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那須大亮の心に刻まれている「元気」と「遠慮」 今は亡き先輩2人からの言葉

さくマガ

さくマガ

サッカー系YouTuberとしてすっかりお馴染みになった那須大亮氏は、現役時代に数多くのタイトルを手にした。
新人王、ベストイレブン、リーグ戦優勝2回、天皇杯優勝2回、アジアチャンピオンズリーグ優勝1回、リーグカップ2回など、何度も栄光のときを過ごした。
同時に、どう壁を乗り越えていいか分からなくて苦しんだときもあったという。ショックすぎて記憶から飛んでいる試合もあるそうだ。そんな辛いときをどうやって乗り越え、現在につなげたのか。
活動もままならない現在の過ごし方とともに聞いた。

(オンラインでお話をうかがいました)

那須大亮が語る「苦しかった時期」

僕が苦しかったときって、パッと思い浮かぶのはプロ1年目ですね。あれは節目でした。
大学3年生のときにサッカー部を辞めて、横浜F・マリノスにプロ契約していただいたんですけど、1年目はほとんど試合に出られず、出してもらえるようになったのは岡田武史監督になった2年目からなんです。
辛かったのは、試合に出られないことよりも自分が前に進んでないこと
に対してで。出場できないことを嘆くだけで、何かを変えようという努力を精一杯してなかった自分に対して、辛いというか情けないというか。なんかこう、葛藤じゃないですけど、すごくもどかしい気持ちで。でもそのもやもやした気持ちがあるのに、アクションを起こしてない自分というのが、ちょっと立ち止まってる感じ……とかそれに近いものあったって思います。

プライドが邪魔をしていた

やっぱりいらないプライドってのが、多分あったんですよ。若いころってホントちっちゃなプライドというか、そういうのが邪魔して。「オレはこれだけできるのに」って思ってたし、大学サッカーやユースカテゴリーでやらせてもらって、ある程度自信を持ってマリノスに行ったつもりだったんです。
けど、その自信みたいなのがすぐに打ち砕かれて、出られない理由を他の何かのせいにしてたんすよね。自分に目を向けないっていう、一番やってはいけないこと
をしてました。出られない理由を周りのせいにしたり、環境のせいにしたり。自分に対してベクトルを向けるまでに時間がすごくかかりました。
努力の仕方とか、何をどうすればいいっていうのが自分自身で分かってなかったんですよ。なのにプライドみたいなのが先走ってしまって。ちょっと練習にも気持ちが入らないとか、俗に言う「腐る」っていうことを少ししてしまった時期があったんです。どうすればいいかっていうもがき方も自分で分かんなかったですし。だからそこはやっぱり辛かったですね。

自分にベクトルを向けられるようになったきっかけ

自分にベクトルを向けられるようになったのは、周りの方に、先輩とかコーチとかにすごい恵まれてたからで。チームメイトには中村俊輔さん、松田直樹さん(故人)、中澤祐二さん、奥大介さん(故人)とか、有名な選手たくさんいて。
全員の言葉が残ってますし、プロプレイヤーとして18年間やらせてもらう上で、その方々の言葉っていうのがホントずっと心に残り続けてるので、
人に恵まれた、人に助けられたんです。

松田直樹さんからの言葉

マツ(松田)さんから言われたときは……ホント僕、元気なかったんですよ。あからさまに気持ちが乗らないというか。すると練習終わって、突然マツさんに呼ばれて「お前どうしたんだよ」って言われて。
「元気ねぇじゃん」って声かけてくれて。「いや、こうで」って説明したら、「
お前さぁ。オレもそういうことあったけど、お前みたいなヤツが元気ないと、オレも元気出ないよ」「お前、元気出せよ」って。
僕みたいな、1年目のホント新人に言っていただいて。マツさんみたいな、その当時も日本代表でバリバリ活躍してた方に、そうやって励ましてもらうこと自体が非常にありがたかったですし、声かけてくれてたってうれしさを感じて。何気なくフランクに喋りかけてくれたんですけど、その言葉は自分がその年を乗り越えるきっかけの一つになりました。
本当は僕とマツさんはポジションが被るのかもしれないけど、マツさんは僕が成長して自分が刺激されることに対しての拒否反応がなくて。マツさんは自分に立ち向かってくる選手がいることを喜びとしてましたし、それが逆に自分の成長になるって考えていたと思うので。
試合中に罵声に近いくらい衝突するとかありましたが、マツさんには「どんどん言ってこい」って僕が試合に出るようになってから言っていただきました。プロとして衝突するとか意見を言い合ってコミュニケーションを取るんだから「お前も気を遣わず言え。気を遣ったらオレは怒るからな」って。
それぐらいの気迫を持ってやれと教えていただいていて、プロとしてどういう姿勢で、どんな気持ちを持って試合に臨むかとか、戦う姿みたいなことを非常に学ばせていただきました。

奥大介さんからの言葉

奥さんには1年目からプライベートでもかわいがってもらったりしてたんです。でもあるとき叱られて。僕が2年目にボランチとして試合に出始めてから、同じポジションだった上野良治さんがケガしてたというのもあって、僕が良治さんの場所を取る形になったんですよ。それで練習とかで良治さんに気を遣うのがすごく見られたみたいで。
あるときご飯食べてたら「ちょっと、那須」みたいな感じで声かけられて。「お前、気を遣ってるやろ。あんなんだったら伸びんぞ
」って、本気で言ってくださったんですよ。
普段そんなことまったく言わない人だったんですけど。「何、気を遣ってんや」みたいな感じで関西弁で言っていただいて。「お前、今後そんなんじゃあかん」って本気で叱っていただいて。まだ甘ちゃんだった僕に、プロで生き残るっていうことの意味を教えていただいたんです。
もうこのお2人はお亡くなりになりました。僕には大きなものを残していただいた2人なんです。その時期を乗り越えられたのはこういう方々の支えがあったからなんですよ。でも、みなさん何気なく言ってくださったことなので、ご本人たちは、シュンさんにしても「覚えてない」って言ってましたけど、僕はもうホント心にずっと残ってる、今でも残ってるくらい、刻み込まれた貴重な言葉でした。

那須大亮が語る「苦しい時期の乗り越え方」

1年目は辛かったというか、壁とか挫折の乗り越え方とか努力の仕方がわかんなかったんです。でも、何にどうアクションすればいいとか、何を自分で変えなければといけないとか、そういう乗り越え方やもがき方が分かってくれば、壁とか挫折は必ず「学び」に変わるってのを、人生の中で体感してきました。そのときは苦しいですけど、この時間はどういう時期だっていう認識があれば、
必ずいい時間になったり自分の糧になるって人生の中で経験したんです。
新型コロナウイルスが猛威を振るっている今もそういう苦しい時期だと思うんですけど、人生の糧になるという考えを持っておくことがすごく大事だって思って行動しようと思います。

「アテネ五輪の初戦」について

僕のYouTubeの動画でも度々話題にしているあの試合……2004年アテネ五輪の初戦
で、4分に僕のミスから失点したパラグアイ戦は、僕のサッカー人生の中で、相当というか、ワースト3というか、1位ぐらいにショックでしたね。
ミスしてからの記憶がほぼ飛んでますし、あのシーンを見たいとは思ってないです。別に悪い思い出だけとして残ってるわけじゃないんですけど、あのシーン、ミスしてから後は全然思い出せなくて、それくらいショックを受けてました。
キャプテンに指名してもらって、それはありがたいことでしたし、オリンピックを機に海外移籍だったり日本代表だったり、いろんな可能性があると思って、希望を心に抱きながらここで頑張ろうというときの、あの初戦でのミスだったんで。

サッカー日本代表 (c)Kenichi Arai
だからもう自分で自分を地に足が付かない状態にしてしまって。
チームには迷惑掛けるし、サポーターもいっぱい来てくれて、たくさんの方々が全国から声援を送ってくださっている中で、やっぱりああいうプレーをしてしまったとか、そういうことに本当に、
いろんな感情が交じりすぎて、その後は全く覚えてないですね。ショックすぎて。
PKで同点に追いついたときに落ち着けばよかったかもしれないんですけど、自分に余裕がなかったというか。あの当時もうちょっとサッカーを楽しむとか、気負いすぎないでマイペースにやれれば良かったんですけど、結局、あの当時はそれだけの技量が自分になかったんだなって、今考えれば思います。

監督の選択は素晴らしかった

そのパラグアイ戦は前半で交代して、次のイタリア戦は徳永悠平さんと交代して出場したけど、ガーナ戦では使われませんでした。オリンピックでしたけど、僕は代表の試合の重みを分かってますから、監督がどういう選手を選ぶか僕はリスペクトしてますし、結果的にガーナ戦は勝ちましたし。
もちろん、ガーナ戦で出してもらえば個人的にはうれしかったかもしれないですけど、あのときは単純に僕に力がなかったと思います。あのミスは当時の自分が受け止めなければいけないことでしたし、それを受け止められなければ、仮に3戦目に出ていたとしても、ちゃんとプレーできたか分からないです。
だからガーナ戦で僕を使わなかったという山本昌邦監督の選択って、僕は素晴らしいと思ってます。
勝負の世界ってそういうものだし、それに代表チームというのは特にそういうものだと思っているので。そこでいい選手を使うべきですし、使わなければいけないと思ってますし。
それから僕は今、「意味がないことはない」と思ってるんです。あの試合も僕のサッカー人生を形作る中ですごく意味あることを与えてくれたんだって。したことについては満足してないですし、起きたことも満足してないですし、あのミスに大きなショックを受けたとか、できればあそこで活躍したかったとか、ホントいろんな思いはもちろんありますけど、そのあとよくよく考えたら、18年間プロ生活を送れたのはミスのおかげというのは心から思ってるので。

「本質」を知ったから乗り越えられた

あの試合は見直してないです。18年経ってもまったく見てないです。見てないですし、記憶から消えてるので気にもならないですね。プレーのシーンを思い出したいとか考えてなくて、もう起きたことを振り返らずに、自分のポジティブな部分に変換できたって。
乗り越えられたのは、あのときから起きた一つひとつの物事を乗り越えるたびに「本質」を知ったから
ですね。本質を知ってからあの物事、あのあとに起きたいろんな事象に対してもポジティブに捉えられるようになりました。その考え方とか捉え方が変わってからですかね。
アテネ五輪からマリノスに帰ってきて、そのシーズンは結局「本質」というのが何か探れなくてもがいていたと思います。リーグ戦は出してもらっていたんですけど、結局チャンピオンシップには出ることが出来ず、やっと次のシーズンからまた出ることができたんですけど。
マリノスにいた期間は先輩におんぶに抱っこじゃないですけど、素晴らしい先輩方がいて、その中で輝けたんですよ。先輩方といい監督がいて輝けたんです。そしてそれが自信に繋がっていったんですよ。
だから本当にいい意味で、マリノスにいた期間というのはずっともがき続けていたと思います。その時期に、
努力するとか、自分にベクトルを向けるとか、そういうのを身につけられた
ので。今後何が必要かというのを考えて、そのためにメンタル面だったりフィジカル的な面、技術的な部分も含めて見つめ直して、じゃあどうしなきゃいけないって気づけたのが非常に大きかったと思います。

「本質」を探れるようになったきっかけ

「本質」が探れるようになったのはアテネ五輪の翌々年の2006年……ですね。きっかけというか、2005年はリーグ戦29試合に出していただいてたんですけど、2006年からは、センターバックに戻してもらうんですよ。
岡田監督からは2005年のリーグの終盤に「いずれセンターバックに戻す」って言われて、そこから競争が始まったんです。
マツさん、中澤さん、栗原勇蔵という、本当に豪華なメンバーと競わせていただいて。自分はセンターバックで勝負したいという気持ちがありましたし、マリノスでやるんであれば、そういうチーム内の競争は越えなければいけないところと思っていて。
それで2006年のリーグ戦の出場は16試合で、前の年に比べると半分ぐらいに減るんです。特にそのころですね。
どうやってこの状況を変えなきゃいけないか、自分にベクトルを向けて、出てない時間に何をしなければいけないか、出るために何の準備をしなければいけないか
、そういうのを自分を見つめ直して考えた期間かと思ってます。

「苦しみは悪いものではない」

もちろん自分の実力も、先輩方の偉大すぎる実力というのも分かってましたから、そこに追いついて追い越すためには何をしなければいけないかというところで、見つめたんですよ。ライバルが凄かったからできたわけですね。もし競争するライバルがいなくて、普通にレギュラーになってたら、その後のサッカー人生が良くも悪くも変わってたかもしれないですね。
そのときも苦しかったんです。
でも僕は常々感じてるんですけど、苦しいときって本当に成長できる一番の時間だって。
苦しさを「苦しい」とだけ受け取ったら人間は成長できなくなるというか、歩みを止めてしまうと思うんです。
「苦しみって決して悪いものではない」って思って、本人にとっては気持ちのいい時間じゃないですけど、本質が何か分かれば、自分がたどり着きたいところを目指す上でその苦しみって学びの時間になると思ってます。自分が何になりたいか、どうなりたいかというところを見つめようと思ったら、結局そういう苦しいときは必要な時間なんですよ。

サッカー系YouTuberとしての活動

今、YouTubeという媒体を使わせていただいて、サッカーの良さや素晴らしさを広めたい、Jリーグの発展と貢献につなげたいと思って、プロ1年目じゃないですけど、自分の中でのプライドみたいなものを捨てながらやってます。
これまでやってきたすべての現象というのは自分がここにいた証で、それを取り繕うわけでもなく、起きたことを発言してYouTubeの映像に残して、それでたくさんの人がサッカーを見るきっかけになれば僕はいいと思ってます。
今はとにかくサッカーを知ってもらうきっかけを作りたい
んですよ。だから映像に苦しかったときの話も入れてて。もちろん実際に辛かったですけど、ポジティブに捉えて今の人生の糧になってるので、「あのときはミスして本当にすみません」って言えるぐらいになったんですよね。

新型コロナウイルスの影響

今は自分の中でもそうやって前向きに考えられてます。
新型コロナウイルスの影響でいろいろなことができないんですけど、意味のない時間はないと思うし、時間は無限じゃないので、1分1秒をどれだけ大事にできるかと考えてます。
コロナだからこそ本当に苦しいとか辛いとか、いろんな痛みを伴わなきゃいけないとか、そういうことがあると思うんですけど、それだけ多くの痛みを知ったのなら、それを前向きに変えることができたら、大きな力になるんじゃないかと思って。
だから今の辛かったり痛い思いは感じるべきだと思ってるんです。そして、
そこでやっちゃいけないのが、その痛いことを「何でオレだけ」という、本当の苦しさに変える受け取り方をしちゃうことで。
もしそういう感じ方をしまったら、その先の自分が求めていた本質に行き着かないですし、自分のそのあとの糧になるものになくなってしまうので。
僕がコロナの苦しさをどうプラスに変えたかというと、自粛して家にいる時間が増えたので、自分磨きというか、今、インプットしなければいけないことがたくさんあるから、それをやっていました。

那須大亮が「やりたいことをやる」ためにしていること

インプットしなければいけないことって、サッカーの知識だけじゃなくて、表現者としての語彙力だったり
、YouTubeではエンタメ性を求めなきゃいけないので、トークのスキルなんかですね。
あとは今後YouTubeをやっていくだけじゃなくて、ビジネス的な観点も身につけなければいけない
と思ってて、今まで知らなかった知識を豊富にしなきゃいけないから、そのインプットする時間として非常に有効に使えていると思います。
それに最近は語学もやってる
んですよ。英語です。ホントまだまだなんですけど。チームメイトだったスペイン語圏の選手もドイツ語圏の選手もそうなんですけど、海外の選手は英語って基本的に話せるんですよ。
英語を話せなくても関係値は深められたんですけど、より一層深いところで関係を築きたいと思って、語学はやるべきところだと思いました。
外国語のいろんな音を聞いたりすると、言語ってこんなに違うんだということを、当たり前ですけど感じましたし、人は聴覚も使って、いろんなもので判別したり学んだりしているから、より発してる言葉は大切だって。
そう感じて、どういう言葉を発したら視聴者の方がどういう受け取り方をしてくれるのかと考えながら話してたら、視聴者の目を変える言葉に繋がったんです。だから言語の意味だったり言葉の重みというのをより大切にしなきゃいけない、言葉って簡単なものじゃなくて大事にしなきゃいけないというのを改めて気付かせてもらいました。
そんなことをやりながら有限な時間をどう有意義に使っていくか
に目を向けてます。自分に対する対価が止まってしまうということに考えのベクトルを向けるんじゃなくて、今インプットすることでコロナ明けとか、もう少し状況が良くなった時に、活動がいい形で進められると思ってたので。
それで映像を作るために結構頻繁に会議をして企画やキャスティングを決めてます。クリエイターさんと、それこそ現役時代のように結構バチバチでやってますね
。それがないといいものできないんで。
いい動画を作ろうという上での企画会議なので、ときにはギスギスすることもあるくらいです。自分の立ち位置というのも理解してますし、今は本当にコツコツというか、よりスキルを上げていく中で、視聴者の方の信頼を掴まないというフェーズだと思います。
でもホントまだまだなんですよ。僕はサッカーだけで生きてきて、社会に出てからは1年目なんで苦しんでますし、やっぱり知らないことばっかりで。だから本当に謙虚に学ぶ姿勢を持って、今はインプットしてアウトプットして、トライアンドエラーでやっていこうと思っています。
執筆

森雅史
多くのサッカー誌編集に関わり、2009年本格的に独立。日本代表の取材で海外に毎年飛んでおり、2011年にはフリーランスのジャーナリストとしては1人だけ朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)の日本戦取材を許された。Jリーグ公認の登録フリーランス記者、日本蹴球合同会社代表。

編集

川崎 博則
1986年生まれ。2019年4月に中途でさくらインターネット株式会社に入社。さくマガ立ち上げメンバー。さくマガ編集長を務める。WEBマーケティングの仕事に10年以上たずさわっている。

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