昭和の子供は新聞配達で社会を学んだ?空き瓶回収やチラシ配りが肯定された背景と現代との違い
新聞配達に空き瓶回収 子どもも働いていた
瓶やチラシで小遣い稼ぎ
今の子どもに「小・中学生が新聞配達をしていた」と話せば、驚かれるに違いありません。昭和の時代には、早朝に重い新聞束を抱えて家々を回り、そのまま登校する子どもの姿が珍しくなかったのです。新聞の購読者が圧倒的に多かったため人手が不足し、小・中学生がその担い手を務めていました。
さらに、小学生には定番の小遣い稼ぎもありました。団地や住宅街ではチラシ配りをして賃金を得る子どもが見られ、ビール瓶や一升瓶、炭酸飲料などの空き瓶を酒屋や商店に持ち込めば現金に換えられました。買い物帰りの主婦に出会えば荷物を運び、小銭を受け取ることもあったのです。
当時の社会では「子どもが働く」ことを危険視する雰囲気は乏しく、むしろ労働を通じて社会と接点を持ち、金銭の価値を学ぶ機会として肯定的に受け止められていました。小さな労働は、教育の延長のような意味合いも持っていたといえます。
現在では児童労働の規制や価値観の変化により、小学生が働いて収入を得る姿はほとんど消えました。安全や学業を優先するのが当然となった一方で、昭和の子どもたちが労働を通じて社会に触れた経験は、今や貴重なものとして語られるようになっています。
昭和の子どもの小さな労働
昭和の子どもは新聞配達やチラシ配り、瓶回収や荷物運びなど小さな労働を担い、働くことでお金の価値を学んでいました。
①新聞配達
ランドセルを空き背負う前に新聞束を抱えて走る小・中学生
②チラシ配り
商店の宣伝チラシを手に、街頭で声をかけながら配る小学生
③空き瓶の回収
酒屋に空き瓶を持ち込んで現金と交換
④荷物運び
商店の配達や荷下ろしを手伝う子ども
昭和と今の比較「子どもと労働」
昭和は子どもの労働は社会勉強として肯定的に受け入れられたが、現代は労働基準法や安全・学業重視で子どもの就労はほぼなくなりました。
昭和
・新聞配達やチラシ配りが「小遣い稼ぎ」として自然に受け入れられていた
・「社会勉強」として肯定的に見られることもあった
今
・労働基準法:義務教育期間中は原則就労禁止(一部例外あり)
・防犯・安全面や学業優先の意識が強まり、子どもが働く姿は消えた
【出典】『眠れなくなるほど面白い 図解 昭和の話』監修:町田 忍