なぜ英語は「不規則」だらけなの? 「英語嫌い」に英語史が効く理由 【『英語史で解く英文法の謎』発売記念対談前編】
英語が嫌い。
そう感じる人のなかには、嫌いな理由として、「文法」を挙げる人も少なくありません。
「なぜここだけ不規則に変化するの?」
「例外がたくさんあって、覚えられない」
そんな“理不尽さ”にぶつかるうちに、英語そのものに苦手意識を持ってしまった――そんな経験のある方もいるのではないでしょうか。
実は、英語の文法は、最初から今のように不規則だったわけではありません。長い歴史の中でさまざまな変化が積み重なり、現在のかたちになってきたのです。
本記事では、英語史研究者の第一人者と、中学校で英語を教える現役教師が対談。英語が嫌いになる原因の一つである「文法の不規則さ」を、英語史という視点から解き明かします。
なぜ英文法は、こんなに複雑なのか。
その理由がわかれば、「嫌い」以外の気持ちが、芽生えてくるかもしれません。
堀田隆一(ほった・りゅういち)
英語史研究者。慶應義塾大学教授。「英語史をお茶の間に」をモットーに、英語に関する疑問を英語史の視点から解説する。
黄俐嘉(こう・りか)
千代田区立九段中等教育学校主任教諭、英語科。中学生・高校生に英語を教えている。生徒が英語に感じる「なぜ?」に向き合う日々。
英語が嫌いになるのはなぜ? 学習者が感じる「覚えなさい」の理不尽さ
堀田 本日は、「英語嫌い」についてお伺いしたいと思っています。黄先生が教えていらっしゃる生徒さん、あるいは、かつて英語が嫌いだったという大人の方も対象に含めてお話しできればと思います。
世の中には、英語が好きな人もいれば、英語が嫌い・苦手という人もいますね。黄先生は、普段の英語の授業で生徒たちに触れていて、とりわけ英語が嫌い・苦手というタイプの中学生・高校生は、どういう理由で嫌いになっているとお感じでしょうか。
黄 生徒たちが「英語嫌い」になる理由の一つとして、「そういうものなんだから覚えなさい」という雰囲気が挙げられると思います。
具体的には、例えば3人称・単数・現在のs。「なぜ3人称・単数・現在の時にだけ動詞にsがつくんですか?」と疑問に思っていたり、日本語にはないルールに違和感をもっている生徒が一定数いると感じています。その抵抗感から英語嫌いが生まれてくるということもあるのかなと思います。
堀田 なるほど。「英語嫌い」にもさまざまななりかたといいますか、なってしまうルートがあると思いますが、一つは、今、黄先生がおっしゃったことがありますね。
英語は義務教育の科目ですし、中学生・高校生にとっては、逃げることができないわけですよね。そんななかで、英語が好きな教科であればいいのですが、そうではない場合、なんだか上から降りかかってくるような感じがしますよね。しかも、「覚えなさい」系の項目が多いじゃないですか。そうすると、「理解」や「納得」を求めるタイプの生徒にとっては、頭ごなしに「覚えなさい」と言われても、受け止めきれないこともあるかと思います。
「理屈があるんでしょう?」とか、「何か理由があるんですよね?」というようなことを、聞きたいんじゃないかと思うんです。それがわかれば、まあ、「嫌い!」から「好き!」になるとまではいかなくとも、もう少し接しやすくなるということは確かにあるのかなと思います。
実は私自身もそのタイプだったんです。英語を嫌いにはなりませんでしたが、「なんで覚えなさいで止まってしまうのかな」「なんで理由を教えてくれないんだろう」ってずっと思っていた、そんな生徒だったように思います。
黄 私も、そういう感覚をもちながら育って、英語を学習して、英語の教員になっています。なので、そういった「なぜ」という思いはできるだけ忘れないようにしています。自分が解説できることであれば、生徒たちに解説してあげたいと思っています。
堀田 そうですね。こういう「なぜ」だけに拘泥してしまうと先に進めないので、やっぱり覚えてしまわなければいけないところもある、というのはもちろんわかっているのですが、説明があったらいいなとは私自身も思っていました。
こういう理由で英語が苦手になってしまう生徒、あるいは中高生のときに、この理由で嫌いになってしまった経験のある大人の方は、少なくないのではないかと思います。
「不規則」だらけの英文法
堀田 生徒たちが英語嫌いになる理由の一つとして、英語の「不規則性」を挙げていただきました。英語の「覚えなければいけない」という部分ですね。先ほど3人称・単数・現在のsに触れていただきましたが、ほかにも例を挙げればキリがないですよね。
黄先生が日々の英語の授業で教えられているときに、生徒さんから飛んでくる質問には、どういったものがありますか。
黄 例えば、英語の動詞には現在形と過去形があって、過去形を教えるときには、基本的に-edをつければ過去形に変わるよという説明をするのですが、goの過去形はwentになりますよね。それを「なんで?」と言われると、こちらは言葉に詰まってしまうのが現状です。また、仮定法過去を教えるときは、「if I wasではなくてif I wereになるのはなぜですか?」と聞かれると、またこれも困ってしまいます。
堀田 ひとくちに「規則」と言っても、本当にいろいろなタイプがありますよね。そして規則的なものというのは、「ルール」ですから、一度ルールを覚えれば、いろいろな単語に適用できるということで、丸暗記から解放されるんですね。最初の一つの規則を覚えてしまえばいいので。
ですが、「不規則」の場合は、その単語にしか適用できませんし、そんな単語がまた、たくさんあるんですよね。
黄 本当にそうですね。
堀田 お話しいただいたwentなんかは、極めて不規則な例ですが、動詞のなかにはほかにも-edをつけないで過去形を作るものが本当にたくさんあって、ある程度パターン化されているとはいえ、結局のところ暗記しなければなりません。動詞の不規則だけでも何十もあるわけです。
それから、こちらも挙げてくださったif I wereのようなケース。英語の広い文法の世界の中で、なぜここだけが特別なことをしなければならないのかと、疑問に思う生徒も多いでしょう。
ほかにはどんな質問がありますか?
黄 そうですね、先ほどは現在形―過去形の例を挙げましたが、過去分詞形もありますよね。それも「どうして?」と聞かれることがあります。
例えば「書く」という動詞はwrite-wrote-writtenと変化します。この変化のしかたをする動詞はほかにもありますが、そうでない動詞もありますね。過去形を覚えるだけでも必死なのに、さらに過去分詞形がくると、もうお手上げ!となってしまう生徒も多いです。
堀田 write-wrote-writtenみたいなものは、暗記の定番といえますね。今の生徒のみなさんも、かつて生徒だったみなさんも、通ってきた道ではないかと思います。
ここに引っかかりを感じてしまうと、英語学習は難しくなりますね。これをクリアできないと、英語を嫌いになってしまうという、残念なことが起こりがちです。
黄 そうですね。
堀田 ここまで、黄先生に、今の中高生から出てくる質問ということで伺ったんですが、聞いていると、私が中高生だった時代にも、結局同じ問題、同じ質問が出ていたなぁと思います。そして私自身も個別に質問しに行ったりして。
時代が変わっても、引っかかるところ、疑問に思うところというのは、変わらないんだなと感じました。
黄先生ご自身が中高生だったときに、抱いていた疑問などはありますか?
黄 あります。「音と文字が一致しない問題」です。
たとえば「nameという単語の発音は、なんでナメじゃなくてネイムなの?」とか。規則性がつかめるまでが非常に難しいな、という経験がありました。
堀田 黄先生と私も、少し違う世代だと思いますが、やっぱり私もname「ネイム」の問題には引っかかっていました。私の場合、具体的にはtake「テイク」だったのですが、まぁ同じ問題ですね。
スペリングの練習をするときには、「タケ…タケ…」とつぶやきながら書くんですが、でも発音は「テイク」なんだ、というのに戸惑いました。慣れてくればtake=テイク、name=ネイムと読めるようになりますね。ルールが自分のなかで消化されればわかるようになるのですが、そこに到達するまでは「ナメ」「タケ」ですよね。
しかもせっかくルールを消化しても、このルールから外れるものもあったりします。この「発音とスペリング」に関する問題は、英語学習者は皆、必ず抱えているのではないかと思います。
「不規則」には理由がある――英語の歴史からみる英文法
堀田 今も昔も中高生が引っかかるところ、英語嫌いの理由になりうるところとして、英語の「不規則性」についてたくさんの事例を挙げてみました。
一言で「不規則性」と言っても、いろいろなタイプがあるということがおわかりいただけたかと思います。なぜ理屈通り、規則通りにいかないのか。なぜ不規則になってしまうのか。これについては、英語には歴史があるから、この一言でだいたい説明できるのではないかと思います。
言葉には歴史があります。これを読んでいるのは日本語を母語としている方がほとんどだと思いますが、1000年前の平安朝の文学などを読んでみると、日本語という言葉も相当変わってきたんだなということがわかります。言葉は時代とともに変わるものなのです。
同じように、英語にも深い歴史があります。1000年前の英語を見てみますと、まったく読めません。英語を母語とされる方でも、実はまったく読めないのです。日本語の1000年と英語の1000年を比較した場合、圧倒的に英語のほうが大きく変化しています。1000年前の英語を読むためには、英語ネイティブの方でも特別な教育を受ける必要があります。
英語は、インド・ヨーロッパ語族という、大きな言語家族の一員です。インド・ヨーロッパ語族のなかにもいくつかの派閥があって、英語はゲルマン系の派閥に属します。ほかにゲルマン系の仲間としては、ドイツ語・オランダ語・デンマーク語などがあります。
英語は、ルーツとしてはこのゲルマン系ですが、これまでの歴史のなかで実に多くのほかの言語とかかわってきました。ほかの言語に揉まれて変質してきたのです。
最初はラテン語。これは古代ローマ帝国の言語でしたが、英語とはまったく異なるタイプの言語です。同じインド・ヨーロッパ語族の仲間ではありますが、一言も通じないくらい離れている言語です。
ほかには、イギリスがヴァイキングに襲われた時代がありまして、そのヴァイキングが話していた言語である、古ノルド語にも影響されました。
そののち、1066年に、ノルマン征服という大事件が起こります。フランス語を話す人々によって、イングランドが征服されてしまうという事件です。この結果、大量のフランス語が英語に流れ込んできました。
ほかにも、ラテン語、ギリシア語、オランダ語など、さまざまな文明がさまざまなタイミングで影響を与え、近代以降は、イギリスが「イギリス帝国」という形で世界に広く展開していくなかで、世界中の言葉と接することになりました。
このように、英語は、ルーツこそはゲルマン系の言語ですが、歴史を通じていろいろな言語と深く接触し、その要素を取り込んできました。一つの体系では収まらない断片がめちゃくちゃに入り込んできて、その上にできあがってきたという歴史があります。もともとは規則的であったけれど、ほころびが出てきて、それが今、私たちが英語を学習するときに「不規則」と呼んでいるものの原因となっていることが多いのです。
私は、英語を「増改築を繰り返してきた建築物」と捉えています。それぞれの時代に合わせて必要な処置を加えていった結果、この建造物の中を見ると、きれいに体系だっていなかったり、不規則がたくさんあったりするということになっているのだと。
歴史を背負って今があるということを理解すると、英語を「嫌い!」から「好き!」になるかはわかりませんが、英語にも人生のような歴史があるんだなということがわかってきて、少し優しい目で英語を見ることができるようになるのではないかと思います。それが、私が英語史の研究をする動機の一つでもあります。
「不規則だ」「理不尽だ」と思っていた英語のルールにも、実は理由や背景がある。
そう気づいたとき、英語への向き合い方がきっと変わります。
英語を好きになる第一歩は、英語を「覚える」ことではなく、英語を「理解する」ことなのかもしれませんね。
対談完全版はYouTubeでご覧いただけます
著者紹介
堀田隆一(ほった・りゅういち)
慶應義塾大学文学部教授。東京外国語大学外国語学部英米語学科卒業、東京大学大学院総合文化研究科言語情報科学専攻博士課程満期修了、英国グラスゴー大学英語学研究科博士課程修了(Ph.D.取得)。神奈川大学経営学部助教、中央大学文学部助教、准教授、教授を経て、2015年より慶應義塾大学文学部教授。専門は英語史、歴史言語学。著書に『英語の「なぜ?」に答えるはじめての英語史』(研究社、2016年)、『英語語源ハンドブック』(共著、研究社、2025年)、『言語学でスッキリ解決!英語の「なぜ?」』(共著、ナツメ社、2025年)など。「hellog~英語史ブログ」、Voicyチャンネル「英語の語源が身につくラジオ (heldio)」、Youtubeチャンネル「いのほた言語学チャンネル」など運営中。
※刊行時の情報です
◆トップ写真:graphica/イメージマート