションショーでギターの弾き語りを披露したりする。実にカッコいいのである。ファンが多いのも頷ける。最近はいささか老境の様相を呈しているが、もちろんファッションデザイナーとして、ファッションの都パリで積み上げてきた業績は申し分ない。

1956年3月1日にスタートした「私の履歴書」は、わが社のトップをなんとか登場させようと大企業の秘書室が躍起になっているコラムである。ファッション&アパレル関連でいえば例えばオンワードホールディングスの創業者故樫山純三氏と同氏に大抜擢されて同社をナンバーワンアパレルメーカーに成長させた馬場彰前名誉顧問の2人が「私の履歴書」に登場しているが(それぞれ1976年、2013年)、「『私の履歴書』に2人登場するなんて、さすがオンワード」とアパレル業界のチャンピオンであることを広く納得させたものだ。その社長室長は論功行賞でその後たいへん重用されたという。3人目の登場を狙っていた同社の廣内武前最高顧問だが、最近の同社の急激な業績悪化を見ると難しいように思えたが、同氏は5月28日付で退任してしまった。ちなみにこのコラムに一人で2回登場したのはパナソニック(旧社名松下電器産業)創業者の故松下幸之助ただ一人である。

さて、この「私の履歴書」に登場したファッションデザイナーは(カッコ内登場年):森英恵(1994年)、故ピエール・カルダン(1996年)、故芦田淳(2009年)、故高田賢三(2016年)、コシノジュンコ(2019年)の4人で山本耀司は5人目になる。なんでコシノヒロコじゃなくて妹のコシノジュンコなのだろうかとか、外国人デザイナーを出すのなら故ココ・シャネル(1883〜1971)や故カール・ラガーフェルド(1933〜2019)やミウッチャ・プラダ(1949〜)の方が先だろうという意見もあるだろう。それはともかく森英恵が登場したのが1994年なのだから、ファッションデザイナーに対する日本経済新聞の評価がいかに低いかということになる。

その理由は、企業として成功したデザイナー企業が日本にほとんどないということに尽きるのではないだろうか。日本経済新聞的に言えばそういうことになるだろう。少なくとも日本には、ラルフ・ローレンやジョルジオ・アルマーニに匹敵するような存在は見当たらない。一番最初(1994年)に登場した森英恵も2002年には倒産の浮き目にあっているのである。

今回ファッションデザイナーとして5人目の登場になった山本耀司も、2009年にはヨウジヤマモト社を民事再生法適用企業にしてしまった。簡単に言えば、倒産とは借金を踏み倒し社員を路頭に迷わせることである。その際山本耀司が言い放った「私は裸の王様だった」発言は記者会見に居合わせた記者たちを唖然とさせたものだ。その後、投資ファンドに買収されて同社はすっかり立ち直った。しかし「『倒産、投獄、闘病』は人生の三大試練」なんて格言がまかり通った戦前と現在は違う。そうした人物が日本経済新聞でその人生を振り返ろうというのだから、これにはちょっと驚かされた。倒産企業のトップはこの「私の履歴書」には登場しない不文律があると思っていたが、日本経済新聞はいつから日本非経済新聞になったのだろうか。何より借金を踏み倒した取引先や首を切った社員たちはこのコラムをどんな気持ちで読むのだろうか。

しかし、今後この連載でこのあたりの倒産事情を山本耀司はどう語るのか、また盟友と公言して高く評価している川久保玲との親密な関係をどう語るのかなどファッションジャーナリストとしてはたいへん興味がある。

老婆心だが、この「私の履歴書」に登場するということは、一種の「名士」として認められたということである。「生まれながらの反逆児」(連載第1回)といくら吠えても、文春砲あたりが「山本耀司 その恋の履歴書」なんていう下司な取材をしていないことを祈るばかりである。

最後に、破綻とは全く無縁な堅実経営を続けるコム デ ギャルソン社の経営者にして、最も創造的なファッションデザイナーと世界が認める川久保玲がこの「私の履歴書」に登場してその謎多き人生を記して欲しいものだと切に思う。

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