木版画に託す生と死 がん闘病経た心境込め 宇陀・坂さん「最後の個展」
うだ夢創の里で15日まで
奈良県宇陀市室生三本松の木版画家、坂育夫さん(76)の個展が10月15日まで、同市室生大野の「うだ夢創の里」で開かれている。50年以上続けてきた木版画活動の集大成で、「これが最後の個展になる」と語る。
大阪で生まれ、高校で日本画を学んだ。大学で文芸部の雑誌の挿絵を手掛けたのをきっかけに木版画と出会い、版画家として歩み始めた。
一方、西遊記の三蔵法師として知られる玄奘三蔵を卒業論文で研究したのをきっかけに、インドやネパールを放浪。帰国後は保父(現在の男性保育士)や古本屋経営など、多彩な経験を積んだ。
40代からは、東京都町田市を拠点にネパールへの教育支援を行う「ネパール・ミカの会」を設立。事務局長や副会長などを務め、現地の貧困層の子どもたちのために7つの学校建設に尽力した。
10年ほど前、宇陀市へ移住。2年前にがんを宣告され、「もう長くない」と死を覚悟した。その時に遺作として完成させたのが、修験道の開祖・役小角を描いた手彩色の版画「役小角降臨」だった。龍神とともに現れる姿を刻んだ後、版木は処分した。
だが、放射線治療を経て坂さんは快復。過去に制作した版画に添えた詩「眠り損ねた冬の蛇」が、「今の自分に重なる」と語る。
自らの作風は「暗いんちゃうかな」と笑う。作品は生と死や哲学的なテーマにこだわり、思いを刻み続けてきた。個展では、役小角や冬の蛇を始め、40代以降の作品約20点を並べる。
祈る人の姿に憧れ
坂さんにとって、木版画は「日記のようなもの」だという。何度も下絵を描き直し、彫り、刷る。その営みは自らの思いを掘り当て、刻む行為だった。
「信仰心は薄い方だが、祈る人の姿に憧れる。版画はその気持ちを刻む場だった」と振り返る。病を経てなお作品を並べる姿は、芸術を通して「生きるとは何か」を問いかける。
個展の展示時間は午前11時から午後4時まで。入場無料。最終日の午後3時からは、住民による三味線演奏もある。
問い合わせは坂さん(080・1271・4403)まで。
※10月1日から3日まで職場体験に取り組んだ、桔梗が丘中3年の植田春翔さん、澤田泰良さんが取材しました