ビジネスリーダーの育成
この記事は、組織人事を根幹から考える意図で執筆している。
前回は、日本企業の人事慣行、特に年功序列による昇格から発生する問題について述べた。人事慣行が企業の競争力の低下に大きく影響していると考えるからである。その続きとして、今回はビジネスの能力の育成について述べる。
ビジネスの能力とその前提
ビジネスの能力について、アントレプレナーシップという考えかたと関わりが深いことを以前に紹介した。アントレプレナーシップは広い概念で、起業にとどまらず、事業を主導する活動の全般に当てはまる。
アントレプレナーシップの諸要素のなかでも、事業機会の発見に重きがあるだろう。
事業機会の発見とは、単に製品やサービスを発案することではない。市場規模や期待収益を想定する必要があるし、他社との競争も考慮しなければいけない。もちろん費用も計算し、事業として成立するのかどうかを考えることが求められる。新規事業であれ、既存事業の変革であれ、過去の情報は必ずしもあてにならず、仮定で検討することが多い。リスクの幅が大きい、非常に難しい検討である。
情報が相対的に入手しやすい場合、例えば法改正に対応するような事業は、ニーズや市場規模を予測しやすい。しかし、予測しやすいのは他社も同様で、参入をうかがう企業が多くなり、過当競争に陥りやすい。過当競争は事業としての魅力が小さくなるので、他社に先行できる事業が望ましい。そのためには一種の独創性が不可欠である。だから事業機会の発見は重要だと考える。
事業機会を発見したならば、リスクをとって行動を起こす必要がある。絶対の成功はなく、失敗が常につきまとう。成功の確率は決して高くない(※1)。行動を起こすには相当な果敢さが求められる。
事業活動をひとりで担えない場合は人員を補強するが、補強はコスト増に直結して失敗の可能性も拡大する。コスト増に加えて、組織を構築する必要や、マネジメント手法を考える必要も発生する。
他にも、新たな事業のためのマーケティングが求められ、資金や予算の調達も必要なことが多いだろう。マーケティングにしろ、資金や予算の調達にしろ、自社や外部の関係者の理解を得るために説得しなければならない。人を動かすリーダーシップの発揮が必須である。利益から次の投資や留保を決めることも検討事項である。
いかに多岐にわたる活動なのか、改めて申し上げた。前回述べたように、営業や人事といった機能の経験だけでは、ビジネスを担うのは困難である。広範な取り組みが必要で、しかも統合的な能力発揮が必要である。統合はシンセシスという単語にあたるが、ビジネスの視点によるシンセシスはリーダーに不可欠であることが世界的に認識されている。
ところで、アントレプレナーシップには実は重要な前提がある。それはオーナーシップである。起業的な活動を担うリーダーの研究には、根幹の資質としてオーナーシップを指摘するものがある(※2)。これらの研究を筆者自身の実感から支持する。
筆者は社内起業の経験を持つが、事業創造の段階では社内の多くの協力を望めなかった。成功するかどうかわからないので、最初は賛同を得られないのである。また、最初から大規模に活動するわけにもいかない。予算も人員もない苦しい立場で事業創造に取り組まざるを得なかった。
多くの場合、事業創造をはじめる場合、会社内で優先される立場にはない。人材の性質を「人に評価されたい」「人に評価されなくてもよい」という二つに区分するならば、「人に評価されなくてもよい」という人材の方が適している。人からの評価でなく、自己目標の達成を追求する人材の方が事業創造に適するという研究もある(※3)。自己目標の達成とは、言わばオーナーシップである。オーナーシップが強くないと、事業創造のために苦しい立場に置かれることを耐えがたいのだ。
また、ビジネスの成功には試行錯誤を求められる。ビジネスの創造では何が成功の鍵なのかわからない。試行錯誤を連続して、成功の鍵を発見することになる。成功するかどうかわからない試行錯誤を続けるためには、オーナーシップが強いことが望ましい。
事業創造の文脈で述べてきたが、既存事業の変革も事情は同様だろう。変革の提唱者は、通常は社内の少数派である。筆者は事業変革と組織変革の経験者でもあるが、事業創造とまったく同じように苦しい立場に立った。
ビジネスを担う能力が多岐にわたることと、オーナーシップの強さを必要とすることから、育成を研修だけでは賄えないことがわかる。
育成方法
ではビジネスリーダーをどのように育成するのか。
育成は大別して二つの方法を導入すべきだと考える。新たな人材の選抜方法、そして新たな育成方法の導入である。
人材の選抜は従来の方法を変えねばならない。ビジネスリーダーに育ちやすいのはオーナーシップが強い人材だから、オーナーシップを測る。従来のように、会社から高く評価される人材をビジネスリーダーとして育てるのは、実は矛盾を生じている可能性がある。
オーナーシップの強さの診断には簡単な方法がある。立候補を受け付けるのである。ビジネスを担いたい人をビジネスリーダーとして育成すればよい。自ら立候補する人材は、苦しい立場を受け入れる覚悟があると見なせる。
この考えかたには反論が生じそうである。例えば、「好ましくない人材が立候補する」である。しかし、「好ましくない人材」とは何だろうか。現在の会社の文化や体制に対して異質な人材ということではないだろうか。異質な人材の排除は、既定路線の踏襲や事業の陳腐化につながりやすい。ならば、立候補した人材に育成を限定し、立候補者は全員対象とするとよい。多様性を受容でき、公正である。
別の反論も考えられる。立候補者だけでは必要な人数をそろえられない、という意見である。意見としてはわかるが、筆者は問題ないと考える。事業責任者以上を筆者はビジネスリーダーと呼んでいるが、全従業員に対して人数比は一体どれくらいだろうか。明確な統計はなさそうだが、従業員数に対して0.8%前後とみてよいだろう(※4)。ビジネスリーダーは少数でよく、立候補者で賄えそうである。立候補者の割合がこの値を下回るのであれば、ビジネスへのオーナーシップが低い人材ばかりを採用していることになる。立候補者の人数の問題ではない。
ビジネスリーダーに立候補することに、条件は不要である。新入社員でもよいと筆者は考える。学生時代から起業している人もいるからだ。就職活動のための材料として起業する学生もいるが、ビジネスリーダーとして育成する過程で能力を検証すればよい。
それではどのように育成方法をとるのかだが、これも言葉にすれば簡単である。事業創造を経験する機会を設ければよい。事業創造は修羅場経験でもあり、既存のアイデアや他者に依存することができず、多岐にわたることを自分で考えることになる。数年にわたる事業創造の経験のなかで、どのように判断し、行動すべきなのか、学習すればよいのである。
実践に勝る学習はないし、能力の検証もしやすい。判断や行動が不十分な点は助言し、学習を進めればよい。助言をするのは、現職のビジネスリーダーが望ましい。機能の担当者や責任者はビジネスを経験していないからである。ビジネスリーダーを集めた人材委員会のような機関を設置し、将来のビジネスリーダーの育成に関与するのである。育成に関与するとともに、学習が進まない人材を選別する役割を担う。
事業創造の経験において、担当したビジネスが成功しなくてもよい。成功するに越したことはないが、結果そのものよりも、成功するために何を考え行動すればよいのかを知る方が、様々な状況下で応用が利く。
事業創造経験がビジネスリーダーの育成に有効だという考えは、筆者のオリジナルではなく、著名な研究者が先行して主張している(※5)。既存事業とはいったん成功した事業のことで、事業の成功は過去のものである。既存事業を継承しただけの事業責任者は、成功のための試行錯誤の過程を経験していないと想定される。事業が何を前提としており、何をすることで付加価値が高まるのか、把握していないことが多いだろう。経営資源も既に用意されている。だから単に継承したリーダーは環境変化に弱く、他者に依存することも多いだろう。事業に責任を持ち、ゼロから成功の鍵を模索し、限られた資源を活用することこそ、ビジネスリーダーの育成に有効だ。会社内外の関係者を説得する力量も高まるし、組織の構築やマネジメント手法の選択も経験できる。
なお、ビジネスの能力の技能面については、ビジネススクールのような広範な学習が役立つ。ビジネススクールは、経営者や企業のリーダーを育成することが元々の趣旨だ。特定の機能の経験だけでなく、企業全体の活動に対する視野や視座を獲得するためのものだ。
近年は知識の習得やフレームワークの学習が強調される傾向にあるが、ビジネススクールの本来の意義は知識習得ではない。多岐にわたる経営活動を学んで視野と視座を向上させることである。
筆者が学んだビジネススクールは必須科目だけで8科目あったが、科目ごとに論点が異なり、たいへん視野が広がった。社内起業の際にも実に有用だった。このような学習は、職務遂行中、特に機能に限定された職務遂行では学ぶことがたいへん難しい。ビジネスリーダーの育成のためには、各機能の役割や論点を学ぶ機会が不可欠だと思う。
だから、起業経験を持ったあとは、社内の主要な機能をローテーションし、自社の各機能の役割の学習と、人脈形成をすればよいだろう。もちろん、機能を担う人材を育成したいのではないから、ビジネスにおける社内の諸機能の位置づけを理解すればよい。理解に対する評価者は、現職のビジネスリーダーによる人材委員会が務めればよいだろう。機能に評価を委ねると、よくあるエリートコースのようにネガティブな評価が発生しにくい。
育成方法をまとめれば、従来のような機能担当者用の一律の育成に組み込まず、起業経験を通じた特別な育成プロセスを設ける。育成プロセスへの参加は立候補者に限る、という条件である。立候補者をエリート扱いせず、人材委員会から常に可否のチェックを受け続ける。そして職務のローテーションをしながら登用の機会を待つのである。
最後に
今回、4カ月継続してビジネスリーダーを巡る問題を述べた。日本企業の競争力は低いと国際評価を受けており、人事慣行の問題が大きく関わっていることを提起した。そして、ビジネスリーダーの育成には事業創造経験が有効だということを紹介した。
今後も一般的には扱われない組織人事の問題を扱いたい。またの機会にもご覧いただければ幸いである。
※1 『中小企業白書』2023年版によると、日本では起業後5年経過した時点の存続率は80%ほどで、欧米の主要国では40%程度である。日本はそもそも起業が少なく、企業の中心は飲食などの小規模なサービス業である。
※2 “Hiring an Entrepreneurial Leader” Butler T. 2017 など
※3 『経営人材育成論』 田中聡 2021 東京大学出版会
※4 『企業活動基本調査』経済産業省 2021から算出
※5 『どうする? 日本企業』 三品和広 2011 東洋経済新報社 『戦略不全の因果』 三品和広 2007 東洋経済新報社
執筆者:株式会社セレブレイン 河野 健士