タイミングと引き継ぎがカギ。退職代行の運営者に聞く「良い辞め方」「悪い辞め方」
ここ数年で一気に認知度が高まった「退職代行」。退職というキャリアの節目を乗り越えるための“新たな選択肢”と評価する声がある一方、「退職の意思は自ら直接伝えるべき」といった価値観もまだまだ根強くあります。
実際、新入社員(男女)を対象にしたマイナビ転職のアンケート調査(※)でも、7割以上が「(退職代行について)他人が使うのは問題ないが、自分が使うのは抵抗がある」と答えています。
そんな状況で、私たちは退職に備えて何をしておくべきか。2018年から退職代行サービスを運営してきた弁護士の小澤亜季子先生に、データの裏に隠されたビジネスパーソンの本音から、自身のキャリアを壊さない「良い辞め方」に至るまで、詳しくお伺いしました。
監修者
小澤 亜季子(おざわ あきこ)
弁護士(東京弁護士会所属)。1987年生まれ。2011年3月、早稲田大学大学院法務研究科修了。2012年、弁護士登録。2018年、社会保険労務士登録(~2020年)。労働環境を良くするため、企業側・労働者側の双方の業務に従事。2018年8月、退職代行サービスを開始。著書に『退職代行』(SB新書、2019年)など。
データで見る退職代行の”リアル”
2025年の新入社員を対象にしたアンケート調査によると、7割以上が「他人が退職代行を使うのは問題ない」と回答しています。この結果について、小澤さんはこう語ります。
「面白いなと思ったのは、『自分が使うのは抵抗あるが、人が使うのは問題ないと思う』という部分ですね。無条件に肯定しているわけではなく、『私はそんなものを使わないけどね』という本音が透けて見えるようで、ある意味『若者らしいな』と感じました。
結局のところ、彼らも心の底から退職代行を『良いもの』だとは思っていないのでしょう。でも、『他人がどうしようと自分の知ったことではない』という、ある種のドライな距離感が、そう回答させているのかもしれません。
中高年に同じ質問をすれば、おそらく全く違う結果になるでしょう。若者と比べて、退職代行に馴染みが薄いはずですから。
ただ、若者も中高年も『他人が退職代行を使った』と聞いて、ややネガティブに感じる部分は、実はあまり変わらないのかもしれない、とも感じます。若者の場合、それをストレートに口に出すのは『ダサい』とか、『個人の自由を尊重していない』と思われる、といった価値観があるのかもしれません。
退職代行をめぐる価値観の違いは、メディアで『若者 vs 中高年』の世代論として語られがちですが、私は世代というより、その人が持つ『労働観』の違いだと感じています。例えば、50代の方でも、ご自身が過重労働で心身を壊した経験があったり、ご家族が同じような目に遭ったりした方だと、『そういうこともあるよね』とすんなり受け入れてくださいます。逆に、20代でも、仕事一筋で大きな挫折を経験したことのないような方だと、『私は使わない』といった反応になりがちです」
一方、2018年から退職代行サービスを運営する中で、サービスに対する世間の「認識変化」は感じるといいます。
「始めた当初は、『辞めることすら自分で言えないのか」と厳しいご意見をいただくことも多かったですが、サービスの認知度が格段に上がったここ数年で、風向きが変わった印象です。特に企業の人事労務担当者や管理職の方々も、退職代行の存在を知っているのが当たり前になり、電話口でいきなり罵声を浴びせられるようなことは、この2年ほどでほとんどなくなりましたね。
ただ、表立っては『(退職代行を使うのも)仕方ないですよね』とおっしゃるようになった一方、本音では『おかしい』と感じている方は、依然として多い印象です。認知度が高まったからこそ、頭ごなしに否定するのは時代遅れだ、という建前が働くようになった、ということなのかもしれません。
私としても『誰もが積極的に使うべきだ』とは全く思っていません。あくまで、どうしようもなくなった時の『最後の砦』として存在することに意義があると考えています」
専門家に教わる「会社と揉めない退職術」
できるならば退職代行を使わず、円満に会社を辞めたいと考える人がほとんどでしょう。職場と揉めず、将来のキャリアにも悪影響を及ぼさない「良い辞め方」をするためには、何に気をつけるべきでしょうか。
「心身ともに健康で、会社側にも大きな問題がない、という前提でお話しするなら、良い辞め方と悪い辞め方を分ける重要なポイントは『タイミング』と『引き継ぎ』の2つです。
まず『タイミング』ですが、これは、ある種の想像力が求められます。例えば、決算期や、大きな人事異動が発表された直後などに『辞めます』と伝えれば、会社が混乱するのは目に見えていますよね。
学校の先生なら、年度末の3月に辞めるのが、学校にとっても自分にとっても負担が少ない、といったように「退職の意思を伝えても会社側が困らない時期はいつか」を考えることが、結果的に自分のためにもなります。難しいタイミングでの退職の申し出は、会社に迷惑をかけるだけでなく、退職交渉が難航したり、上司の心証が悪くなったりする原因にもなりかねません。
世間は案外狭いものです。特に、同業種への転職を考えている場合、前職での悪い評判がどこでどのように伝わるか分かりません。自分のキャリアを守るという意味でも、辞めるタイミングは慎重に検討すべきでしょう。
もう一つのポイントである『引き継ぎ』については、『立つ鳥跡を濁さず』とも言いますが、線引きが難しい部分でもあります。
後任者を一人前に『育てる』までやる必要はありません。ただ、最低限やらなければならないのは、『自分しか知らない情報の共有』です。これを怠ると、業務が完全にストップしてしまい、会社に実害を与えかねないからです。
具体的には、
•各種システムやツールのパスワード
•取引先の連絡先や各案件の進捗状況
•マニュアル化されていない業務の手順
など、とにかく『これがないと後任者が仕事を進められない情報』は、すべて資料などにまとめたり、個人のPCではなく共有フォルダ(管理ツール)に保存したりすべきでしょう。これは、ビジネスパーソンとしての最低限のマナーと言えるかもしれません」
その意味で、「引き継ぎ」は日々の仕事から始まっていると小澤さんは言います。
「退職を決めてから慌てて引き継ぎの準備をするのではなく、日頃から引き継ぐための手段や流れを考えておくことが重要です。
以前、役所に出向していた時に感じたのですが、2年で異動を繰り返す公務員の方々は、いわば『引き継ぎのプロ』。彼らは、普段の業務をこなしながら、後任者のための引き継ぎメモを常にアップデートしています。だからこそ、後任者へスムーズに引き継げますし、自分もスムーズに引き継ぎを受けられるわけです。
公務員の方々のように、とまでは言わないまでも、普段から業務フローを言語化・可視化したり、情報をオープンにしたりすることはいざという時に自分を救います。仮にご自身が退職代行サービスを利用する場合も、引き継ぎの準備が整っていないと、私たちサービス運営者が会社と細かくコミュニケーションを取らなければならず、退職のハードルが上がってしまうこともあります」
「上司が病む」現象も……退職代行が普及した先の未来
退職代行が社会に浸透することで、私たちの「退職」に対する考え方は変わっていくのでしょうか。
「退職代行が普及したからといって、日本人の退職観が大きく変わる、ということはないと思います。転職が当たり前になり、一つの会社に定年まで勤め上げることが珍しくなった現代において、退職に対する心理的なハードルが下がっているのは事実です。ただ、それはもっと大きな社会構造の変化によるもので、退職代行という一つのサービスが与える影響は限定的でしょう。
《画像:アンケート調査への回答でも「3年以内に退職予定」と答える新入社員が2割を超えた》
むしろ、私が最近気になっているのは、企業側の変化です。特に、部下に退職代行を使われたことで、精神的に参ってしまう上司の方が出てきているそうなのです。
考えてみれば、退職代行を使われるということは、部下から『あなたとはもう話したくありません』という“絶縁宣言”を突きつけられるようなもの。コミュニケーションを拒絶された上司が、ショックを受けてしまうのも無理はありません。
今後企業は、辞めていく社員への対応だけでなく、残された上司のケアも真剣に考えなければならない時代になるでしょう。その意味で、退職しやすい労働環境と、管理職が過度な精神的負担を負わない労働環境は、両立して整備していく必要があるのかもしれません」
アンケート結果、そして小澤さんのお話からもわかるように、「辞め方」は仕事人生における大切な要素のひとつです。
転職や退職を選ぶかどうかに関わらず、日頃から「次の一歩」を意識しておくことが、より良いキャリアへの近道となるはずです。
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取材・編集:はてな編集部
制作:マイナビ転職
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