【令和に輝く男たち】『「桐島です」』に続いて『安楽死特区』で主役を演じる俳優・毎熊克哉。一瞬をスクリーンに焼き付けるという映画に魅せられる
毎熊克哉の名が知られるきっかけになったのは、東京フィルムセンタースクールオブアート専門学校(現:東京俳優・映画&放送専門学校)時代の同級生・小路紘史監督の長編デビュー映画『ケンとカズ』だろう。15年の東京国際映画祭の日本映画スプラッシュ部門で作品賞を受賞し、翌16年に劇場公開されるや自主映画としては異例の3か月以上のロングラン上映を記録した。作品の評価も高く、同作でのカズ役の演技が評価され毎熊は毎日映画コンクールスポニチグランプリ新人賞、おおさかシネマフェスティバル2017新人男優賞、高崎映画祭最優秀新進男優賞の各賞を受賞し、一躍脚光を浴びた。30歳を目前にした時期だった。その後、映画、テレビドラマなど数多くの映像作品に出演する活躍ぶりだ。25年公開の映画『「桐島です」』、そして『安楽死特区』と主演作が続く。いずれも高橋伴明監督がメガホンをとった。今回は2026年1月23日に公開を控えている映画『安楽死特区』を核に、映画俳優・毎熊克哉の今の心境に迫ってみたい。
取材・文=二見屋良樹 / 撮影=鈴木靖紀
ヘアメイク=小口あづさ(NANAN)/スタイリング=カワサキ タカフミ
在宅医として2500人以上の看取りを経験してきた医師で作家の長尾和宏による同名小説が原作の映画『安楽死特区』は、今から数年後、欧米に倣って安楽死法案が可決した日本が舞台。それでも反対の声が多いため、国は実験的に「安楽死特区」を設置することを決める。国家主導で導入された制度のもと、人間の尊厳、生と死、そして愛を問う社会派ドラマだ。
監督は『夜明けまでのバス停で』『「桐島です」』の高橋伴明、脚本は『野獣死すべし』『一度も撃ってません』の丸山昇一で、本作で映画ファン待望の初タッグが実現した。主人公は、回復の見込みがない難病を患い、余命半年と宣告されたラッパーの酒匂章太郎と、彼のパートナーでネット記者の藤岡歩のカップル。安楽死法に反対のふたりは、特区の実態を内部から告発することを目的に、国家戦略特区「安楽死特区」への入居を決意するが、入居者たちの多様な境遇と苦悩、医師たちとの対話を通じて、心に微細な変化が訪れる。最期のときを迎える患者と愛する人たち、その選択を支える医師。制度と人間、理想と現実の狭間で揺れ動く人々の姿をそれぞれの視点で見つめた群像劇。その重い問いかけには、観る者の心をも揺れさせる。章太郎役を毎熊克哉が、パートナーの歩役を大西礼芳がW主演で務める。
生死をテーマにした究極的な作品に俳優として真正面から向き合いたい
「『安楽死特区』の企画の方が先に進行していたが、2024年1月に桐島聡容疑者が亡くなって急遽『「桐島です」』が動きはじめた、と聞きました。脚本が仕上がり『「桐島です」』と『安楽死特区』二本分のオファーを同時にいただきました。2作とも高橋伴明監督の作品で主演は驚きましたが、毎熊克哉という俳優を知っていただけていたのだと思うと嬉しかったですね。『「桐島です」』は最近まで実在していた指名手配犯。『安楽死特区』は若くして難病を患い安楽死を望むラッパー。どちらも全く違う難しさがあって、どこからどう考えて準備したらいいのかなと苦悩しました。正直怖いという気持ちがありました。自ら死を望むほどの苦痛とは何なのか、家族やパートナーを送り出さなければならない残される人の気持ち、判断を迫られる医師、国の制度。撮影までの時間は様々な角度からいろいろと考えを巡らせました。
安楽死特区というのは、現在の日本にはないので架空のお話ですが、回復することはない難病を抱えてる方は世の中にたくさんいらっしゃって、実際、スイスまで行って安楽死をされた方もいる。この映画は架空ではあるけれど幻想ではないので現実的に表現していく必要がありました。自分自身が章太郎と同じ状況だったら? と想像すると、耐え難い苦痛と不自由、まだ若いパートナーの未来まで付き合わせてしまう罪悪感に苛まれて、やっぱり安楽死を希望するかもしれない。逆に歩の立場で想像すると、相手が望むことを認めてあげたいけど認めたくない、認めてしまったら一生後悔し続けるかもしれない。医師の立場で想像すると、双方の意見を聞いて判断しなければならないのはとても重たい事です。
一方で、この作品に出合う前の自分が「安楽死をどう思いますか?」と問われると、すぐには答えられないでしょう。自分や家族、友だちが無縁だと思っているからです。しかし、章太郎のように若くして難病を患ったり、明日事故に遭って体が不自由になる可能性は誰にでも、ある。生と死の間で揺れ動く、そういう映画に真正面から向き合うということは、俳優としても映画に携わる人間としてもすごく重要なことじゃないかと思い、覚悟をもって演じる決心をしました」
前作『「桐島です」』で毎熊が演じたのは、70年代の連続企業爆破事件で指名手配された「東アジア反日武装戦線」のメンバー、桐島聡容疑者。桐島とみられる人物が、末期の胃癌のため神奈川県内の病院に入院していることが判明した、と2024年1月26日にニュースで報じられるや話題になったので、「あの桐島か」と思い浮かべる人も多いだろう。男は数十年前から「ウチダヒロシ」と名乗り神奈川県藤沢市内の土木関係の会社で住み込みで働いていたが、「最期は本名で迎えたい」と「桐島です」と名乗り、報道の3日後に亡くなり、約半世紀にわたる逃亡生活に幕を下ろした。映画は、このベールに包まれた桐島の軌跡を追う。
毎熊は、桐島の20代から70歳で亡くなるまでを演じた。人の嫌がることを骨身を惜しまず積極的にやり、人にやさしく、誰からも嫌われることなく、同じ会社に何十年も務め続け、地味な日常に徹した〝時代遅れ〟な男の姿を、毎熊は観客を惹きつける人物造形で桐島を演じ切り、観客に感情移入させてしまう。ニュース報道だけでは知り得ない、弱い立場の人に寄り添う桐島の人柄と心の内を日常の風景の中から浮かび上がらせる。桐島の感情、監督の感情、脚本の梶原阿貴の感情、桐島を演じる毎熊の感情が見事に重なり、フィクションとしての映画として成立させていた。なお、『安楽死特区』の原作者である長尾和宏が製作総指揮を務めている。
主人公の不安定な心の状態を浮き上がらせる毎熊のモノローグ
『安楽死特区』は映画を観る側の気持ちもぐらぐらと揺るがせる、観る者を巻き込む映画である。毎熊演じる章太郎が面接で主治医ら3人の医師に向き合い話をするシーンがある。章太郎は難病を26歳で発症し9年を経過し余命半年と宣告されている。いわゆる指定難病と呼ばれる病気を患っているのだが、章太郎は、そもそも〝難病〟という言葉自体間違っていると呼吸するのもおぼつかない状態で訴える。〝生かされている〟という表現も侮辱している言葉だと。アシストしてくれている人にはすごく感謝しているが、全部その人によって生かされているのではない。一人ひとりがちゃんと〝生きている〟んだと主張する。そして、安楽死という選択はまだない、苦しい思いをしても生きることしか考えていないと、安楽死を否定する。
まるでラップのパフォーマンスのように、次々と言葉が出てくる。言葉に対する繊細な感性が、死と向き合っている章太郎の心の揺らぎや、心の表と裏を映し出しているようで興味深い。
「章太郎自身も気づいてないんですが、自身の心の内の感情と、人と対面でしゃべっているときに、その相手がたとえ身近な家族であろうと、そのときに口をついて出る言葉が、必ずしも一致していないのではないかなと。出てくる言葉に嘘はないんですよね。でも反面、本当は心でこう思っている自分がいるんだけれども、それを認めたくない思いから、自分にも言い聞かせるような裏腹な言葉が出てくる。自分は確かにもう弱っている、身体もそうだし、心もどちらかというと、安楽死には否定的な考えで特区に入居したものの、安楽死という考えに傾いているかもしれない、でも傾いちゃいけないという、すごく不安定な状態に章太郎の心はあるんだろうなと思えるんです。ラッパーだから、言葉に関してはいろんなひきだしを持っている。そんな人物だから、しんどいながらもつらつらと、言葉がわいてくる。ラッパーとしてステージにも立っているので、言葉で論破してやるという気持ちと、発する言葉と真反対の気持ちが同居していて、だから、それが繊細に映るのかもしれないですね」
主治医はそんな章太郎の心を見透かしたように、安楽死という選択を実は検討しているのではないかと訊ねる。
「このシーンで〝やってあげている〟〝やってもらっている〟という事実は変わりませんが言葉の表現一つについても考えさせられます。その人がどの立場で、どの視点で人に向かっているのか、こちら側、あちら側で表現が変わってしまうようなことにまでさりげなく言及するようなそういった要素が入っているところにも、この映画は素敵だなと感じます」
病を抱えている人にとっては、言葉一つをとりあげてみても、とても重く、デリケートに響いてくるのだと感じさせられ、観る者は、自分につきつけられているように感じられるだろう。
すごい俳優、スタッフと共に作品を創りあげる緊張感と俳優冥利につきる喜び
今回の映画には、それぞれの登場人物に見せ場があり、観客をスクリーンに引き込むベテラン俳優たちが共演者に名を連ねている。特区の医師役の奥田瑛二、加藤雅也、板谷由夏。安楽死を願い特区に入居する患者とその家族の事情もそれぞれである。「苦しい状態で生きるのは生殺しだ、人として今のうちに終わりたい」と安楽死を望む患者役に平田満、その妻役には筒井真理子。幼児を病気で亡くし「息子が生きていた5年間を自分が生きている間はずっと憶えていてあげなくてはいけないの」と認知症が進む自分を責め安楽死を願う母親役を余貴美子が演じ、患者とその家族、彼らに接する医師など周囲の人々の思いにも焦点が当てられ、毎熊克哉、大西礼芳の主役二人の芝居にもニュアンスをもたらす。
「本当に難しい役だなとか、難しい題材だなとか思いながら……現場はすごいんですよ。役者陣もさることながらレジェンド級のスタッフ陣が伴明監督の許に集まっている。脚本の丸山昇一さんもそうです。ぼくがこの現場で感じたのは、生きるということのありがたみ。しんどくてしゃべることもできないという状態でずっといると、声も小さくなっていくんです。実際に弱くなっていくようで、身体もちょっと調子悪いなというように感じながらも、ふと周りを見渡して、ものすごい人たちと映画を創れているという喜びを感じていました。緊張感もすごくあるんですよ。全員がご自分の仕事をそれぞれピシッとやっていらして、本番で何かミスるようなこともほとんどありませんでした。
医師と対峙するシーンでも客観的に考えたら奥田瑛二さん、加藤雅也さん、板谷由夏さんの3人を前に自分がこんなにいっぱいセリフをしゃべるなんて、ああ緊張するなと思いながらも、それも実は嬉しいことでもあるわけじゃないですか。本当にすごい人たちがいっぱい集まって生まれる現場の空気感。ゆるい姿勢で挑む者はもちろん一人もいないし、小手先は通用しない。
究極の題材である生死をまっすぐにとらえ、各々が自分の精一杯のものをぶつけていく、それをちゃんと撮ってもらえるような緊張感がすごくあって、それは、何年経っても心に刻まれる記憶になると思います」
毎熊克哉の俳優としての仕事を最初に観たのは、連続テレビ小説「まんぷく」、源孝志作・演出の「京都人の密かな愉しみ Blue 修業中」といったテレビドラマあたりからで、そこから遡って映画『ケンとカズ』を観て、城定秀夫監督の『私の奴隷になりなさい第2章 ご主人様と呼ばせてください』『私の奴隷になりなさい第3章 おまえ次第』を観るにいたり、毎熊克哉という俳優が、特に表情が気になり始めた。AIでは読み取れないアナログならではの表情とでもいうのか、それは『「桐島です」』『安楽死特区』においても言える。立て続けに2作の映画に主演した毎熊克哉にとって、今、映画とはどんな居場所なのだろうか。
「2作続けて高橋伴明監督の映画の現場で、しかも『安楽死特区』なんてド級の布陣の役者、スタッフのみなさんが集まった作品に出させていただいて心身共に震えました。テレビ、舞台、配信といっぱいあるなかで、ぼくは映画のスクリーンに憧れてこの世界に入ってきました。映画というと、録画するのではなく焼き付けるという表現がしっくりきます。現場の緊張感の中で焼き付けられた一瞬がスクリーンに映し出され、観客はそれをダイナミックに感じ取ることができる。それが映画の魅力ですよね。
先輩たちのさらにその上の先輩たちから受け継いできた何かが自分のところに回ってくる。それはすごく重たいことだし、喜ばしいことでもあると感じています。これからもスクリーンへの憧れを持ち続けて、たくさん映画を残していきたいですね」
『「桐島です」』と『安楽死特区』という2本の映画で、俳優としてのそれぞれの表情を見せてくれた毎熊克哉。次回作は、とついつい期待したくなる。
INFORMATION
『安楽死特区』
原作:長尾和宏(小説『安楽死特区』ブックマン社刊)
監督:高橋伴明
脚本:丸山昇一
出演:毎熊克哉 大西礼芳
加藤雅也 筒井真理子 板谷由夏 下元史朗
鳥居功太郎 山﨑翠佳 海空 影山祐子 外波山文明 長尾和宏 くらんけ
友近 gb 田島玲子 鈴木砂羽 平田満 余貴美子 奥田瑛二
2026年1月23日(金)より新宿ピカデリーほかにて公開
配給:渋谷プロダクション
(C)「安楽死特区」製作委員会