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【東京発日帰り旅】埼玉県行田市~城と足袋と古墳の街巡り~

さんたつ

『散歩の達人 首都圏日帰りさんぽ』より、旅先で気軽に楽しめる散歩コースを紹介。歩行時間や歩行距離も明記しておりますので、週末のお出かけにご活用ください。 映画『のぼうの城』やドラマの『陸王』の舞台となった行田は、城の街であり、足袋の街であり、そしてさらに古代へ遡った古墳の街でもある。

行田の中心地は駅から遠い。これは正確ではない。秩父鉄道の駅は近いので、そうは言いきれない。でも秩父鉄道は本数が少ないのであまり便利ではない。で、これが良かれ悪しかれ行田の特徴になる。

その① 駅から遠く、バスで中心部に向かうので不便。歩くと遠い。
その② JRの駅前は発展してない。さびれている。中心部ではないから。
その③ 中心部も不便なので、あまり開発の手が入らない。

ということで、昔とあまり変わらず発展はしていないが、その代わりに昔が残る、いい街なのである。

埼玉(さきたま)古墳公園から水城公園へ

遠いのでJRの駅からさっそくバスに乗って、まず広大な埼玉(さきたま)古墳群のある公園へ。古墳数はなんと9基。昭和初期の干拓で激減したが、それまでは小型古墳を含め35基もあったという。造られた時期は5世紀末から7世紀初め。

まず、まん丸い丸墓山(まるはかやま)古墳へ上がってみた。眺めがいい。

丸墓山古墳は直径105mで、日本最大級の円墳。
丸墓山古墳から将軍山古墳を遠望。6世紀後半に造られた前方後円墳で、全長90m。横穴式石室が見学可能。

行田の街の中心部を見ると、ビル群の中に違和感のある建物。それが忍城(おしじょう)だった。

全長が135mもある埼玉県最大規模の二子山古墳の近くを歩いて、道路の反対側の古墳も回る。

丸墓山古墳からは行田の中心部にある忍城の復元された御三階櫓が見える。
丸墓山古墳の足元に残る石田堤の痕跡。石田堤は石田三成が忍城を水攻めした際に築いた堤。
埼玉県幸手市から古墳公園内に移築された旧遠藤家の住宅。江戸時代末期に建てられた稲作農家。

史跡の博物館の脇道から、今度は行田の中心部へと向かう。距離は遠いが、ここは歩くことに。

武蔵水路を渡り、忍川を越えて水城(すいじょう)公園方面へ。佐間天神社の裏から水城公園へ出ると沼がある。かつて忍城の周りを囲んでいたお堀跡。と、モスグリーンの美しい洋館が。大正11年(1922)築の旧忍町信用組合の建物を移築改修して今はカフェとなっている。古いのになぜか新しい感じがする。

忍城の外堀だった沼の一部が、水城公園の池になっている。
旧忍町信用組合の建物を移築して現在は子育て支援カフェに。スタッフに子育て中のお母さんも多い。水城公園内にあり、愛称はVert Café(ヴェール・カフェ)。

地道で健気な足袋の街、行田へ

そしていよいよ行田の中心部へ。足袋、「陸王」の町へと入って行く。

行田では江戸時代中期頃から足袋生産が盛んになり、明治20年(1887)頃からミシン導入でさらに発展、最盛期の昭和13年には年間8500万足を生産した。これは日本の8割のシェアという。行田はなぜ“足袋の町”となったのか?

時田蔵。行田市駅近くの大正時代に建てられた足袋蔵。「かるた足袋」の商標で知られた時田啓左衛門商店の蔵だ。

行田には今でも80棟もの足袋蔵が残っている。いろいろ巡ってみると、イサミスクール工場という行田市最大規模の工場があった。ドラマ『陸王』でロケ地になったところで、玄関前から見ただけだが、錆びた屋根とブルーの板壁など、なぜか心に響いてくる。建て替えもせずに工場が現役で稼働している、そのなんというか、健気な感じ。これが行田なのかもしれない。

「イサミ足袋」の商標で明治40年から足袋の製造を始めたイサミコーポレーションのスクール工場の入り口。学校の制服などを製造。三角屋根の足袋工場も近くにある。
イサミコーポレーションの足袋工場。

「あまりパッとしないんだよね」と街の人は言っていたが、パッとはしないけれど、地道で健気な感じが、たぶん心を揺さぶったのだ。

1988年に忍城の本丸跡に再建された御三階櫓。この櫓が丸墓山古墳から見える。

取材・文=清野編集工房
『散歩の達人 首都圏日帰りさんぽ』より

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