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サブカル界スターたちの「鬱」。「好きなこと」と「求められること」のバランス

さくマガ


『サブカル・スーパースター鬱伝』という本を最近読んだ。プロインタビュアーの吉田豪さんが、「サブカル界」のスターたちに、40代でやってくる鬱について聞いてまわるという企画の本。
登場するのは、リリー・フランキーさんやみうらじゅんさん、大槻ケンヂさんなど、私でも名前を知っているようなスーパースターたち。こんなに仕事がうまくいっているであろう有名人でも鬱になるって、いったいどういうきっかけが多いんだろう、と気になって手に取った一冊だ。
鬱のような心の調子が悪くなるきっかけは、正直本当に人によって異なるだろうし、一概に言えるものではない。だからあくまでこれは私がこの本を読んだ一感想として聞いてほしいのだけど。興味深いなと思ったのが、「自分の好きなことをやってきて、ぱっと売れたときに、心の調子をがくっと崩した」というエピソードが本書にとても多かったことだ。
売れたというのはもちろん忙しいということなので、それによって睡眠時間や息抜きの時間がなくなり、さらにプレッシャーのかかる仕事が増えてストレスがかかる、というサイクルになるのは分かる。でもどちらかというと、この本を読んでいると、「自分のありたい姿、あるいは自分の好きなことをやっている自分」と、「みんなが求める姿、あるいはみんなが好きなことをやっている自分」の間にかなり溝が広がったときに、心の調子が悪くなる人が多いのかなと感じるのだ。

「好きなこと、できること」と「求められること」

いつも思うのだが、個人で発信する仕事というのは、基本的に自分の好きなこととみんなが求めることの重なる場所を探す行為である。私は少なくともそう考えている。いや、発信する仕事だけじゃなくて、すべての仕事がそうなのかもしれないけれど。でも私はとくに発信する仕事に顕著だと思っている。
というのも、会社で組織として商品やサービスやなんらかの価値を提供する仕事は、自分ひとりの好きが左右するレバーが、とても少ない(ことが多い)。自分ひとりの好きをきっかけに、なんらかのアイデアが生まれる、みたいなことはあるかもしれない。それでもそれはひとつのきっかけに過ぎないのだ。基本的には組織の求めるものを追求するのが基本だ。
でも、個人で発信する仕事は、自分の差し出したいものを、自分の理想に沿ってつくりあげるという作業だ。そしてそれが市場でどのような値付けをされて、どれくらいたくさんの人に求められるのか、が仕事の価値になる。だからこそ、「自分の好きなこと、できること」と「みんなが求めていること」の重なる場所を、ずっとずっと探し続けるしかないのだと思う。
私は、売れるということは、この重なりの面積が、ものすごく広いときに起こるものだと思っている。
めちゃくちゃできることが、めちゃくちゃ求められる。そのとき、それは売れるのである。なぜなら提供できるものも多く、需要も多いから。
しかし悲しいことに、この重なる場所は、すぐに変わってゆく。みんなが求めるものも変わる。それに自分ができることも消耗品のようなフシがある。
そして話は戻って来るが、『サブカル・スーパースター鬱伝』を読んだとき、思ったのだ。この本で言及されているような心の調子を崩してしまった人は、この「好きなこと、できること」と「求められること」のバランスが今までとちがったことに対して、しんどくなっているのかな……と。

お金を出してくれる人がいるから「仕事」になる

自分の好きなこと、できることと、みんなが求めることは、なかなか一致しない。
ビジネスの世界だと、たとえば会社を起業するときによく「その市場はちゃんと勝算があるほどの大きさなのか」ということを問われるらしい。要はこれ、「求められること」がちゃんと多いのか、という意味だろう。
発信する仕事も、自分が発信するだけでは仕事にならない。その発信を、お金を出して買ってくれる人がいてはじめて、それは仕事になる。そのお金を出して買ってくれる人が何人いそうなジャンルか、ということである。
また例え話になるけれど、二次創作の同人誌を売る場所で、「ジャンルの人口が減る」という言い方があるらしい。たとえば『テニスの王子様』の漫画が流行ってるときは『テニスの王子様』二次創作本は飛ぶように売れやすいけれど。『テニスの王子様』の漫画が今後、万が一流行らなくなったら(いや未来永劫流行りそうですけどね、テニプリ……)、二次創作も売れづらくなる、その現象を、ジャンルの人口が減る、と表現するらしい。これぞ、さっき述べた「求められること」が減少してゆく現象である。自分がテニプリを愛していても、求める人は減ってゆく。……切ない。
しかし逆のパターンもあるだろう。今まで『テニスの王子様』がまったく流行っていなかったのに、突然やたら流行るようになった。そうなると、そんなに売れていなかった同人誌が、ある日突然ものすごく売れるようになるかもしれない。
でもこのパターンは、実は、それまで自分のペースで培ってきた「自分の好きなこと、できること」を崩してしまう可能性を大いに孕んでいる。
なぜなら個人でする仕事というのは、簡単にキャパオーバーがやって来るから。会社の工場はある一定以上稼働させようとしたらものすごく大変だけど、個人はやすやすと一定以上稼働させようとする。
難しいのが、「とはいえ、今まで以上に頑張ったほうがいい時期」というものも人生にはあり、どこまでいったら自分のバランスを崩すのか、キャパオーバーになるのか、を見極めなくてはいけないところだ。ただでさえ何が求められているのか、自分は何ができるのかなんてわかりづらいのに、自分のキャパシティまで面倒を見ることは容易ではない。それでも、そこを見誤ると、『サブカル・スーパースター鬱伝』にあったように、心の調子を崩してしまうのだと思う。あと、キャパオーバーの時って大抵人間関係にトラブルが起きやすいので。

「自分はいまどういう状態か」自覚する

鬱とまではいかないにしろ、「自分の好きなこと、できること」と、「みんなが求めること」のバランスをとることは、本当に難しい。それが重なるかどうかは、もう、運みたいなところもある。
しかしそれでも、ある程度考えておいたほうがいいのかなと私は思う。重なる所を探したほうがいいよ!
という話ではなくて、重なる所がどのあたりなのか、どういう重なり方なのかを考えておいたほうが、そのバランスが崩れたときも「自分は今どういう状態なのか」を自覚できるから。
自分の好きなことを持ち続けることも、それができるようになることも、それが求められることも、どれも難しいなと思うタイミングはある。それでも、どれも大切な指標だと私は思うのだ。
【三宅さんの前回の記事はこちら】
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執筆

三宅 香帆
書評家・文筆家。1994年生まれ。『人生を狂わす名著50』『文芸オタクの私が教える
バズる文章教室』『(読んだふりしたけど)ぶっちゃけよく分からん、あの名作小説を面白く読む方法』などの著作がある。

編集

武田 伸子
さくらインターネット社員。1児の母。主に「さくらのユーザ通信」(メルマガ)を担当しつつ、さくマガの記事執筆や編集に関わっている。

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