【レビュー】『魔道祖師』『天官賜福』の著者・墨香銅臭先生デビュー作! 中華BL小説『人渣反派自救系統』弟子×師尊の偏愛を描き出す鮮やかな筆致
中国のWeb小説サイト晋江文学城にて、2014年9月より連載された中華BL小説『人渣反派自救系統』。通称「渣反」。アルファベット頭文字の「svsss」、日本語読みの「さはん」の愛称でも親しまれています。
本作は『魔道祖師』『天官賜福』でも広く知られる大人気小説家・墨香銅臭先生のデビュー作品で、先に上陸していた2作品に続いて待望の邦訳化を果たしました。
『人渣反派自救系統』は、日本語に直訳すると「クズ悪役の自己救済システム」。その名の通り、愛読していたWeb小説の悪役師尊・沈清秋(シェン・チンチウ)に転生してしまった主人公・沈垣(シェン・ユエン)が、闇落ちルートを辿る弟子・洛氷河(ルオ・ビンハー)に拷問死させられる悲惨な運命を回避していく物語です。
『穿書自救指南』のタイトルでアニメ化し、日本では『クズ悪役の自己救済システム』のタイトルで、字幕版が2023年6月、吹替版が2023年10月より放送・配信。
日本語版小説『人渣反派自救系統 クズ悪役の自己救済システム』が2023年11月からプレアデスプレスより配信連載開始。単行本は第1巻が2025年2月14日、第2巻が2026年2月14日に発売されました。(全3巻)
本稿では、そんな大注目の小説『人渣反派自救系統』をレビュー。沈清秋が破滅フラグを回避していく一方で、洛氷河から沈清秋へ巨大感情が育ち、「弟子・洛氷河×師尊・沈清秋」の恋愛フラグが立っていくという思いがけない展開に。読み出したら止まらない、墨香銅臭先生の鮮やかな筆致をぜひご堪能ください。
※本稿には『人渣反派自救系統』日本語版第2巻までのネタバレが含まれます。
現代オタクが小説世界の悪役師尊に転生
主人公の沈垣は、愛読していた超人気Web小説『狂傲仙魔途(きょうごうせんまと)』(著者:向天打飛機)のトンデモ設定や伏線の回収のない終わり方に納得がいかず、罵倒している間に絶命。
すると「YOU CAN YOU UP, NO CAN NO BB(文句があるならやってみろ、できないなら黙ってろ)」というシステム音声が頭の中で響き、『狂傲仙魔途』の世界に転生してしまいます。沈垣が転生したキャラクターは、作中の主人公・洛氷河、ではなく、なんと“悪役師尊の沈清秋”でした。
沈清秋は四大修真門派のひとつ、天下第一の蒼穹山派の清静峰峰主。容姿端麗で修為が高く、「修雅剣」で名を轟かせる威厳のある師尊です。しかし、残念ながら人格はクズ。この師尊は才能ある弟子の洛氷河を妬み、数年間にわたり虐げ続け、最期は闇堕ちした洛氷河によって拷問死させられるという“クズ悪役”なのです。
そんなクズ悪役・沈清秋に転生したオタクの沈垣。後に魔王となる洛氷河に四肢を切断されるという悲惨なエンディングを回避すべく、破滅フラグをへし折っていくことを決意。しかし、謎のシステムから「キャラクター崩壊してはならない」という厳しい制限を強いられてしまいます。冷酷な沈清秋らしからぬ行動、つまり洛氷河に優しくしたり媚びたりするのは厳禁というわけです。
沈垣は人間味のあるシステムと抜群の相性を発揮。システムのルールや発言にひと通り切れ味抜群のツッコミを入れ、嘆きながらも冷静に考えを巡らせ、驚くほどの速さで事態を飲み込んで最適解を探ります。
自身の命運を握る「B格ポイント」などの基準、システムの謎ルールに対して文句を連ねることは怠りませんが、比較的すぐに現状を受け入れる順応性の高さは実に爽快です。
『狂傲仙魔途』は読者の評価によると、底が浅くてロジックも壊滅的。「絶世きゅうり」のIDで文句を書き連ねて長文コメントを残していた沈垣ですが、熱心な読者でもあり作品を深く理解している筋金入りのオタクでした。
罵倒しながらも読み続けていたため、原作とは違う展開が訪れては翻弄され、お気に入りキャラの登場やお待ちかねシーンでは密かに狂喜乱舞。とはいえ、沈清秋はカッコつけであり面子を気にするため、外見的には常に「淡々とカッコつける」ことを重要視しています。
このように中身はツッコミ魔の現代オタクでありながら、威厳ある師尊として堂々とした振る舞いを崩さないという徹底ぶり。そのギャップの激しさを巧みに描き出し、コミカルかつ軽快にストーリーを辿りながら読者を引き込んでいきます。
原作は書き換えられ、原作では描かれなかった設定やストーリーも出現。沈清秋は待ち受ける運命に抗い、生き延びる道を自ら切り拓いていくのですが、思いがけず洛氷河に懐かれるように。果たして彼は、システムの要求通り『狂傲仙魔途』を伝説的名作に昇華することができるのでしょうか。
<次ページ:『人渣反派自救系統』を語る>
師尊がくれた言葉と温もり
洛氷河は、魔界の君主・天琅君(ティエンランジュン)と人間の蘇夕顔(スー・シーイエン)との間に生まれた子。辛い幼少期を経ながらも白蓮華のごとくピュアな心根と高尚な精神を持ち、絶世の美男子に成長。まさに輝くほどの主人公オーラを纏っています。
沈清秋の手によって人界と魔界の境界にある無間深淵に落とされる洛氷河ですが、絶命するどころか絶世の奇剣「心魔」を見つけて魔族の血の封印を解きます。ひたすら修練に打ち込んで人間界に戻り、かつての仇たちを殺戮して三界を統一。出会った美女は全て洛氷河のハーレムに入り、子々孫々まで栄華を極めた、というのが原作のストーリーです。
破滅フラグを立てないよう努める沈清秋ですが、度々ヒロインたちの代わりにキャスティングされるという思わぬ事態に大困惑。洛氷河が未来のハーレムメンバーである美女との仲を深めるイベントを、何故だか全て沈清秋が担うことに。つまり、沈清秋と洛氷河が親密度を増すイベントへと書き換えられていくわけです。
後に洛氷河は独占欲たっぷりに師尊への愛を堂々と示すようになりますが、燃えるような情欲を押し込めながら、“師尊大好き”な想いが全身から溢れ出している当時の姿も愛らしい。
また、洛氷河は主人公のチート力で生命の保障があるにも関わらず、沈清秋はルールを破ってまで洛氷河に手を差し伸べてしまい、咄嗟に守ろうと先に身体が動いてしまうことも。傷を負ってまで自分を守ろうとしてくれる沈清秋の言動は、洛氷河にとって師尊への一線を超えた思慕を深めていくのに充分なものです。
これほど親身になってくれる温もりに、洛氷河はどれだけ救われたことか。だからこそ、沈清秋の手で無間深淵に突き落とされた洛氷河の悲痛はどれだけ深いものであったか。
沈清秋は長らく葛藤していましたが、無間深淵のストーリーは重要な分岐点であるため回避することはできず、洛氷河は絶望に引きずり込まれていきました。「天地に受け入れられない者など存在しない」と師尊が授けてくれた言葉を、洛氷河は何度噛み締めたことでしょう。
衝撃的だったのは、沈清秋がセルフ洗脳しているという事実。沈清秋は自身のメンタルコントロールに長けているので、己の感情に疎くなっている気もします。洛氷河を突き落とした後、「魂が抜けたみたい」だと周りに心配されるほど憂いを帯びており、沈清秋は想像以上に洛氷河を気にかけて可愛がっていたのであろうとも思えます。
沈清秋に懐くようになった洛氷河が「師尊も会いたいと思ってくださっていましたか?」「この弟子はお気に召していらっしゃいますか?」なんて言えてしまうほどに。
沈清秋の魂を愛する洛氷河の偏愛
闇堕ち後も洛氷河の頭の中はずっと師尊のことばかり。だけど誤解があって2人の気持ちはすれ違い続けており、もどかしさが募ります。なぜ洛氷河は悲しみを内包した怒りを向けてくるのか。なぜ狂おしいほどに執着してくるのか。なぜ沈清秋の肌を見て激しく動揺したのか。
「主人公爽快ポイント」が付与される妙なタイミングからも簡単に察しがつきそうなのに、洛氷河の好意が尊敬だけに起因するものでなく、そこに特別な感情が潜んでいることに沈清秋は全く気づいていませんでした。
それは沈清秋が洛氷河を“小説の主人公”として見ていたことが大きな要因。沈清秋は主人公がヒロインたちと仲を深めていく場面を読者として傍観しています。異性愛者を自認していること、師尊という立場であること、復讐される対象であることからも、自身が洛氷河の想い人であることになかなか思い至らず。
“師尊が弟子に追いかけ回される”という構図に、笑えたり泣けてきたり感情は大忙し。どうあっても沈清秋は洛氷河から逃げきれず、何度も巡り合ってしまう運命にありました。(洛氷河だけでなく、ありとあらゆる人物が放っておいてくれず、“人気者”の沈清秋の心は休まらないのですが。)
再会後、沈清秋は逃げることしか頭になかったようですが、黒蓮華の洛氷河は“極寒も灼熱も孕んだ視線”で師尊を見つめていました。師尊に受け入れてほしくて、構ってほしくて、認めてほしくて、信じてほしくて、自分以外誰にも笑いかけないでほしくて、拒んでほしくなくて。そんな切なる願いも見え隠れし、嫌われていても離れたくないという境地にも至っています。
追いかけっこにしても天魔の血を飲まされる行為にしても、沈清秋にとっては恐怖であり窮地。読者としてはこの特殊な光景にゾクっとしながらも、洛氷河の不安や執着が表面化する度に心が掻き乱されてしまいます。
傷を治癒することが可能であるにも関わらず、沈清秋につけられた傷を治さず大切に残すいじらしさ。沈清秋を目の前で失ったときの底知れぬ喪失感。沈清秋がそんな洛氷河の孤独に触れる度に、胸が締め付けられる思いでした。
洛氷河の偏愛は仄暗くも美しく、その一途な想いは『魔道祖師』の藍忘機にしても『天官賜福』の花城にしてもそう。揺るがぬ強固な愛情はそれぞれ違った形を成しているのですが、彼らの行為は切なくもあり、狂おしくもあり、愛おしくもあります。
いずれの作品でも言えることですが、愛する人への想いの深さを具現化する手腕にも唸らされると同時に、彼らの健気な愛情をどうしようもなく抱きしめたくなってしまうのです。墨香銅臭先生が描くのは、その人の“魂を愛する”物語だから。
洛氷河の本質に向き合うこと
実のところ洛氷河の精神は脆い。孤独な生い立ちと大切な人を失った傷は身体の奥深くに刻まれており、洛氷河を時に不安で埋め尽くしてしまい、そばにいるのに沈清秋が去ってしまう気がして不安になるほどです。
外では冷酷に振る舞う“魔王”でありながら、師尊の前では小犬のごとく愛くるしい姿を見せ、「師尊師尊」と呼んで纏わりつき、泣き虫な一面も惜しみなく披露します。
一方で、沈清秋はとてつもなく懐が深い。(ただし、アブノーマルすぎることにはドン引きすることも。)しょげた顔をされると居ても立ってもいられなくなる沈清秋は、結局いつも折れてあげて許してしまうのですが、そうすると洛氷河の顔はたちまち喜びに満ち溢れ、生き生きし始めます。
洛氷河を一日何十回も不安にさせるのは沈清秋の存在であり、洛氷河の心を急浮上させるのもまた沈清秋だけなのです。
洛氷河の懸想を知った頃は受け入れ難さを示していた沈清秋ですが、このくらいならまぁ受け入れられるかと徐々に許容していき、やがて全てを迎え入れるように。絆されているようでもありますが、憐みや慈しみの心が芽生え、洛氷河への愛しさが湧き上がり、腹をくくることになる根拠は丁寧に描かれています。
オリジナル沈清秋の過去が語られたり、複数の事件の真相が明かされていくなかで、沈清秋はこれまで理解しきれていなかった洛氷河の本質と向き合うようになっていました。
蒼穹山派百戦峰の峰主・柳清歌の存在感
修真界では蒼穹山、幻花宮、昭華寺、天一観が四大修真門派として名を連ねています。そのうち蒼穹山派に属する沈清秋は、蒼穹山十二峰のうち序列で言うと二番目にあたる清静峰の峰主。同じ蒼穹山派の岳清源(ユエ・チンユエン)と柳清歌(リウ・チンガー)は沈清秋と関わりが深い人物です。
岳清源は蒼穹山派を司る掌門であり、一番目の穹頂峰の峰主。蒼穹山派は峰主同士の絆を大切にしているのですが、岳清源は沈清秋にとって最も敬服する存在であり、重要な位置づけのキャラクターでもあります。
ここで特筆したいのが、蒼穹山派の七番目、百戦峰の峰主・柳清歌について。百戦峰は蒼穹山派一の武闘派であり、最も志願者が多い人気の峰。柳清歌は百戦百勝の不敗神話を築く実力者で、『狂傲仙魔途』には彼の強さに憧れる読者も多かったというのも納得です。非常に強くて切れ者の熱血漢であり、柳清歌の優美で綺麗な容姿を目の当たりにした沈清秋が、イメージとかけ離れているとして憤る場面も。
原作において、沈清秋と柳清歌は敵対して非常に険悪な仲でしたが、沈清秋の手によって柳清歌が絶命するというストーリーは改変。走火入魔した際に沈清秋に救われたのを機に、柳清歌は徐々に心を開いて協力的な姿勢を見せるようになっていきました。沈清秋と柳清歌がまともに会話するなど、昔だったら有り得ない光景です。
性格は傲慢なところもありますが、沈清秋を助けてくれるし心配してくれるという心強い味方。物語の特性上、沈清秋のピンチに駆けつける立ち位置なのが、洛氷河ではなく主に柳清歌であることもまた作品の面白さを深めています。
柳清歌は洛氷河と幾度となく対戦を繰り広げており、言うまでもなく両者はお互いに良く思っているわけがないのですが、沈清秋の手前、洛氷河は柳清歌を師叔として敬う態度を見せざるを得ない。そんな複雑な感情が入り混じる微妙な人間関係の描写も心をくすぐってきます。
伝説的名作に
『狂傲仙魔途』は改変されていき、ストーリーの穴埋めクエストも発生。駄作と評される小説を上質な伝説的名作に書き換えていく、立体的なストーリー構造は圧巻。時の流れとともに移り変わる情景も丹念に紡がれています。
2巻より先の話も含みますが、『狂傲仙魔途』では出番のなかったという洛氷河の父親・天琅君の悲恋についても没入して読みました。洛氷河の容姿は母親似であるものの、中身はあまりにも父親似なんだなと。しかし、この父親は息子よりも寛大であり、筆者は真相を知った後の天琅君の言葉がとても好きです。
『人渣反派自救系統』が墨香銅臭先生の大学時代の作品であること、プロットが500文字だったことも知り、その文才に感嘆するばかり。人の世の教訓を語りながら、あの時こうすればよかったという後悔、こうだったらよかったという心残りを背負っていたとしても、この先の物語は自分で書き進めることができるのだとも教えてくれます。
映像化との相性が抜群に良い作品ですので、アニメを観ることもオススメ。システムがキャラクターの名前を表示してくれるので分かりやすく、テンポよくストーリーが進行。字幕版・吹替版ともに沈清秋の内側と外側のギャップ、洛氷河の白蓮華と黒蓮華の対比を見事に体現してくれています。