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吉澤嘉代子 赤裸々な自伝としての凄みと美しい空想の翼、5年ぶりフルアルバム『幽霊家族』を紐解く

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吉澤嘉代子 撮影=菊池貴裕

これはまるで、音楽によるノンフィクションノベルだ。吉澤嘉代子、5年ぶりのフルアルバム『幽霊家族』。かつてない赤裸々な自伝としての凄みに、美しい空想の翼を添えて、わかっているようで何もわからない“家族”の真実に迫る全12曲。クラシカルなバラード、アコースティックなバンドサウンド、電子音が乱れ飛ぶモダンなポップスなど、イマジネーション豊かなアレンジも素晴らしい。新たな創作領域へ踏み込んだ傑作は、いかにして作られたのか。吉澤嘉代子の本音を聞こう。人によって家族との距離感はシンプルだったり複雑だったり。私は結構複雑な思いもあったので、ちゃんと作りきれるかな?という気持ちがあったんです。

――毎回コンセプトを決めてアルバムを作っている吉澤さん。今回は“家族”です。

家族をテーマにアルバムを作りたい、というのは随分前からありました。ただ、人によって家族との距離感は違うと思いますし、シンプルだったり複雑だったり、いろんな方がいると思うんですけど。私は結構複雑な思いもあったので、ちゃんと作りきれるかな?という気持ちがあったんですけど、『第75回全国植樹祭』大会テーマソングのお話をいただいて、「メモリー」という曲を書く時に、埼玉県の植樹祭だったので、自分の故郷(埼玉県川口市出身)を振り返るような曲になると思って、“時が来たな”と思ったんです。最後のきっかけはそれでした。

――「メモリー」のリリースは、去年の5月でした。

作ったのはもっと前、2年以上前ですね。そこから、“家族”をテーマにしたアルバムを作ろうという気持になりました。

――その後、新曲をどんどん書いていった。

10代の頃に書いた曲も結構入っているんですよ。「あの家はもうない」「おとうと」「幽霊」とかがそうで、いろんなところで歌ったりもしていたので、満を持してリリースという感じです。でも最後はやっぱり時間がなくなっちゃって、レコーディングの後半は一気に録っていった感じです。

――イントロとアウトロに、オルゴールのメロディと歌が入っていますよね。作曲・編曲のNovelty Box Orchestraは、吉澤さんの弟さん。

弟がオルゴールを作り始めてから、いつか一緒にやりたいなと思っていました。弟のオルゴールにはさまれることによって、アルバムに統一感が生まれた感じがあります。

――弟さん、オルゴール作曲家なんですよね。YouTubeチャンネルを見たんですけど、1曲目の「Into the dream」って、3年ぐらい前にもうあった曲なんですね。

見ていただいてありがとうございます。弟が喜びます。そうなんです、その頃から考えていました。弟が作ったオルゴールのメロディに、私が歌詞をつけたんですけど、オルゴール作りは途方もない作業で、本当に時間がかかるんですよ。紙巻きオルゴールなんですけど、パンチして穴を開けて、1日何時間もやっていました。でも弟は昔から、何か一つのことに集中するのが得意なので、良いものに出会えたんだなと思います。最初のきっかけが、私が持っていた付録のオルゴールを、自分は細かい作業が苦手なので、弟だったらやるかな?と思って渡したら作り始めて。

――子供の頃ですか。

それは大人になってからですね。最初はボンカレーの裏紙で作り始めて、そこから大作も作るようになって。付録のオルゴールから作り始めたから、Novelty Box Orchestraという名前にしているんです。

犬の目線からも人の目線からも、重なるような歌詞が書けたらいいなと思って。人間より寿命が短いので、その死を悲しまないような曲にしたいと。

――順番に聴いていくと、夢の世界へと誘う導入部の「Into the dream」があって、次が「あの家はもうない」。この曲がアルバムのテーマを代表しているというか、今はもうなくなってしまったものへのノスタルジーと、今を生きている幸せを、家族というテーマを通して、人の成長や時間の変化が伝わるストーリーになっていると思いました。

ありがとうございます。子供の頃に、大林宣彦監督の映画『異人たちとの夏』を見て、主人公が昔暮らしていた町で、若かったお父さんとお母さんに会って、もう大人なのに子供扱いされる、みたいな。それってすごく泣けるな、という思い出があって。そんなふうに、交わらないはずの時間というか、違う扉を開いたものにできたらいいな、と思っていました。

――『異人たちとの夏』との比較は、すごくわかります。そして、「あの家はもうない」をすでに10代の頃に書いていたということは、当時から“もうない”ものへの強い思いがあったということですか。

うちの実家は工場を営んでいて、敷地の中に家もあったんですが、子供の頃に“魔女修行”をしていた場所が取り壊されてしまって、その時に書いた曲です。その時にあったのは1番と2番で、3番の《独りきりの舞台で初めて拍手を貰った日》はあとで書いた部分です。ちょうどその頃、ステージでライブをすることをし始めたので、当時は書けなかっただろうなと思います。昔の自分との共作みたいな感じですね。

――10代からのストックを山ほど持っている、吉澤さんにしかできない曲作りだと思います。

貯金がいっぱいあります(笑)。でも正直、今はあんまり思い出せなくなっている感覚もあって、《叱られて閉じ籠る押し入れ》、《襖(ふすま)覗くと夕食が置いてあった》とか、そういうことがあったのを、この曲を聴き直すまで忘れていました。書いておいてよかったなと思います。

――その次の「おとうと」はどうですか。

これも10代の頃に書いていた曲です。当時、弟が高校生で、進路に迷っている時期で、弟にエールを送れたらと思って書いたんですけど、「これは僕じゃない」と言われて(笑)。

――聴かせたんですね。

聴かせました。そしたら「違う」と言われて、「そうなのかー」とずっと思っていて。私には弟がいますけど、弟の立場だけじゃなくて、少年少女全ての人の活力になる曲になったらいいなと思って、書き直して、録音したものを弟に聴かせたら「いいじゃん」と言ってくれました。

――身近な登場人物が続いて、次は「わたしの犬」です。作詞は吉澤さんと、イラストレーターのてらおかなつみさん。

犬の目線からも人の目線からも、重なるような歌詞が書けたらいいなと思って書いた曲です。犬は人間より寿命が短いので、その死を悲しまないような曲にしたいですねと、てらおかなつみさんとお話ししていました。てらおかさんは犬が大好きで、ずっと犬の絵を描き続けている方なので、てらおかさんからワードをいただいて、それを元に曲を書きました。自分の中でも、犬って自分にとって何だろう?というのがうまく言えなくて、あまりにも大切な存在だったので、それをてらおかさんにすごく優しい目線でワードを頂いたという感じです。

――うちには犬じゃなくて猫がいるんですけど、感情がまっすぐですよね。嬉しい時は嬉しい、眠い時は眠い、邪心がないというか。

今その瞬間を生きている存在と暮らすって、大きな気づきがありますよね。

――人間は顔と心が違う時もあって、そこが面白いですけど。動物は大抵一緒な気がします。

先のことを考えない、今を生きていますよね。それがすごく愛おしいです。

――実は、アルバムが『幽霊家族』だと聞いた時に、ちょっと不安だったんですよ。暗く重たいものになるんじゃないかって。

ホラーっぽいですもんね(笑)。

――でも予想外にほっこりしていた、というと大変失礼ですけど。どの曲も優しいですね、目線が。

そうなりましたね。私も覚悟していたんですけど、作ってみたら結構温かい言葉が出てきました。

――何でそうなったんでしょうね。今が幸せだからかな。

何でしょうね? やっぱり思い出って、ほとんどいいものが残るからですかね。

――そんなような言葉、どこかにありましたね。「あの家はもうない」の、《記憶はそっとそっと手直しを許して美しくなる》に似ているかも。

確かに。アルバムの軸になる曲は、「あの家はもうない」かな、と思います。

――仮に、10代の頃に家族をテーマにした作品を作っていたら、もっとトゲトゲしいものになったかもしれない?

そうかもしれないです。“わかってくれない!”とか、反発があったかもしれない。今は家族と一緒に住んでいないという、物理的な距離もありますし、子供の頃の関係性とはまた変わりますね。

子供の頃のイマジナリーフレンドをテーマにしています。見えているのかいないのかわからないですけど、見えている体(てい)で暮らしていましたね。

――曲順に戻って。「ピーマン」の歌詞を一緒に書いたのは、小説家のいしいしんじさん。てらおかさんもそうですけど、好きな人と一緒に曲を作るのは、どんな体験でしたか。

子供の頃の自分に教えてあげたいです。いしいしんじさんは子供の頃から大好きで、何度も読んで、『ぶらんこ乗り』という小説から曲を書いたりもしていて。私の少女時代そのものみたいな作品を書かれている方なので、本当に嬉しかったです。13歳の時に、初めて一人で電車に乗って行ったのが、いしいしんじさんのトークショーでした。その時にお手紙をお送りして、「いしいさんの弟子にしてほしい」と書いたんです。今回の制作中にその話をして、「お手紙を書いたことがあるんです」と言ったら、「覚えてますよ。弟子になりたいと書いてくれましたよね」って。

――それはすごい。

すごい記憶力ですよね。

――印象的だったんですね。

そのトークショーで子供は自分だけだったので、覚えていてくださって。「偶然じゃなくて必然で、こういうふうにまたご一緒できているんだと思います」言ってくださった時に、私の心の中の少女が暴れだしました(笑)。本当に嬉しかったです。

――どういうやり取りで作っていきましたか。「ピーマン」は。

いつもアルバムには食べ物の曲が1曲あるんですけど、いしいさんがかつて「ごはん日記」というブログを書かれていて。食べ物の印象が強かったので、いしいさんとご一緒できたらいいなと思っていました。そこで、子供の頃に食べていたものとか、好きなものとかについてお話ししていたら、いしいさんが「逆に、嫌いだったものは何ですか?」と聞いてくださって、目から鱗でした。そこで、今は食べられるけど、あの頃は食べられなかったという歌を書いてみました。

――「幽霊」はどうですか。

「幽霊」は、高校生の頃にバンドでやっていた曲です。歌詞はだいぶ直しましたけど、子供の頃のイマジナリーフレンド(空想の友人)をテーマにしています。本当にそういう存在がいたのかいなかったのか、よくわからないですけど、当時はいると思っていました。

――それは頭の中にいたんですか。

いえ、部屋の隅とか、階段の途中とか。見えているのか見えていないのか、わからないですけど、見えている体(てい)で暮らしていましたね。変な子供でした。そんなふうにしながら、世界とのバランスを取っていたんですね。想像と現実とを行き来しながら。

――その存在とはどんな会話をするんですか。

いや、ちょっと今となってはわからないですね。どうだったんだろう?

――いつ頃いなくなったんですか。

いつ頃だろう? 曲を書き出した頃には、もういなかったと思いますね。

――安心して、成仏したのかもしれない。幽霊だけに。この曲も、アルバムの中の大事なキーポイントだと思います。でも、幽霊なんだけど怖くないんですよね。見守られているような感じがする。

確かに。あの頃見ていた映画『キャスパー』とか、そのようなイメージだったのかもしれないです。と、今思いました。

――これは本当にいろんな人に聴いてもらって、いろいろ想像してほしいです。人によってはぬいぐるみとか、動物とか、そういうものかもしれない。

孤独だと思い込んでいる自分の、唯一の友人みたいなものですね。

――「うさぎのひかり」はどうですか。ドラマ主題歌(NHK夜ドラ『いつか、無重力の宙で』主題歌)でありつつ、アルバムのコンセプトにもぴったりはまっていると思います。

曲を書くことになった時、NHKのプロデューサーと演出の方から、お手紙を頂いたんです。ずっと私の曲を聴いてくださっていて、「自分がドラマを作って、その主題歌を吉澤さんに書いてもらえるなんて、あの頃の自分に伝えてあげたい」というようなことが書かれていて。

――その話、立場は逆ですけど、さっきの吉澤さんといしいしんじさんのお話とそっくりじゃないですか。まさに歌詞に出て来る通りに、《いつかのわたしに伝えてあげたい、あなたの夢は叶うと》。

そういう精神性が重なるから、自分の曲を聴いてくれたりとか、出会うことができたんだろうなと思うんですね。だから“夢は叶う”と言い切れたんだと思います。

そもそも、決まった家族の形なんか本当はないから。大切な、すごく個人的なアルバムを作らせてもらいました。

――「たそかれ」は、TVアニメ『誰ソ彼ホテル』オープニング主題歌になった曲。アニメのための書き下ろしなのに、アルバムのテーマにちゃんとはまっていて、嬉しい驚きでした。

どうしよう?と思っていたんですけど、聴き返してみたら、記憶をテーマにしている歌なので、うまくいきました(笑)。大きなテーマは“記憶”ですね。

――「メモリー」とも響きあうような。全部が繋がっている気がします。

確かにそうですね。自分のモードがそういうふうに、この数年はなっていたかなと思います。

――あと、今回はアレンジと演奏が大変素晴らしいということも、力説したいです。ほぼ全曲、アレンジャーが違っていて、クラシック的だったり、電子音楽的アプローチとか、新しい要素もたくさんあって。今回のアルバムは、サウンド的にはどんなものを求めていましたか。

家族をテーマにしたり、ノスタルジーをテーマにしたので、結構生っぽいもの、特にアコースティックギターを主軸に作っている曲が多いんですけど、そこに今の自分が好きな音楽を、今一緒にやっている仲間たちと一緒に作ってもらいました。

――ゴンドウトモヒコさん、野村陽一郎さん、佐藤優介さんあたりはお馴染みのメンツで。「うさぎのひかり」をアレンジしたROTH BART BARONの三船雅也さんは、初めてでしたっけ。

三船さんは、デビュー前に同じオーディションに出ているんです。一つ前の期に出ていて、私の時にはお手伝いで入っていて、私がオーディションの前にギターの弦を切っちゃって、三船さんが張り替えてくれたんです。そういうご縁のある方とまたお会いして、一緒に曲を制作することができて、すごく感慨深かったです。

――そのエピソード自体が、このアルバムのテーマっぽいですよね。過去の記憶が現在と結びつくような。彼は、どんなアレンジをしてくれましたか。

アコースティックギターをはじめ、生楽器の温かみと、それが宇宙に飛ばされるような壮大なスケールとが両立していて、“ああ、ROTH BART BARONの音だ”と思いましたし、その中に入れてもらったという感じがしました。めちゃくちゃ好きなアレンジです。

――「わたしの犬」をアレンジしたBabiさんはどうですか。チェンバーポップやジャズの要素を感じる、軽やかでぬくもりのある音が素敵です。

Babiさんは、私が大学生の頃に大好きで聴いていて、いつかご一緒したいなと思っていました。Babiさんのおもちゃ箱的な宅録感がたまらなく好きで、いろんな生活音も入れてもらいたいなと思っていたので、“こうしてほしかった”というアレンジが返ってきて、ファンとしてすごく嬉しかったです。とても素敵な方でした。

――相性いいですよね。「ほおづき」「時の子」をアレンジした梅井美咲さんとも、相性がいいと思いました。ピアノと電子音の、繊細な使い方が素晴らしいです。

梅井さんは、世界のミサキウメイになるんじゃないかと思っているんですけど。演奏力も凄まじいですし、編曲もいいんですよね。

――「ほおづき」の間奏部分とか、抽象的な電子音が乱舞して、めちゃくちゃかっこいい。

あそこは、なんかバキバキにしてほしい、ということは伝えていました。怖くしてほしいって。「ほおづき」には、記憶のどろりとした部分を入れたいなと思っていたので、アルバムの中で一番ダークサイドな曲かもしれないです。あと、梅井さんのコーラスを入れてほしいとお願いしたんですよ。イノセントな歌声をお持ちなので、いい塩梅になったなと思います。

――「時の子」はピアノと歌だけで、吉澤さんの歌の迫力が凄いです。聴き惚れちゃいました。

「時の子」は、レコーディングの朝に出来上がったんですよ。ギリギリで出来上がって、歌詞もレコーディングしながら直した気がします。

――「時の子」は、アルバムの中では異色の曲で、《軍服に水筒を下げて》とか、歌詞の時代背景もずっと昔だし、物語っぽい感じが一番強いと感じました。何かテーマがありましたか。

祖母の名前が時子なんです。祖父が去年亡くなってから、おじいちゃんの話をずっとするんですよね。「おじいちゃんが夢に出てきて、軍服で水筒を下げていて」みたいな話を、本当にそのまま書いた感じです。

――ああ、なるほど。そういうことでしたか。

時子って、きれいな名前だなとずっと思っていて、そこから連想して、私たちはみんな時の子だな、時間の中の子供たちだなと思って、朝、夕、夜と時間が進んでいくような曲にしたいなと思っていました。おばあちゃんへのプレゼントですね。おじいちゃんとおばあちゃんは、駆け落ちだったそうなんですよ。私から見ると、というか、誰から見ても、おじいちゃんはすごく顔が怖くて、苦み走ったおじいさんだったんですけど、おばあちゃんからすると、田舎から出てきた素朴な若者のような、「子供みたいな笑顔なのよ」と言っていて、それをそのまま曲にしたという感じです。

――この曲、おばあちゃんに聴いてもらいましたか。

はい。

――なんて言ってました?

泣いていましたね。「そうそう、そうだった」と言っていました。

――すごいおばあちゃん孝行なお孫さん。そもそも吉澤さんは、基本的には物語を作る人で、全部が自分のことではないですよって、かねがね言ってきましたよね。でも今回のアルバムは、すごく自伝に近い感じがします。

そうなんです。自分や自分の周りに、ぐっとフォーカスが当たったというか。家族というテーマを書こうとした時に、ホームドラマとか家族の映画とかのイメージはあるんですけど、それを使うことができなくて、自分の中からしか出てこない、ということはあったのかもしれないです。そもそも、決まった家族の形なんか、本当はないから。

――これはちょっと、今までと同じレベルで比べられない作品かもしれない。

大切な、すごく個人的なアルバムを作らせてもらいました。

終わったばかりですけど、早く作りたいです。あんなに苦しんで書いたのに、まだやりたいんだなって、自分でも不思議に思います。

――ここまで自分に近い部分を出してしまうと、次はどうするんだろう?とか思っちゃいますけど。まだアイディアはありますか。

やりたいことはまだまだあって、いつもアルバム3枚分は頭の中にあります。終わったばかりですけど、早く作りたいです。あんなに苦しんで書いたのに、まだやりたいんだなって、自分でも不思議に思います。

――もうしばらくは家族モードでいてください。5月1日のNHK大阪ホール、5月9日の東京・NHKホールは、どんなライブになりそうですか。

渋谷のNHKホールは、今までで一番大きい会場なので、心してかかりますという感じです。家族というテーマを既存の曲からも拾ってきて、再構築するのがすごく楽しみです。

――こちらも楽しみにしています。その前にもっと、『幽霊家族』を聴き込んできます。それにしてもこのジャケット、インパクトがすごい。

最初は頭がなくて、顔に煙がかかっているようにしたいと言ったんですけど、やってみたらめちゃくちゃ怖かったので(笑)。紫陽花のコラージュにしました。そもそもタイトルを『幽霊家族』にしたいと母に言った時に、ちょっと怪訝な顔をされたんですけど、父が「面白いんじゃない?」と言ってくれたので、『幽霊家族』にしました。写真も家族で撮りました。

『幽霊家族』通常盤

――これ、本当に吉澤さんの家族なんですね。

そうです。真ん中が時子で、左から弟、私、母、父です。せっかくなら家族写真を撮ろうとディレクターが言ってくれて、その写真もいただきました。ビクターさまさまです。

――家族孝行アルバムですね。良い意味で物語の中に隠れていた吉澤さんが、初めて顔を出したアルバム。

私情が出てしまいました。

――最後に、メッセージをもらってもいいですか。家族関係で悩んでいる人も、結構いると思うんですけど、家族との付き合い方は、結局どういうふうにするのがいいのか。

やっぱり、家族というのは他人なんだということを、肝に銘じることですかね。血が繋がっていると、自分の身を分けたような感覚があったりしますけど、そうではないということと、でもずっと一緒にはいられないから、大切にしたい人は大切にしようね、みたいな感じですかね。でも全然大切にしなくてもいいと思うんですよ。人それぞれだと思います。

――深いです。結局正体がわからないという意味でも、すべては幽霊家族なのかもしれない。いろいろ思考が広がる素敵なアルバム、ありがとうございます。

こちらこそ、ありがとうございました。

取材・文=宮本英夫
撮影=菊池貴裕
ヘアメイク=新井裕梨
スタイリング=松野仁美
<衣装>
シアートップス / STUDIOUS WOMANS
レイヤード トップス / SHIROMA
スカート / RITAN

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