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1歳と3歳の子どもを残し、死ぬわけにはいかない 卵巣がんサバイバーの思い 両側乳がんになりました101

SODANE

1歳と3歳の子どもを残し、死ぬわけにはいかない 卵巣がんサバイバーの思い 両側乳がんになりました101

次の誰かのためにと綴っています。

今回は乳がんとともに女性の代表的な疾患である、卵巣がんのサバイバー吉田ゆりさん(39)のお話です。

吉田さんは
・国家検定キャリアコンサルティング技能士2級
・第一種衛生管理者・メンタルヘルスマネジメント2種の資格をお持ちで
一般社団法人「がんと働く応援団」代表理事をされています。

お仲間の野北さんのお話はこちら・・・https://sodane.hokkaido.jp/column/202105142057000952.html

吉田さんは『がん治療と仕事の両立』ができるように「正しくがんを知り、備え、いざなっても慌てず対応できる人を増やす」ために、大人のがん教育を健康経営に取り組む企業に提供したり、現役世代向け『大人のがん防災マニュアル』をつくり、無料配布するなど活動されています。

活動のきっかけは卵巣がんが見つかり、幼い子どもを預けるような公的な制度や施設がなく苦労した自身の経験から。「真っ暗な闇の中にいる一人で悩むがんの患者さんに光がさす行動へ導く応援団でいたい」と願いを込めています。

1歳と3歳の子どもを残し、死ぬわけにはいかない

吉田さん『36歳のおしまいに卵巣がんが見つかりました。実は、卵巣の手術はこれで3回目。1回目は中学校2年のときに良性の卵巣嚢腫で手術、次は35歳の時、下の子が5カ月でおなかにいるときに。そして最後はその翌年、同じ右側が膨れてきて・・・。

卵管がねじれて起きる、すさまじい痛みで発覚しました。


病院でCTを撮ると、ぼこぼこした卵巣が映っていて1年で9センチも大きくなっていて。
生検をすると袋状になっている卵巣に穴があいてしまい中のがん細胞が外に広がる可能性があります。摘出して調べるしかありませんがどうしますか?と。

1歳と3歳で子供が小さくて、死ぬわけにいかない。少しでも長生きできる可能性を考えて卵巣と子宮全摘出の希望を伝えて、4日後に手術しました。』

このとき、境界悪性腫瘍だと思うと告知されています。
手術の中で迅速診断をして6割の正しい判断がわかって、術後の病理検査でステージがわかると説明を受けました。

したがって手術も何時間かかるのかはわからず、広がっていたらリンパもとるし、
違うなら様子見だしと・・・あいまいなままで手術を迎えたのです。

実はもうこのとき、陣痛に匹敵するんじゃないかと思えるくらいの激痛を伴う茎捻転を起こしていて痛みとの闘いだったそうです。

子育て真っ盛り 入院中の預け先がない!


隣に住むお義父さまは末期がん。お義母さまは必死にすでに介護をされていて、これに重ねて育児はお願いできない状況でした。

実の母は現役で働いていてサポートは頼めず、使える支援はないか、突然やってきた入院中に探しました。

幼児の育児を支えてほしい時間帯が明け方と夜なので公的支援も民間サービスもお願いできるところは見つけられませんでした。最終的には、旦那さまが仕事をお休みし、さらに75歳の実のお父さまが来て、カバー。そんな状況が手術前日まで解決されなかったので自分の治療どころではない、子どもをこれからどうしようと、生きた心地がしなかったといいます。


吉田さん『児童相談所は末期がんであっても親族が近くにいるならダメ。虐待通報があるなら違うんですけどねなどと言われて、最終的にはレコードも取らず電話をガチャン、でした。』

前の年に良性の卵巣嚢腫をとっているし、お子さんは帝王切開で出産。翌年にかけてズボンが入らないのは気がついていましたが産後太りかと思っていたそう。

吉田さん『フルタイムで働いていましたが下のお子さんの待機児童はなかなか難しく、資格もあることから独立しよう、と準備始めていて、その年の8月に仕事を辞め、翌9月にフリーランスに。前の年に良性の卵巣嚢腫をとっているので子宮筋腫かなと思っていた。前職を辞めた事で健康保険の切り替え時期でもあったので切り替え終わったあと、病院に行こうと。』

息子さんが頭をお腹にぶつけてきたことで痛みが止まらなくなり、病院に駆け込んだことで見つかりました。卵巣がんは初期の発見が難しい病気なので不幸中の幸いでした。

限度額認定書も高額医療費も知らないと大変!

前職の健保→国保→夫の健保への流れや限度額認定証があれば窓口負担が少なくなったり、高額医療費控除も知らないと何もかもが大変です。

吉田さん『いい顔してませんと主治医から言われ、瞬時に右脳を切り離して、理性的に考えることにフォーカスし退院するまでは気丈にふるまい、医者に聞いたり、ひとつひとつの治療を腹落ちしてから決め、進めていきました。しかし、退院して主人が仕事に復帰し、一人で1歳児の面倒をみながら過ごしているうちに気持ちがズーンと落ちたのです。

こどもを保育園に連れていくのも辛い、仕事もできず、存在意義がないように感じられるようになり家族の荷物でしかない自分を不甲斐なく思うようになりました。

手術を乗り越えたのに自分を誇れず、つらい、悲しい・・・そんな気持ちで生きていました。

でも子どもは待ってはくれない、容赦なく欲求をぶつけてくる。トイレに閉じこもっても泣けない。ひとりにもなれない。』

本当に苦しい状況です。手伝ってくれた実のお父さまももうヘロヘロ。

お互いに余裕がない中でのイザコザから帰ってしまったそうです。

いわゆる”暗黒期”は1か月半ほど続きました。その後、ちょっと痛みを押さえながら児童館に行き、そこにいるサポーターの皆さんに子供を預けられる事がありました。

ちょっとした救いの手で救われた 

吉田さん『子どもの手を放して、自分がひとりで座れる時間があり、今後どうしたらいいのか考えました。1歳児の保育園が決まったら、4月になったら動けるかも、と思い、
何がしたいかなと考えたとき浮かんだのががんを経験した人を支えるキャリアカウンセラーだ、と。』

その後、12月に国立のがんセンターでセカンドオピニオンを受けたそうです。その先生に、自分の選択した治療はその時できるベストをやってます。がんにとらわれず、これから先のキャリアを考えて生きていいと思いますと言われ、気持ちがぐっと持ち上がったと話します。

吉田さん『がんと診断されてから生活の仕方が変わって、何をやっても迷惑をかけると思い込んできた。買い物を手伝ってもらいたい、ごめんね、と言ってきたんです。でも(気持ちが持ち上がってきてから)迷惑じゃなくて、恩返しすればいいと思えるようになって
助けてもらったら、ありがとうと言おうと切り替えられたのです。』

『今後やりたいこととしてキャリア支援はやりたい、そのためにもライフイベントと
仕事を両立してほしい、強味を生かして、今後のキャリア形成をサポートしていく、それを応援する社会を作りたい、と。』

がん支援を学ぶ中で出会った現副理事長の野北まどかさんとともにNPO『がんと働く応援団』を立ち上げました。キャリアカウンセラー、医師、がん経験者といった力強いメンバーも活動に賛同して活動に加わってくれました。

2019年11月のことでした。

吉田さん『がんを経験したからこその思いがあって、現状の問題に気がついた人がやらないと世の中変わらない。悪意があって、活躍させなくしているわけではなくて世の中の多くの人は気づいてないだけなのではないかと思うのです。

知っている人が伝えて、改善するサポートをしないといけない。人事経験があって、キャリアカウンセラーとしての支援ができて、思いがあれば、きっと伝えられる。あ、私やればいいじゃん、と。』

がんの人は”かわいそうな人”


吉田さん『人事として働いていた会社ではがんの人は”かわいそうな人”でしかなかった。がんということをカミングアウトできない環境だったのではないかと。なので把握していたよりももっといたのではないかと思います。

一度、人事で50代の男性、がんになったので退職します、と辞表を持ってこられたときに
がんなら仕方がない、と思い込み、私はそれ以上何も聞かなかったんです。社長は 残念だな、そうか、と受理。何も聞かずに受理。それが当たり前だった。

他にも、一身上の都合で退職届を出す方はとても多いのですが、特に理由を聞かずに、わかりましたと受理するのが普通でした。しかしするがなんでその人がやめたのか、実はがんだった、というのをあとからその人のいた部署のメンバーから聞いたこともありました。

本当に相談できない組織だったんだということが如実に表れている例ですよね。』


吉田さん『その辞めていかれた人たちは、迷惑かけてはいけないと思っていたかもしれません。もしくはがんショックだった可能性もあります。治療の状況など情報がクリアになったら、相談した時に『待ってるから』と言ってくれる人がいたら辞めなかったのではないか。

そのときはがん=死、がん=退職を当たり前の構図として思い込んでいたけれど、
それは古い考えだったんだということをがんになってたからこそ気がつきました。』


目指すのはがんになっても働き続けたいと思う人のキャリア支援。
がんに限らず、介護、育児のライフイベントと仕事を両立して普通に活躍し続ける人を増やすこと。そしてそんな個人が持つ知識・スキルを活用できる組織つくりです。

吉田さん『復職前のワークショップをやりたいと研修プログラムを作っています。
会社にとっても、がんを経験した人が「がん患者として」職場に戻ろうとすると困ってしまう。

”がんを経験した〇〇さん”、として戻ってほしい。

がんを経験したけれども、それを強みとして生かせますから、とスキルアップのライフイベントに。自分が必要以上にがんにとらわれていないか、できないことにフォーカスして自信を無くしてしまっていないか再確認して欲しいなと思うのです。

患者のまま社会に帰ると、傷ついたりて、頑張りすぎて継続就労がつらくなってしまうことがあります。そのマインドリセットをしたいのです。』


『職場のがん患者のイメージが古いとどうしても働きにくくなる可能性があります。いいロールモデルがいればもっと職場環境はよくなる。なので現役世代でがんを経験した方にはいいロールモデルになることを目指し、できなくなったことにフォーカスするのではなく焦らず、慌てず、諦めず、+ありがとうの気持ちをもって新たな視点を持った一社会人として活躍することに価値を見出してほしい。』と吉田さんは力を込めます。

職場でも”がん・・でも落ち着いて、話きかせてくれますか?”

まずは”話を聞かせてくれますか?”とその人の話を聞くために座らせて、話を聞く場を設けることができる人が増えればがんショックでやめちゃう人はきっと減る。

難しく考えすぎて、何かのアドバイザーになろうとしてしまう人が少なからずいますが安心を与えられるように意識して話を聞くだけでもいいんです。』


”一緒に考えよう、大丈夫だよ”と言える会社が増えることを祈っています。

吉田さんのNPOのイベントがあります。

〇がんになったあなたの為の不安解消セミナー

2021年8月7日10:00-15:00

https://ghoxatsugi-cancersurvivers-workshop0807.peatix.com/view

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