【現代画家・小林孝亘 インタビュー】逗子市小坪の漁師町で描き続ける——「さようなら」と「こんにちは」のあいだにあるもの
逗子市の小坪漁港ぞいにひろがる古い集落に根を下ろし、油絵を描き続けている画家がいます。小林孝亘(こばやし たかのぶ)さん——日本を代表する現代画家のひとりとして知られています。器や枕、お皿、犬、眠る人、森など、身近でありながら普遍的なモチーフを、親しみやすさと静謐さが同居するスタイルで描いてきました。
2025年7月には、闘病の経験を経て、絵本『さようなら、こんにちは』を発表しています。森を抜けて海に出た“姿なき主人公”が、また森の奥へ戻っていく道のりを、大事に選ばれた短いフレーズと、なじみのあるモチーフで描くこの絵本は、読み終えてもしばらく言葉にしづらい感覚が、“めまい”のような余韻として残る不思議な一冊です。
この絵本はいったい、どのような思いから生まれたのか。そして小林さんはなぜ、バンコクやフランス、東京での制作を経て、小坪の漁師町に根を下ろしたのか。以前から気になっていたことを、あらためて伺ってみたいと思いました。
小坪のご自宅兼アトリエを訪ね、小林さんの日々の暮らしと制作の背景、絵本『さようなら、こんにちは』に込めた思いについて、お話を伺いました。
1. なぜ逗子市小坪なのか——「海のそば」と「ギリシャの島っぽさ」
小林さんは東京・日本橋に生まれ、その後、親御さんの転勤で大阪で思春期を過ごし、愛知の美大へと進みました。湘南や逗子と特別な縁があったわけではなく、小坪についても「いきなり住んでしまった感じなんです」と笑います。
文化庁の在外研修員として滞在したタイ・バンコクを気に入り、その後は約14年にわたってバンコクで暮らしました。最終的には東京のアトリエとの二拠点で活動するかたちになり、「そろそろ拠点を日本に戻そう」と考えたとき、小林さんの頭のなかには、新たな拠点となる場所を決めるための条件が4つありました。
ひとつは、バンコクのアトリエと同じような環境——にぎやかなまちでありながら、アトリエは静かで集中して制作に打ち込める環境。
もうひとつは、バンコクに移住した理由のひとつでもあった「海が好き」ということ。「もし自分で好きな場所を選べるなら、海の近くがいいと思った」と小林さん。
そして、無理のない予算。
最後に、叔父の自動車整備工場を改装した東京のアトリエと同じ広さが確保できること。150号を超えるキャンバスを立てて描くこともある小林さんにとって、床面積と天井の高さはどうしても譲れない条件でした。
最初は茅ヶ崎や江ノ電沿線など、湘南エリア全体で土地を探しましたが、条件に合う場所はなかなか見つかりませんでした。そんなとき、たまたま見た不動産サイトの物件情報で小坪の土地を目にとめます。広さも予算も条件に合う一方で、実際に足を運んでみると、「さすがに海に近すぎるのではないか」と、最初は少しためらいもあったといいます。
それでも、よくよく眺めてみると、港沿いに漁師たちの家がひしめき合うように並ぶ風景は、どこかギリシャの島を思わせるものでした。島が好きで、実際にギリシャの島にも訪れたことがある小林さんにとって、「散策するといろいろなものが見つかりそう」と感じられる空気があったそうです。
同じタイミングで、小坪の高台側にある亀ヶ岡の物件も紹介されましたが、八百屋や肉屋などが並ぶ小坪漁港の「下町っぽさ」のほうに、より強く惹かれたと話します。古い漁師町ならではの人間関係の濃さを心配しなかったか尋ねると、「人間関係の不安は、どこに住んでも多少はあると思います」と、どこか淡々とした口調で笑っていました。
2. 白い壁と、上から落ちてくる光
小林さんのアトリエに入ってまず目に飛び込んでくるのは、「白」と「光」です。
ただ、小林さん自身は、最初から「真っ白な空間」をつくろうとしていたわけではなかったのだそうです。
設計を依頼した建築家が、もともと白を基調にした住宅やアトリエを多く手がけていて、その流れのなかで自然と白い空間ができあがっていきました。「でも、キャンバスの白のイメージはあったかもしれない」と、小林さんは付け加えます。
天井の高い位置、およそ4.4メートルほどの高さに設けられた窓から、光が落ちてきます。この日は雨模様でしたが、雲の切れ間から日が差し込むと空間そのものが輝きだすように一気に明るくなり、また雲に隠れると、すっとトーンが落ちる。その行き来のコントラストのなかで、白い壁と描きかけの絵の表情が、何度も変化していきました。
「日が昇る前がちょうどいい光の具合で、真夏の正午のように光が強い時期になると、眩しくて絵が見えないくらいなんです」と、小林さんは笑います。
小林さんのアトリエの向かい側にある小さな部屋は、同じくアーティストである奥さまのアトリエになっています。ご夫婦とも制作をするため、「お互いに白い空間のほうがやりやすい」という感覚は、自然と共有されていたそうです。
「絵は複合的な要素でできています」と、小林さんは自身の“光観”について話してくれました。物の形や表面の色の質、その見え方は、そこへ落ちる光によって変わる。若い頃に木漏れ日を描いていた時期があり、「あれは今思うと、光と陰、白と黒といった、のちに自分にとって大事になる“両極のもの”というイメージに惹かれていたのかもしれない」、と振り返ります。
3. 海を「しばらく描かなかった」理由
子どもの頃に父親に連れられて釣りによく行っていた思い出もあり、「海が好き」という小林さん。それで漁港のすぐそばに住んでいながら、「ここに来てから最初の10年くらいは、海をほとんど描かなかった」と述懐します。
「僕の場合、自分のいる環境は、どうしても作品のなかに入り込んでくるんです。でも、それをあからさまには取り込まないようにしているところがあって――」
タイに移ったときも、最初に引き寄せられるのは“日本と違う物の色や形といった外見的なもの”でしたが、そこに目が行っているうちは、外側の情報だけをなぞるような絵になってしまう気がして、その土地のモチーフをあえて描かなかったそうです。
画面に海が現れることはあったものの、「特別なモチーフとしての海」ではなく、「自分の生活の一部としての海」として描けるようになるまでには、10年かかったと話します。
「それ以前は、森の絵を描くことが多かったんです。森の奥深くまで入っていって、そこから引き返してくるような——自分の内面に深くもぐっていくようなイメージで絵を描いていました。それが小坪に住んで、海の近くで暮らす過程で、少しずつ視界が開けていくような感じがしました。森を描いていた頃とは逆に、自分の内面を外に向かって出していくようなイメージで絵を描くようになったんです」
4. シンメトリーの画面と、誰のものでもないモチーフ
小林さんの絵は、中央に置かれたモチーフと、左右対称に近い構図が印象的です。器や枕、人や犬――どれも、何かをしている途中ではなく、ただそこに静止しているように見えます。
「言葉でわかってしまうものは描かないんです」と小林さんは話します。「自分の身の回りのものに、あるときふっと目が止まって、考えが巡りだす。その連鎖が続いて、考えれば考えるほどよくわからなくなってくることがあるんです。そういう状態になると、『あ、描けそうだな』と思う。絵にしてみることで、言葉じゃなく感覚として『ああ、こういうことかもしれない』と触れられるかもしれない。そのとき初めて、モチーフとして成立する感じがあります。逆に、言葉で理解できたとしたら、それはもう描かなくていいんです」
「学生の頃は、人が動いている場面や、物語性のある絵――絵に意味づけをして、そこから何かを読み取ってもらうような絵も描いていました」と小林さんは続けます。けれど、あるとき「それは絵じゃなくてもできることじゃないか」と感じるようになりました。何かを説明するだけなら、文章や写真でも足りてしまう。では、自分はなぜ絵画を続けているのか――そこから、「絵画でしかできないこと」を意識するようになっていきました。
「絵画は平面だから、見る人は必ず真正面から向き合いますよね。そのときに、絵から根本的な何かを感じてもらえるような絵にしたいと思うんです」
小林さんの代表的なモチーフのひとつに、「枕」があります。2014年に刊行した作品集『小林孝亘―私たちを夢見る夢』のなかで、次のように書いています。
生きるために、人は眠る。
そして、眠る、目覚める、を繰り返して、やがて死に至る。
生と死という両極が、「枕」というひとつの形のなかに含まれている。
「枕」には普遍的な要素があるから、
繰り返し、ずっと描けるかなと思う。
生と死のような両極性を意識するきっかけとなったのが、「枕」だったといいます。
最初に「枕」を描いたときは、自分が実際に使っている枕を、その癖のあるへこみ方まで含めて、そのまま再現したそうです。しかし、それでは「自分の枕」でしかなくなってしまう。そこで小林さんは、「誰が見ても枕だとわかるけれど、誰の枕とも特定できない枕」にするにはどうしたらいいかを考えました。
感情をできるだけ排除し、しわを極力省き、地塗りで表面をフラットに整える。形はシンメトリーに近づけながら、布の質感だけは残し、「枕」であることが最低限わかる情報だけを残す。それ以上の情報は、できるかぎり削いでいく。
「『枕』の絵を見た人が、しわやへこみといった“描かれた内容”そのものに引っかかるのではなく、ただ『枕』を認識する。その瞬間に、その人自身の『枕』のイメージや記憶が“発動”するようにしたいんです」
小林さんのその言葉どおり、「誰のものでもない枕」を見ていると、自分の思考が予期しない方向へと走り出していくような感覚を覚える瞬間があります。
5. 病気と「手」のモチーフ――絵本『さようなら、こんにちは』の余韻の核
絵本『さようなら、こんにちは』の終盤に現れるのが、「手」です。そこに添えられたフレーズは、タイトルにもなっている「さようなら、こんにちは」。
なにをするでもなく、ただ広げられた「手」のイメージは、この絵本に独特の余韻を残す核になっています。
その背景には、闘病の経験がありました。2025年、小林さんは「下手をすると死んでしまうかもしれない」と感じるほどの重い病気で、急遽手術を受けることになり、集中的な治療を続けていました。その時期、ベッドの上で毎日のように自分の手を見つめていました。
最初はどこか紫がかった不健康な色をしていた手の皮膚が、だんだん血の気を取り戻し、元の色に近づいていく。その変化を、「今日は昨日より少しましだな」と、日々確かめていたそうです。
大病と手術を経たことで、ふくろうや蝶といった、これまであまり描いてこなかった動物のイメージが少しずつ生まれてくる一方で、あるとき「この手を描いてみよう」と思い立ち、自分の手を見ながら描いたドローイングが何枚も生まれました。その延長線上に、『さようなら、こんにちは』のなかに登場する手のイメージがあります。
「『さようなら』も『こんにちは』も、どちらも手のひらの動作なんだな、という“気づき”が、この絵本の出発点になりました」と小林さんは話します。
その“気づき”に至るまでの過程を、時間の流れや状況の変化として、絵を連ねることでたどっていく——。これまで一枚の絵のなかに物語性を持ち込むことは避けてきた小林さんが、あえて「物語」を引き受けてみようとした試みでもありました。
かつて描いてきたモチーフが、ページをめくるごとに立ち現れてくる展開について、「自分がこれまでの人生で体験してきたことを、もう一度たどり直すことでリハビリをしているような感覚もありました」とも振り返ります。
また、この絵本を読むと、言葉と絵の関係が、一般的な絵本とはやや違っているように感じられます。ご本人は、もともと読む側として絵本が好きで、名作と呼ばれる作品はもちろん、言葉の少ない、絵で見せるタイプの絵本もよく手に取ってきたそうですが、「言葉と絵が説明的にぴったり一致する、ということは求めていません」と小林さん。
言葉と絵が少しずつずれていくようにする。その「ずれ」が折り重なることで、読む人のなかに何かが組みあがっていく形が理想、と小林さんは話します。
6. むすびに――ふたたび、森の奥へ
2026年3月には、広島市の「ギャラリーたむら」で個展『小林孝亘展』(3月21日〜 4月5日)を控えています。その先もグループ展への出品や、小さな作品から中くらいのサイズの作品へと、制作の歩幅を広げていく予定だそうです。
「大学の仕事も含めて、内容的にはこれまで自分がやってきたことの延長線上に戻していく感じです」と小林さんは話します。しばらくまた森の絵を描いていくことになりそう――そんな予感も、穏やかに口にしてくれました。
「何もないんだけれど、何かいるように感じる。蝶や花、視覚的に何かが描いてあるほうがわかりやすいのかもしれませんが、なにもないところから始まって、見ているうちに何かを感じさせるような絵を描きたい」と小林さん。
「どうしてそう見えるのか、どこからそう感じたのか、自分でも言葉にしきれないことがあります。たぶん、その“はっきりしないところ”をいじっているときが、一番楽しいんだと思います。そうやって考えている時間があったからこそ、何とか回復できたところもありますしね」
漁港のそばのアトリエで、何もないように見える場と、そこに確かに在る何かとのあいだを行き来しながら、これからも作品が形作られていくのだと思います。生と死、光と陰、「さようなら」と「こんにちは」——両極のイメージを抱きながら、森から海へ、そして今もう一度、生の実感を手繰り寄せるかのように、海から森の奥へと戻っていく。その歩みは、螺旋を描く円環のなかを進んでいるようにも受け取れました。
その閉じることのない環(わ)の一点を、またどこかの展覧会や絵本のページを通じてのぞきに行きたくなる、そんなひと時でした。
プロフィール
1960年 東京・日本橋に生まれる
1986年 愛知県立芸術大学美術学部油画科卒業
1996年 「VOCA’96 現代美術の展望―新しい平面の作家たち」東京・上野の森美術館。VOCA賞・奨励賞受賞
1996~97年 文化庁芸術家在外研修員としてバンコクに滞在
1998年 アート・スコープ ’98 派遣アーティストとしてフランス、ロト・エ・ガロンヌに滞在
1999~2012年 東京とバンコク、二拠点で活動
2003年 「MOTアニュアル2003 おだやかな日々」東京都現代美術館
2011年~ 武蔵野美術大学造形学部油絵学科教授
2013年~ 神奈川県逗子市に住む
2014年 「小林孝亘―私たちを夢見る夢」神奈川・横須賀美術館。同名の作品集を出版
2016年 エッセイ集『小林孝亘 ふつうの暮らし、あたりまえの絵』出版
2020年 「神宮の社芸術祝祭『紫幹翠葉(し かん すい よう)―百年の社のアート』」東京・明治神宮ミュージアム
2023年 「共生世界―2022済南国際ビエンナーレ」中国・済南市美術館
2024年 「空の発見」東京・渋谷区立松濤美術館
2025年 絵本『さようなら、こんにちは』出版