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鈴木勝秀×篠井英介インタビュー~「音楽な人たち」が作る、A.B.C-Z橋本良亮主演の朗読劇『ピース』-peace or piece?-

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(左から)篠井英介、鈴木勝秀

2021年7月、A.B.C-Zの橋本良亮主演、鈴木勝秀オリジナル脚本による『ピース』-peace or piece?- が上演される。

橋本と鈴木は、2020年7月に上演された音楽朗読劇『日本文学の旅』から約1年ぶりの再タッグとなる。橋本が演じる若い男・レンジョウが通うウォーター・バーの経営者・オカモト役の篠井英介に加え、ミュージシャンの大嶋吾郎(ギター、キーボード)、BAN(ギター)、グレース(パーカッション)も出演者として名を連ねており、どのような朗読劇になるのか期待が高まる。

今作について、上演台本・演出の鈴木と、鈴木とのタッグでこれまで多くの名作舞台に出演してきた篠井に話を聞いた。

「英介さんは唯一無二の存在」(鈴木)「スズカツちゃんは僕の生き様をずっと見てくれてる人」(篠井)

ーースズカツさん(=鈴木)と篠井さんといえば、『欲望という名の電車』をはじめ数々の素晴らしい舞台でタッグを組まれて来ました。今回改めて調べてみたら、本当にたくさんの舞台でご一緒されていますよね。

鈴木:それはもう、俳優さんの中では英介さんが一番多くご一緒してると思いますよ。

篠井:ありがたいことです。

ーーお2人は年齢が近いこともありますし、やはり演劇界で共に生きてきた同士のような間柄なのでしょうか。

鈴木:いや、「共に」というんじゃなくて、もう英介さんが先に全部やってくれた、という感じです。まず英介さんが、僕の考えていた「演劇とはこういうものじゃないか」ということをやってくださったんですね。言い方はあれですけど、僕は英介さんでいろんなことを試すことができて、演劇というものを英介さんを通じて学んできた、という思いです。自分が試してみたいことを英介さんにやっていただくと、きちんと答えとして見えてくるし、自分も自信が持てるんです。

鈴木勝秀

ーー確かにお2人がタッグを組まれた舞台は、非常に挑戦的な作品が多いという印象です。

鈴木:英介さんは、現代劇を女形でやり通そうという、世界で唯一無二の存在、孤高の存在なんです。誰にどうしてほしいとかってことじゃなくて、「自分がこれをやるんだ」という意思を貫いている。その英介さんの姿を見て、僕も一人で立って行かなきゃいけないんだ、と思えたんです。英介さんと『欲望という名の電車』をやらなかったら、たぶん僕は商業的な演劇の方には入れなかったので、演出家を職業にすることはできなかったと思います。全てにおいて英介さんのおかげなんです。

ーーお2人の出会いというのは、『欲望~』が一番最初だったのでしょうか?

鈴木:『欲望~』に行くまでがまた大変だったんですよ。僕が英介さんに最初に『欲望~』をやりませんか、と言ってから上演できるまでに9年かかってるんです。僕は正直諦めてたんですが、英介さんが全然諦めなくて。『欲望~』の初演のときは、これが失敗しちゃったらもう演劇やめようと思ってたんです。英介さんのブランチに対する強い想いも感じましたし、僕も自分の考えてる「演劇とはこういうものなんだ」というものを全部入れて作ったんで、とても実験的なものになりました。それでいて『欲望~』の普遍性が全部見える作品になっていて、あれをできたことが、その後も僕に芝居を続けさせてるというぐらい、とにかく英介さんは大恩人です。

ーー今のスズカツさんの思いを聞いて、篠井さんはいかがでしょうか。

篠井:身に余るお言葉で恐縮しちゃいます。僕としても、スズカツちゃんと出会ってなかったら今の自分にはなってない、という感じなんです。現代劇で女形としていろんな作品をやることに関して、スズカツちゃんが「英介さん、大丈夫です」って見守って指導してくださることで、自信を持って舞台に立てるんです。理解者という意味では唯一無二で、どなたにもかけがえがない。振り返るとやっぱり、『欲望~』『トーチソング・トリロジー』(ゲイ男性の役)『サド公爵夫人』『サロメ』(いずれも鈴木演出)というのが女形としての大きな仕事だったと思うんですけど、それは全てスズカツちゃんがいてくれるからやれたんですよ。現代劇の女形である僕をスズカツちゃんが見守ってくれて、自信を持ってやらせてくれる。そのご恩は一生忘れられないです。

ーー『欲望~』は2001年、03年、07年と繰り返して上演されました。それはスズカツさんだから、というところが大きかったのですね。

篠井:スズカツちゃんはずっと見てくれてるから何となくわかってくれるかもしれないけど、この歳になって振り返ると、これまでいろんなことをしてきたんですけど、『欲望~』のブランチを演じている時間だけが生きてる感じがするんですよね。後はみんな幻。現実が幻って、極端な言い方ですけど。もちろん舞台に立っているのはわずかな時間なんです。でもブランチとして舞台に立ってる間は、これこそが僕の本当に生きてた時間なんじゃないかと思える。そして、そこには必ずスズカツちゃんの見守る目があったんですよね。だから僕の生き様をずっと見てくれてる人、っていう感じがします。

ーー『欲望~』は一番最近の上演が14年ほど前になってしまうのですが、篠井さんがブランチとして舞台に立っていらっしゃったお姿は今でも鮮烈に目に焼き付いています。

篠井:ありがとうございます。

鈴木:もう事件ですよね。あれを観ちゃった人にとっては、それぐらい記憶に刻みつけられる芝居で、僕はまさにそういうものこそが演劇だと思うわけです。

篠井:ちょっとかっこよく言えば、「この役をやるために生まれてきた」って思うようなところもあって。ただブランチは破滅的な人生なので終結を真似しちゃいけないんですけど、でもどこか自分と重なるようなところも時々あって、それは困ったなって思うんです(笑)。

(左から)篠井英介、鈴木勝秀


「橋本さんは今スズカツちゃんと出会えて幸せだと思います」(篠井)

ーーそんなお2人がご一緒される『ピース』ですが、主演の橋本良亮さんは昨年上演された音楽朗読劇『日本文学の旅』での好演が記憶に新しいです。スズカツさんは橋本さんにどのような印象を抱かれていらっしゃいますか。

鈴木:ハッシー(=橋本)はね、いいんですよ、非常に。波長が合うというか、お互いにピンと来てるんだと思うんです。「また一緒にやりたいね」と前回終わったときに言っていて、それが1年後に実現したことに非常に感謝しています。

ーー昨年『日本文学の旅』が上演された頃は、感染症対策で閉まっていた劇場が再び動き始めたタイミングで、観客の中には久しぶりに劇場に足を運んだ、という人が非常に多かったと思います。

鈴木:感染症対策というのはしっかりやらなきゃいけないので、それによって規制されることがいろいろ出てくるんだけど、演劇というのはもともと制限されている中での表現なので、規制があったらその中で何を作ることができるだろうか、って考えるのが前向きですよね。劇場もあるしスタッフもいるしお客さんもいるんだから、演劇がこれで終わっちゃうなんてことは絶対ありえないと僕は思ってました。

『日本文学の旅』は、出演者同士が距離を取ったり、感染症対策がされている芝居だったので、見る人の中にはエンターテインメントとして見る部分と、現実を感じながら見る部分があったと思います。演劇というのは、現在と繋がっていなければ僕は全く意味がないと思っているので、「今この時代にこの場所にいる人が感じられるもの」という部分を入れていくんですね。絶対こんなことでは演劇の火は消えたりしない、っていうことを言うためには、やる側が萎えないでやり続けることですね。やれば、来てくださる方がいる。観客の数が一時減っても、またきっと戻ってくるから。ということを、昨年は一番思っていました。

ーーあの時は、観客側もまだちょっと「劇場に行って大丈夫かな」という気持ちがあったと思いますが、作品からポジティブさが非常に伝わって来て、この状況でも演劇はできるんだ、私たちも見に行けるんだ、という安心感をいただけました。

鈴木:僕は楽観的なんです(笑)。あんまりめげたりしないんで、基本的に。

篠井:橋本さんとか、スズカツちゃんの作品に出演している若い方たちは、今スズカツちゃんと出会えて幸せだと思います。スズカツちゃんの演出って「君とやるんだ、君がこの役やるんだ、君がこの舞台に立つんだ」っていうことをまず肯定することから始まるんです。演じる人の個性とか、生い立ちとか、身体的なものや心も含めて、全てまず認めた上で作っていくんです。だから、役にその人物を引き寄せるっていうより、せっかく君がやるんだから、君が生き生きしてくれ、君が素敵に輝いてくれっていうところから始めてくれる。若いときに「いいんだよ、まずはそのままで。それが素晴らしいんだよ」って言ってくれる演出家と出会えるって、とても幸せなことなんですよね。この先、違う演出家さんで苦労することもあるかもしれませんけど(笑)、おおらかに自分を認めてくれる人と一緒にやれた、ということはすごい自信になるので、それが土台になってこの先いろんなことに挑戦していけると思うんです。

「演劇を音楽として捉えられる人たちが集まっている」(鈴木)

ーー今回も大嶋吾郎さんが音楽と出演で参加されますね。

鈴木:吾郎くんに「こういう曲かけたいんだよね」って伝えると、即座に反応してくれてとにかく仕事が早いんです。多分音楽の趣味もお互い非常に近いとこにあるから、僕の頭の中にある音楽の部分を具現化してくれる。吾郎くんに言っておけばきっと当たりが出てくるだろう、ぐらいに信頼してます。

篠井:吾郎さんはオールマイティだよね。

篠井英介

鈴木:歌も歌えるしね。吾郎くんは、英介さんの大ファンなんですよ。英介さんと吾郎くんと、僕もテキストで入って、ライブハウスでリーディングをいくつもやってます。

ーー昨年の『日本文学の旅』で拝見していても、演奏家としてだけでなく、出演者の一人として存在感が非常にあったと思います。

鈴木:僕はリーディングというのは、演劇ではなくてどちらかというと音楽だと思っているんです。英介さんも踊りをやっていたりライブにも出演していたりと、音楽にも近いところにいて、そういう“音楽な人たち”がこのリーディングを作っている、っていうふうに思っていただけると一番わかってもらえるんじゃないかな。

ーー音楽のパートとセリフのパートがありますが、両方がリズムよくスムーズに繋がって、非常に心地よい流れでした。

鈴木:僕にとっては、どちらかと言えばセリフの言葉の意味よりも、テンポとリズムの方が重要なんです。言葉というのは聞こえるところもあれば聞こえないところもあって、何かひとつの言葉を聞き逃すと、意味的に全然違うことになっていったりもするけれど、それがまた面白かったりもするんですよね。でもその“言葉”を聞かせるためには、リズムとテンポがきちんとできていないと、聞く人の中に入って行かずに素通りしていってしまう。その点、英介さんは驚くほど的確なんです。ハッシーや吾郎くんも含めて、演劇を音楽として捉えられる人たちが集まっているので、そこは見どころ聞きどころになるんじゃないかな。僕の書いたオリジナル作品は難しいと言われがちなんですが、“聞こえてくる音”が一番伝わるといいなと思っています。

ーー今作は同じセリフが繰り返し出てくるところがとても印象的なので、実際に舞台で“音”として聞くとどうなるんだろう、と今からワクワクします。

鈴木:僕たちが学生の頃は「セリフを歌うんじゃない」というようなことを言われたけれど、やっぱりセリフは歌なんじゃないかな、って僕はずっと思っていて。詩であるべきだし歌であるべきだし、というアプローチで僕はセリフと向き合っているんです。英介さんのセリフはやっぱり素晴らしく“歌”だと思うし、だからきっと吾郎くんとかミュージシャンの人たちが一緒に仕事をしたがるんだと思います。英介さんをヴォーカリストだと思ってるんじゃないかな。

篠井:歌舞伎とか浄瑠璃とかの古典芸能って、先人たちが「どんなふうにこの一節をしゃべったら、お客様にいい気持ちになってもらえるか」とか「意味が伝わるか」とかを鍛錬して削ぎ落してきたものが今に残ってるんですね。それを勉強してやってきたということが、僕自身すごく大きいと思います。歌舞伎のここ一番の聞かせどころにしても、やってる方も聞いている方もいい気持ちになれるのは、やっぱり音楽になっているからですよね。

鈴木:長く残っているものって、みんな音楽だと思いますよ。意味や内容的なことで言うと、その時々に合わせて流行るものはあるけれど、ほとんどが消えていっちゃう。なんでシェイクスピアがずっとやられているかというと、シェイクスピアはセリフというよりは詩ですから。だからこそ日本語でやるときに、意味の方に寄ってしまうとすごく難しいんですけど。やっぱり詩として、歌として伝わっていくものの方が、威力はあるんですよね。

ーー今回はこのメンバーとこの台本でどんな“音楽”になるのか、とても楽しみです。

鈴木:リーディングはセッションみたいなものなので、みんなでどんな“音”を奏でられるのか、僕も楽しみです。

(左から)篠井英介、鈴木勝秀

取材・文=久田絢子  撮影=池上夢貢

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