冷戦下、熾烈を極めた米ソの月探査競争! アポロ11号が月に降り立つまでの歴史とは【眠れなくなるほど面白い 図解プレミアム 宇宙の話】
月探査はどれくらい前からはじまったの?
約70年前に月探査競争の火蓋が切られた
人類がはじめて月面着陸を成し遂げたのは、1969年のこと。アメリカのアポロ計画によるものでした。
実は、それより10年以上前の1950年代半ばから、当時、東西冷戦状態だったアメリカと旧ソ連(現ロシア)の間で、激しい宇宙開発競争がくり広げられていました。
月の探査に関しては、旧ソ連が1959年にルナ計画をスタート。月探査機ルナ2号により人工物による初の月面到着、月の裏側の撮影(同年・ルナ3号)、初の軟着陸(1966年・ルナ9号)などを成功させ、有人による月面着陸を目的としたソユーズ計画を立て、有人飛行とそのためのロケットの開発を進めます。
一方アメリカも衛星からの情報をもとに月の研究をするため、1961年から「レインジャー計画」をスタート。9基の月探査機を打ち上げ、軟着陸(サーベイヤー号)や月周回(ルナ・オービター)などを成功させました。そして、有人探査を目的とするアポロ計画に着手しました。
無人探査で先をいっていた旧ソ連ですが、有人探査では1961年にガガーリンが世界初の有人宇宙飛行に成功し、競争をリードしたものの、やがてアメリカに遅れをとるようになり、1969年、ようやく完成したロケットの打ち上げに失敗。その半年後、アメリカのアポロ11号が人類初の月面着陸に成功しました。
その後も、アメリカはアポロ計画で合計6度の有人月面着陸に成功しており、世界で唯一月に人を降り立たせた国となりました。しかし、1976年の旧ソ連の月探査を最後に世界の月探査は一時、中断しました。
【出典】『眠れなくなるほど面白い 図解プレミアム 宇宙の話』 監修:渡部潤一
【監修者紹介】
渡部潤一(わたなべ じゅんいち)
1960年、福島県生まれ。1983年、東京大学理学部天文学科卒業、1987年、同大学院理学系研究科天文学専門課程博士課程中退。東京大学東京天文台を経て、現在、国立天文台上席教授。総合研究大学院大学教授。国際天文学連合副会長。太陽系天体の研究のかたわら最新の天文学の成果を講演、執筆などを通してやさしく伝え、幅広く活躍している。主な著書は、『最新 惑星入門』(朝日新書)、『面白いほど宇宙がわかる15の言の葉』、『新しい太陽系』(新潮新書)など多数。